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囮となるもの

司馬信は自分の客舎に戻るとすぐに工作部隊の責任者である岳嬰(がくえい)を呼んだ。


「お呼びで御座いますか?陛下…」


岳嬰は入って来るなり、叡鞅が居るのに気がついて、


「おや?坊ちゃん…否、もとい太子様…ご機嫌麗しゅう御座います♪」


と言って笑った。


叡鞅は「爺か…お前も元気そうで何よりだ♪」と優しく微笑んだ。


岳嬰は手に円の筒の様なものを抱えており、かなり重そうだ。


「岳嬰よ、叡の奴に説明してやってくれぬか?」


司馬信はそう言うと、ドカッと座り込んだ。


「承知しました!」


岳嬰はそう応えると、叡鞅の方を振り返る。


「太子様…これは狼煙(のろし)(だけ)と言うものでして、大量の煙が出ます。此れであれば狼煙台を設置しなくとも代替えが効きましょう♪」


岳嬰はそう説明しながら「ヨイショ…」と声を出しながら重たそうな『狼煙竹』を机の上に置いた。


叡鞅も触ってみるが、かなり重い。


「こいつは例の研究部門で開発した【貴】印製品ですから超極秘のブツですが、その分…性能は確かです。但し、使用する煙は硫黄(いおう)です…温泉場のあの卵の腐った臭いですな…粉にして燃やすので毒素が強いらしいので、鼻と口は覆って下さい。そうですな…羊皮紙を水に濡らして、鼻から下を覆うと良いでしょう。こいつが何で…竹かと申しますと、ほれこのと~り!筒先を引っ張り出せる様になってまして、筒が伸びるんですな…ど~です?(たけのこ)に見えるでしょう?」


岳嬰にしては饒舌で、かなり説明の練習をしたのか、まるで商売人の様である…というか我々は皆、商売人であったな(笑)


