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今ここに在るもの

ー楚国・彭城ー


会議が閉幕し、皆各々に退席して行く。


上柱国である項它(こうた)も皆と一緒にその場を辞そうと出口に向かって歩き始めた。


すると、背中越しに声が掛かった。


「項它!ちょっと来い(`□´)☆彡」


項羽である。


『ヽ(ヽ゜ロ゜)ヒイィィィ!…やべ~叔父上だよぅ…』


項它はかなりヒビっていた。


彼は叔父・項羽が苦手である…


というより項羽を苦手としない人の方が珍しい…


しかしながら声が掛かった以上は無視する訳にもいかない。


というよりは無視する何て恐ろしい事は敵わない。


項它は直ぐ様、踵を返すと項羽の所に飛んで行った。ε=(;ノ゜Д゜)ノ


「はい!何ぞ御用でしょうか??」


項它は恐る恐る顔を上げた。


すると、やはり今朝は項羽は御機嫌の様で、


「ちょっと来なさい…」


そう言うと笑顔で項它の首に手を回すと、終始たわいも無い事をひとりしゃべくりながら、自室に連れて行った。


項它は叔父が笑顔で話続けるので、却って気味が悪く、生きた心地がしないが、そこはこの怪物と長年付き合って来た経験値があるから、ニヘラと作り笑いを決め込んで、着いて行く。


但し、頭の中は目まぐるしく回転していて、


『(^-^;何もヘマして無いよな…??』


とそれは一生懸命考えている。


そらそうだ…生命に関わる事には人間は誰しも必死に成らざるを得ないだろう。


『ない!今の所は無い!』


そう確信して多少安心をするものの、過去に(さかのぼ)って因縁を付けられた場合はその限りでも無い事に気づいて、内心は戦々恐々としていた。


『さすがに叔父上も可愛い甥にいきなり騙し討ちはしないだろうが…(>_<)生きた心地はしな~い。』


どうやら項羽の傍に仕える者は、『生命の尊さ』については誰しも敏感に反応する身体に、自然に仕込まれてしまっているらしく、その分野に於いてはかなり習熟した知恵を備えているらしい…。


但し、あくまでも自分の生命に対してのみに特化した経験値であり、他人の生命は含まれない。


というよりも他人の生命を(かんが)みる事は、自分の生命を危険に(さら)す事に直結するので、却って禁忌(タブー)とされている。


項羽が無駄な虐殺を繰り返しても、誰もそれを停める者が居ないのはそういう事に端を発する。


つまり馴らされた者たちという事になるかも知れない。


誠に気の毒な限りである。


項它は考えを巡らせているうちに、いつの間にか項羽の自室まで来てしまっていた。


猛虎の巣窟は項它を天蚕糸(てぐす)()いて待っている。


ヽ(;ヽ゜ロ゜)ヒイィィィ! 内心…大丈夫だとは想っているものの、虎口が直ぐ其処にあると感じるに従い、自然と身体は硬直し、口はカラカラに乾いてしまっており、もはや言葉が出ない程、かなりヒビっていた。


すると部屋の中から誰かが声を掛けている。


『こ…た…項…た…項它!聞いているのか!入れ。』


叔父の項声(こうせい)である。


そして叔父の項荘(こうそう)も来ていた。


このふたりの叔父は項羽の信頼が篤いのでいつも平然と構えている。


項它はそれがとても羨ましかった。


項羽は甥と共に部屋に入ると、扉を閉めた。


項它はどうしても視線が閉まる扉にいきそうになるが、グッと我慢して耐えた。


見てはいけないのだ。


自分が叔父に恐れを抱いている事を悟られてはならない。


項它はギリギリの所で我慢しきると、やはり作り笑顔でニヘラ(´▽`*)と笑って叔父たちに挨拶した。


「これは項声叔父、項荘叔父、ご機嫌よう♪」


項它はけっきょく猛獣の檻の中で猛虎と狐と狼に囲まれて、内心はオドオドしながら、気を張って見せた(。-`へ´-。)…


すると開口一番、猛虎…もとい項羽から声が掛かった。


「項它!この度の抜擢は儂の温情でもあるが、声や荘からの推薦もあった事だ。皆お前に期待しておる。けっきょくの所、最後に信じられるのは親族だからな…。今の現状を見たら戦死為さった項梁(こうりょう)叔父上が何というか…項襄(こうじょう)の件は誠に情けない限りだ。あの裏切り者が!よもやお前はあの阿呆の様な振る舞いはせぬだろうが、心して掛かるのだ。敵の漢嬰の陣にはしれっと項襄が与しているらしいが、あやつの首を取って来い!言いたい事は其れだけだ…良いな!」


