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滎陽にて

ー滎陽城・劉邦陣営ー


滎陽(けいよう)城内では最近食糧が不足していた。


項羽の読みは正しく、季布の憂慮は杞憂であった。


劉邦は毎日代わる代わる攻め寄せて来る項羽軍を退けながらも、ここの所ろくな物を食べていない。


漢王がこの(ざま)なのだから、下の者がどんな物を口にしているかは、推して知るべしという所だろう。


「儂は項羽の攻撃には幾らでも耐えるが、食い物が不味いのは嫌じゃ…(>_<)!」


劉邦はある日ボソッとそう呟いた。


それを聞き咎めた張良は、


『(^-^;ついに恐れていた陛下のネジが飛んだ…』


と(;^_^Aやべ~と頭を抱えた。


漢の宰相・蕭何(しょうか)は、劉邦の前線を支える為に人・物の兵站を担い、これまでも必死に支えてくれている。


仮の本拠地の関中からそれは毎日の様に兵站を担っていたのである。


だが、ここ滎陽は常に項羽の包囲に晒されており、せっかく送ってくれた武器や兵糧は最近では全て項羽側に絡め取られていて、前線に赴けない兵は包囲に近づく事すら出来ないのであった。


此れでは埒が明かないし、城内の兵糧は目に見える様に減って行く。


兵の中には、劉邦たち上の幕僚連中が贅沢三昧をして、必死に戦っている兵に食い物を寄越さないのではないか?…という疑いを抱く者さえ出てくる始末だった。


こうして滎陽城内では日増しに士気が下がって来ている。


反乱すら起きかねない…或いは敵に寝返る者がいつ出ても仕方ないくらい憂慮する事態と為っていたのである。


その反抗的な急先鋒が魏豹(ぎひょう)であった。


彼は事あるごとに陳平や張良に嫌味を言い、劉邦の事を陰で『あの阿呆』呼ばわりしていた。


彼はいっときは西魏王になったのに、項羽に寝返った事を咎められて、韓信に破れた後に捕らえられると、劉邦に依って庶民に堕とされたのであった。


自らの過ちが招いた事なのだが、元々彼は戦国の世に六国の雄として栄えた魏国の公子であった人なので、それ相応のプライドがあって、心に(しこり)を残していたのである。


だから身分を公に戻されて、滎陽に配置されてからも(わだかま)りを引き摺ったままでいた。


ゆえに彼としてはほんの些細な抵抗のつもりだったのだが、事はそれで済まなかったのだ。


そして魏豹は滎陽の兵たちにも、悪いのは全て王やその陪臣たちであるとその都度煽動して回ったのだった。


もはやそれは裏切りと言える程、目に余るものが在って、劉邦は勿論の事、陳平や張良さえも黙認出来ぬ憂慮すべき事態になっていたのである。


このままでは、項羽と戦うどころか、味方とやり取りせねばならない苦境に陥る。


しかも兵糧はドンドン無くなる…。


この事態に張良は撤退を進言した。


「一度関中まで引き、改めて兵と武器・兵糧を補充して出直しましょう!」


劉邦も不味い飯と兵の反乱を恐れていたので、渡りに船とすぐに賛同したが、城は囲まれているので、問題はどう切り抜けるか?…であった。


張良は澄ました顔で陳平を横目で見るとこう告げた。


「そこは抜け目の無い陳平さんのお役目と存じます。彼は必ずや良い知恵を出す事でしょう♪」


張良の本音はこうだった…。


『そこは小賢しい悪知恵の働く陳平さんの役目であり、彼は必ずや末恐ろしいやり口で虎口を乗り切るでしょう(*´∀`)♪』


( ゜皿゜)陳平はこれ以上は無い程、張良を睨みつけた。


言葉尻は綺麗にまとめているが、張良に似合わぬ悪意が感じられたからである。


( ;゜皿゜)ノ『こやつ最近の俺様の暗躍に意趣返しをしてるつもりか…まぁ確かにやり過ぎたのは認めるが…くそったれ…おぼえてろよ!』


陳平はさすがに劉邦の手前、表立っての言動は控えたが、根に持つ性格なので、そう心に固く誓った。


それを感じた張良はゾクゾクっとして背筋が凍りついたが、(^-^;『ふん!遣れるものならやってみな!』と強気で受けて立つ事にした。


但し、互いに今は窮地を乗り切る事が先であり、身内に裏切り者がいる中で、仲違いしては本末転倒なのは承知しているので、劉邦の前では同調姿勢を固く崩さない。


頭が互いに切れる者同士の阿吽(あうん)の呼吸という奴である(笑)


それに陳平は張良に言われなくても、進言する手立てが在ったので、態度を崩さず口を開いた。


ある意味、張良の前振りを頂いた形となる。


そこで陳平はハタと気がついた。


『成る程…酈食其の件で俺様が出しゃ張った事に対する意趣返しのつもりなのだな…確かにあの時は神仙を無視したからな…では此れでチャラにしたるわ!それに俺様に手柄をやると機会を与えてくれたと考えれば悪く無いしな…(*゜ε´*)ケケケ♪』