成る程、此れだけの重さがあるのは筒先を引っ張り出した時のバランスのためらしい。


軽いと倒れるからな…。


熱の伝導性の低い材質を使って、高い木などに括りつけて使えば、かなり軽量化が図れるだろうが、それは今後提案してみるとするか…。


「どうだ…これなら悪く無かろう!代替になるかね?」


司馬信はそう尋ねた。


確かに悪くない。叡鞅は感謝を述べた。


『しかし問題は重さだな…』


両手で抱え込まねば持てないとなると馬に括りつける訳にもいかない。


『馬車がいるな…』


そう想っている所に、不意に司馬信がボソッと呟いた。


「ところで逃げ道は確保しているのかね?」


予想していた事とはいえ、やはり父王はそこに的を絞って来る。


「そうですね…このブツ次第でしょうな。こいつは回収しないでも良い物ですかね?それによっては変わりますね(;^_^A…。」


目の前のブツに(かこ)つけたが、そもそもそんな事考えている暇があったのか?と逆に自問したいくらいのもんだ…。


当然全く考えてない(´▽`)ケケケ♪


父王に聞かれるのを想定していたくらいのもんである。


いざとなったら愛馬『白起(はくき)』に跨がって走り抜けるぐらいのもんよ…その程度である。


まぁそれで逃げ切れるとは思っているが…。


『フッ…』司馬信は案の定と言った呈で微笑んでいる。


でも今回はそれで正解なのかも知れない。


というのも、特に苦言を切り出す訳でも無く、


「不要だ…捨ておいて良い!必要ならば誰ぞ回収に寄越すで在ろう…」


とのみ言って、


「まずは合図が重要だが…終わればとっとと逃げに徹する事だ…何も考えずにとにかく逃げ切れ!良いな?」


そう念を押すのだった。


「父上…感謝します。爺も(かたじけ)ない!」


叡鞅は二人の顔を見つめながら、拝手した。


岳嬰はその姿勢を見るにつけ、


『ご成長遊ばしたな…』


(なみだ)(もろ)く感極まっている。


司馬信はコクリと頷くと「頑張れ…」とひと言だけ告げた。


ブツは後刻、岳嬰配下の工作衆が現地に届けてくれる事になった。


『白起』に馬車を繋ぐ必要は此れで無くなった訳だな♪


彼は早速その足で周勃の陣屋に(おもむ)く事にした。


『今回は【貴】印研究所に助けられたな…』


叡鞅も正直その研究部門の存在その物は知っているが、詳しい事迄は知らない。


但し一旦、西夏国内に入ると、国の外とは全く違う様相であるのは、素人目にも明らかであり、技術革新が格段に進んでいる。


一番判り易いのが、生活に関わる物の違いであり、その水準は高い。


例に挙げれば切りはないが、例えば『石鹸(せっけん)』というものが既にこの時代に存在する。


そのお陰で衛生面での飛躍的向上が見受けられる。


また頭痛薬や睡眠薬、下剤など薬包の分野においてもそれは顕著である。


【貴】印の得意とする分野が『化学』であるからであろう。


中華に限らずこの時代の国々はどちらかと言えば、より豊かさを求めて、軍事面に力を入れて戦争に明け暮れ、土地の領有を巡る争いの繰り返しをしている。


その間に平和を維持し、生活水準の向上を目指す事が可能な我が国には、他国では考えも及ばない『研究』という分野が発展した事によるものである。


この辺りの事についてはまた語る機会もあろう。


さて、周勃の陣屋に着いてみたものの、まだ御本人は戻っていない様だった。


そこで叡鞅はやむを得ず、大将軍の陣幕に向かう事にした。


すると韓信と周勃が陣幕の外で商人と話し込んでいる。


叡鞅はそれを見咎めると、慌てて姿を隠した。


それは馬商人で、我が国の者ではないが、顔は知っていた。


匈奴(きょうど)頼弛(ライチ)という冒頓(ぼくとつ)単于(ぜんう)に近しい幕僚である。


『頼弛ほどの奴がいったい何の用だ…』


叡鞅は怪しんだ。


そこで姿を隠して成り行きを見守っていると、どうも匈奴側から100頭程、馬を購入したらしい。