そう一気に捲し立てると項羽は項荘を見るや顎をしゃくった。


「はっ!」項荘は直ぐ様そう返事を返した。


あうんの呼吸である。


項荘は項声と共に項它を伴うと、頭を下げて部屋を辞した。


もう言いたい事は告げたから、出ていけ!…そういう命令であった。


項羽とまともに付き合おうとするならば、此れくらいの呼吸を感じなければ無理だという事なのだ。


とにもかくにも項它は猛獣の檻から無事に脱出出来てホッとしたが、安心は出来ない。


その引換券として余計な仕事を仰せ遣ったからである。


『項襄の首を取る何て…(´□`; 三 ;´□`)何て恐ろしい事を押しつけられたんだ…』


と半ば茫然自失で哭きたい(;´Д⊂)くらいである。


すると連れ立って歩いていた項荘は項它にこう語り掛けた。


「何だ!(^ー^)お前ビビってるのか?気にするな…項羽の兄貴は頑張れ!と励ましてくれただけだ♪あいつはああいう言い方しか出来ないのさ♪だから特に項襄の首など獲らんで良い♪無事に帰還せよ!て事で問題無い…後は声と俺とでいくらでも弁明してやるから心配するな♪まぁその時に俺らが生きて居ればという限定だがな…ガッハハハ♪」


そう言うと項荘は笑った。


項声も「ウンウン…」と相槌を打っている。


項荘と項声はガキの頃から項羽と釣るんでいるため、かなりの免疫が出来ており、やる事、為す事、項羽の怒りを買う心配は無い。


項声はかなりヘマばかりしているのに何で五体満足で平気な(つら)をしているかと言うと、項羽の中では既にそれが折り込み済みで在るからだ。


項声は腕っぷしはいまいちだが、頭が回るので、役に立つ…但し裏目に出る事もしばしばで、それは彼が裏の裏を読み過ぎるせいであり、馬鹿な訳では無い…それがひとつ。


そしてガキの頃から項羽に対しては素直で、直ぐ涙を流して謝るので、可愛げがあるから大事にする…これがふたつ。


回りからは『土下座の項声』などと揶揄されていても、項羽からの信頼は揺るがないのだ。


そして項荘は偉丈夫で膂力(りょりょく)があり、百戦錬磨の忠節の人…もはや項羽が此れ以上頼りにする男は居ない程の信頼の篤さがあるので、未だに項羽とため口すら叩く間柄だ。


項它は二人の御墨付きを得たので少しは安心したが、自分が命じられた事が頭から離れない事も確かなので、不安があった。


『本当なのだろうか…(*゜ロ゜)??』


別に項荘叔父上を疑っている訳では無いが、割りと素直な項它としては単刀直入な言葉を無視出来ない。


但し…彼には項襄を殺せない理由があるので、身体が拒否しているのだ。


実は2年程前、龍且将軍と共に項襄と項它は漢軍の漢嬰将軍の軍団と戦ったのだが、漢嬰とその軍師・宋中の戦術に嵌められて大敗を喫した。


その際に負傷した項它を庇い龍且に委ねた項襄は力尽きて、漢嬰に生け捕りにされたのだ。


項襄も項它を庇った際に矢を無数に受けて、ほぼ絶命状態に陥った。


本来なら捕縛された男だから煮るなり焼くなりされるほか無い時代だが、仲間を助けて生命賭けで戦った男を殺す事は漢嬰の自負を傷付ける。


漢嬰は彼を勇士として扱い、死にかけている生命を懸命に救ってやった。


その気持ちに感極まった項襄は漢嬰に感謝して、此れからは漢嬰のために生命を捧げると忠節を誓った…というのが本当のところであった。


項襄はけして自分の生命惜しさに裏切った訳ではなかった。


無論、項羽陣営はそんな深い所までは知る由も無いが、項它を救って犠牲になった精神は尊いものだと考えていた。


その時に傷だらけの項它を託された龍且将軍は、涙を流しながら項襄の勇士を項羽に伝えている。


項羽もそれを聞いて涙を流したくらいだから、項襄がけして憎い訳では無い。


但し、いきなり敵の将になった事がよく理解出来ずにいるだけであった。


項荘も項声もそれが判っているから、心配無いと断言している!…それが真実に近い所なのだろう。


しかしながら、助けられた当の本人・項它にとっては、項襄は竹馬の友であり、大事な従兄弟だ。


彼が昔から好きなのだ。


だから彼を殺す事など出来ないし、彼が自分を龍且に預けた際に『良かった…』とニコリと微笑んで倒れ込んだのが、今でも脳裏から離れないのだ。


だから彼は項襄が懐かしく、また一緒に暮らしたいと想っているし、彼を救いたいのだった。


項荘は途中、彼らと別れた。


項羽に代わり兵の練兵をするらしい。


別れ際に「気に病むな…気張れよ♪」そう微笑んだ。


項声はまだ多少の(わだかま)りを抱えている項它に笑い掛けながらこう伝えた。


「もしそんなに心配ならこの、声叔父さんが土下座しながらの涙脆い謝り方を伝授してやろうか?」


そう言いながら項它を見つめている。


「( *゜A゜)へっ?叔父さん演技でやってるんすか?」


項它はびっくりして想わず聞き返した。


項声はフッと真顔で微笑むと、然り気無く呟く。


「全てが演技では無いさ♪だが、長年染み着いてしまってる事も確かだな…ガキの頃から遣ってんだ…回を重ねる程それは真実になるのよ…但し此れは内緒だぜ♪何しろ一子相伝の代物だからな(笑)お前もその気になったら教えてやるよ♪じゃあまたな…」


笑顔でそう告げるや項声は引き上げていった。


「生命は惜しめよ♪」


そう彼は言い残すのだった。


二人は恐らくこう言いたかったのだろう…。


今ここに在るもの…自分の信念と生命…それを大切になさい。


項它にはそう想えてならないのだった。

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