陳平も自分本位に考えるだけあり、美味しい所を頂いたと考えを改めた…流石に合理的な頭脳の持ち主というべきである。


張良としてはその意趣返しは、司馬信を斉に送り込んだ事で実は済んでいるのだが、素知らぬ顔である。


此れは陳平に悟られては不味いからね(;^_^A


しかもその際に劉邦に高札の檄文まで書かせる手の込んだ遊び心もみせている。


『あれは陛下も愉しまれた事であるからよかろう♪』


(^-^;此れで張良的にはもはや何の(わだかま)りも無い。


さて、陳平はその秘めたるズル賢さを心行くまで発揮する。


「紀信将軍は忠節のお人…しかも陛下に年齢が近く、体躯も似ています。まず彼を陛下に仕立て上げて『(おとり)』とします。そして御史大夫の周苛(しゅうか)に魏豹と樅公を付けて滎陽を任せておき、『いよいよ兵糧が無くなったぁ、(かく)なる上は決戦あるのみ!』と偽の陛下が出陣します。そしてそれを城の四方に喧伝します…然り気無くね♪すると、あら不思議…四方を囲む敵兵の中から手柄欲しさに続々と兵が東門に移動し始めます(*´∀`)♪此れで少しでも西門の囲いが緩めば、そこから陛下を始め、我々は一目散にトンズラするという方向で如何(いかが)でしょう♪なぁに多少追い掛けられても囲いさえ抜ければ、その先には蕭何殿が送り込んだ近づけなくて困っている味方が陣を張っています。ひとまずそこに逃げ込めれば、奴らを盾にしてその先は悠々と逃げ切れる…そんなプランで宜しいかと!」


陳平は事も無げにあっさりとそう言うと劉邦の裁可を仰いだ。


言う方は簡単だが、遣らされる人の身には為っていない。


大を救うには小は犠牲にしても良い…それが合理主義者の陳平の考えである。


張良ではさすがに『人でなし』には徹し切れないので、そんな作戦は立てられない。


餅は餅屋という事で在ろう。


だが理性的に考えれば、(ぎょく)を逃がすためには、飛車・角を惜しまずだ!


それにこう言っては申し訳無いが、この場合飛車・角どころか、銀・桂馬・香車クラスで代替えが為されていて、遮二無二逃げねば成らぬこの時の計画としては受け入れ易かった。


劉邦は全く異議を唱えなかった。


即座に英断して、陳平の計画を『是』とした。


張良も『玉』を逃がすためには同調するほか無く、


「ご英断です♪」とのみ応えた。


こうして事はあっさりと決まった。


陳平は殊更に判りやすく、滎陽城の兵糧不足を喧伝させた。


事実を殊更、強調させたのだ。


この喧伝に項羽が懸かってくれた…そういう事なのだった。


つまり季布の予感は半分正解・半分誤解というべきものだった訳だ(;^_^A!


紀信将軍の説得は張良が行った。


神仙からの依頼だ…紀信は引き受けた。


生命を賭けるだけの価値はある…本人がそう決意したのだった。


陛下の役目を担うならば武人の誉れという事らしい…この時代ならではの覚悟と言うべきなのか…それは本人にしか判らない。


張良は「頼みます…」そう呟いた。


無念だがもはや『(さい)は放たれた』のだ。


周苛、樅公の説得は陳平がした。


この二人は忠節に篤く、『玉』を逃がすためと判ると喜んで引き受けた。


そしてその見返りとして、何と魏豹を(あや)める許可を得たのだ。


この二人は忠節の塊であるため、日頃から魏豹の行いには苦々しさを持っており、やる気満々だったのだ。


陳平は実は端から彼らに魏豹を殺させる予定だったので、渡りに船と御墨付きを与えた。


(*゜ε´*)ケケケ♪余計な手間が省けたわい♪てな感じである。


魏豹の説得は劉邦自らがした。


「守り切れたらお前に西魏王の位を返してやる。」


鶴のひと声である。


魏豹は本来なら疑うべき所だが、持ち前の欲深さで目が眩んだのか、何も言わずに引き受けた。


『良し!』陳平はこの作戦の成功を確信したのだった。


滎陽城内では劉邦を筆頭に(おも)立った者たちが、密かに逃げる支度(したく)を始めたのである。

【後書き】


実はこのお話は史実では『濰水の戦い』が起きた前年の夏の話です。


但し、楚漢戦争では劉邦が項羽に何度も苦杯を舐めて、関中で体制を立て直して、再度似たような場所まで盛り返して来て、また抵抗します。


なのでこの際、何度も行ったり来たりはさせずに、ここまで守り切った形で小説として描いています。


韓信の決戦と連動させた方が面白いと考えたからですが、史実とは異なっていますので、あくまで小説として楽しんで頂ければ幸いです。


引き続きお楽しみ下さい。


byユリウス・ケイ

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