『純粋な商取引なら文句を言う筋合いも無いか…』


叡鞅はそのまま傍観を決め込む事にした。


頼弛は(うやうや)しく両手を揉みながら、金子(きんす)の入った手箱を受け取ると、そのまま歩いて引き上げて行く。


叡鞅は先回りすると、角を曲がって来た頼弛に声をかけた。


「頼弛!儲けたかね?」


彼はフッと微笑むと頼弛を見つめた。


頼弛の方は心の準備が出来ていなかったらしく、ビクッと両肩が持ち上がり、目をまん丸くしてこちらを見ている。


「こ、これは大令尹陛下…どういう事です…いったいこちらで何を為さっておられるので?」


とかなり警戒している様子だ。


「ここは外地だ!堅苦しくしなくて良い…それよりもどういう成り行きか説明してくれないか?」


叡鞅はそう言うと頼弛の肩に手を掛けた。


頼弛はかなり息苦しくしているが、困った様にチラッと叡鞅を見ると、観念した様に口を開いた。


「判りました…フゥ~言いますとも!全くついて無いや…何でオレばっかり…」


とブツブツ呟いていたが、素直に白状した。


頼弛によると、単于の第二夫人の外戚連中が、最近女真族(東胡)から繁殖牝馬(雌馬)を100頭購入したそうだ。


以前から単于が女真の飼っている馬の種(血統)を気にかけており、第二夫人は女真族から嫁いでいるため、単于のためにと手を廻した。


女真族長は可愛い娘の頼みだから、配慮をする。


しかも匈奴の単于に恩を売れるのだから一石二鳥である。


ところが此れが第一夫人に話を通していない案件だった為、単于は困ってしまった。


第一夫人は月氏(げっし)より嫁いで来ており、聡明だが筋は通さないと承知はしない。


そこで事が明るみに出る前に第二夫人を言い含めた単于が、密かに頼弛を頼って「巧く処理しろ!」と言う事だったらしい。


頼弛は当初は『隠す』事も考えたが、発覚した時に証拠を押さえられると単于の立場が無くなる。


悩んでいた所に、取引のある趙国の張耳(ちょうじ)から、「繁殖牝馬100頭どうにか為らないか?」との問い合わせが来た。


事情を聞くと、漢の大将軍・韓信より、


「対楚戦争で緊急に欲しいから廻してくれ!」


と頼みがあったとの事だ。


これは渡りに船で飛びついた!という訳だったのである。


叡鞅は苦笑した。


話を聞いてみると、皆、良かれと思って忖度(そんたく)した結果である。


何ら責められるものでも無い。


但し、せっかく念願の血統を手に入れ損なった単于はお気の毒というほか無い。


「判った…奴には私が改めて、その血統を手に入れてやると伝えよ!何かあった時の大令尹だ…もっと頼れと伝えておけ!」


そう言うと困惑顔の頼弛を労った。


「有難う御座います!では陛下ご機嫌よう~♪」


そう言うと彼はとっとと逃げる様に帰って行った。

。。。。゛(ノ‥)ノ


叡鞅は頼弛の背中を見送ると、その足で再び大本営に戻った。


ちょうど周勃はまだ韓信と話し込んでいた。


周勃は叡鞅に気がつくと、手招きしてコイコイ♪している。


そして韓信に彼を紹介した。


韓信は相槌を打ちながら、ウンウンと頷いている様だ。


叡鞅としては立場上、これ以上顔見知りを増やしたくは無いが、成り行き上やむを得ない。


挨拶をして頭を下げた。


「あなたが司馬信殿の息子さんですか?成る程…似ておられる。この度は周勃将軍に協力して、情報入手に骨を折って下さったとか?感謝申し上げる。」


韓信は丁寧にそう述べるとこちらも頭を下げた。


こと、軍事に関して言えば配慮が行き届いている。


それ相応のリスクが伴っている事が判っているからだった。


叡鞅は恐縮しながら、


「お役に立ったなら何よりです…」


と返礼した。


「ところで今回の件もあなたがご指摘して下さったとか…返す返すも助かっています。本来ならばこちらで為すべき事とは存ずるが、何か妙案が在るとか…是非ご教授いただきたい!」


韓信はそう述べると、叡鞅の手を取って頭を深々と下げた。


『参ったな…』


叡鞅は横目でチラッと周勃を見ると、周勃はニマッとにやけており、両手を横に広げて肩を(すく)めている。(´▽`)♪


『やれやれ…あなたもですか…』


叡鞅は急に双肩が重たくなるのを感じて苦笑した。


そして(やん)()りと韓信の手を振りほどくと、阿吽(あうん)の呼吸で三人は、人目を然も(はばか)る様に馬屋に向かった。


韓信が先程仕入れた繁殖馬に反応する様に馬の(いなな)き声で合唱団が出来そうな有り様である。


牝の匂いに敏感に反応した牡馬たちが自己アピール合戦をしているのだ。


「ここなら聞かれる事はまず無いです…万が一聞こうとしても聞き取れぬでしょう!」


韓信はそう言うと、


「但し…少々臭いますがね(;^_^A!」


と鼻を摘まむ仕草をした。


『なかなか洒落(しゃれ)のキツい御仁だな…』


叡鞅はまたまた苦笑した(^-^;♪


周勃などはこの場合は流石に洒落が通じないらしく、真面目に嫌な顔で鼻を摘まんでいる(。>д<)…


場所が場所だけに皆、長居はしたく無いだろうからと、叡鞅は単刀直入に話し始めた。


「詳しくは申せませんが、狼煙を上げる事にします。周勃殿には申し上げましたが、狼煙台を築く暇はもう無いでしょうから、私がお手製の狼煙道具で合図します。煙の色は黄色です。此れが上がったら、韓信殿は急ぎ撤退を始めて下さい。逆に魯毅には堰を切らせて下さい。私の計算上、堰から勢い込んで落ちていく河水の速度と、河の中途以上を侵攻し、反転して撤退するタイミングはほぼ同じくらいと見ています。恐らく敵の前衛は渡岸してしまうでしょうが、少数です。囲い込んで殲滅(せんめつ)すれば宜しい。敵の大半は河の藻屑(もくず)となり、後衛は渡岸出来ずに戦意を失い、撤退するでしょう。なお、(あらかじ)め申し上げておきますが、今回の狼煙には硫黄という毒を使用します。取り急ぎそれしか用意出来なかった為ですが、色も判り易い事ですし、良いでしょう。但し、私は生命の危険があるので、とっとと合図したら居なくなりますので、後は皆様主導でお願いします。幸運を祈ります♪」


そう一気に(まく)し立てた。


韓信も周勃も頷きながら聞いていたが、安心した様である。


叡鞅はふと気づいた様に顔を上げると、


「蛇足に為るかも知れませんが…後々また大騒ぎになると困りますので付け加えます。魯毅に伝授した堰は安定しています。河の流れを河上から河下まで丹念に調べましたが、水量は安定しており、ほぼいつも通りでした。此れならば水を塞き止めているとは想いますまい…此れが割りと大事なのです…。」


そう言うとニコッと微笑んだ。


周勃は脱帽した。


彼とは一緒に往復したのに、周勃はそんな所まで注意を払っていなかったからだった。


土木工作に関しては叡鞅に一日の長があるとはいえ情けない…。(。>д<)☆


周勃は彼に謝意を示した。


韓信も相槌を打ちながら感心している。


「どうやら此れで問題は解決した様だな♪」


韓信はそう明るく頷いた。


すると不意に叡鞅が韓信に尋ねた。


「閣下は牝馬で突撃為されるおつもりなのですね?」


今度は韓信が驚いた顔をしている。


周勃もたまげてしまった。


彼は先程、閣下より種明かしを聞いていたからである。


韓信は「なぜそう想うかね?」そう尋ねた。


すると叡鞅はニコニコしながらこう応えたのだった。


「牡馬は日頃、牝馬と隔離されていますから興奮します…恐らく敵の牡馬はその匂いに惹き付けられて猪突猛進しましょう。また味方の牡馬も閣下が撤退に入れば、その尻を追い掛けましょう?よくこんな事をお考えになりますね…感服致しました。」


叡鞅はそう言うと深々と頭を下げて敬意を顕した。


韓信は感心していた。


『司馬信殿も恐ろしい方だが、この男もかなり末恐ろしい人物だな…せいぜい敵に廻したくは無いものだ!』


そう想ったのだった。


こうして周勃と叡鞅は大本営を後にした。


周勃は感心を通り越して、叡鞅が誇らしかった。


「お陰で僕の株も再び急上昇♪君のお陰だ!有り難う…」


周勃は終始笑顔で嬉しそうだ。


叡鞅は恐縮しながら照れている。


「お互いにベストを尽くすとしましょう!」


互いにそう言い合うと、それぞれの準備のため、踵を返すのだった。


『……』


実はこのお話には後日談がある。


後にこの話を聞いた司馬信は、息子の将来を危惧した…。


『本人に自覚は無い様だが、智恵をひけらかすのは良くない!今回はたまたま相手が嫉妬や疑い深い人物で無くて良かったが、不倶戴天(ふぐたいてん)の敵をわざわざ自分で作るようなものだ…もう少し我慢を経験せねば為らん…王才は隠せぬものなのか…』


としみじみと語ったという事だ。

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