思惑の違い
ー斉国南部・高密城 田広陣営ー
斉王・田広の呼び掛けに応じて、斉国内より集結して来た兵力は5万人に達した。
こう書くとある程度まとまった兵力に感じるかも知れない。
ところが戦国時代終盤、楚が滅びつつある時に、斉が援軍として楚に送った兵力が20万だった事を考えると、けして妥当な兵数とも言えない。
それは、斉国が先の御家騒動で田氏同士で骨肉の争いを演じており、さらにはそれにつけ込まれて項羽の侵攻を許して占領されており、そのお陰で20万の民を生き埋めにされたりしている事などからも、この時期の斉国の兵も民も減少傾向にあった事が窺える。
それらを考慮した場合、むしろよくぞこれだけ集まった…そう言い切ったとしても過言は無かろう。
但し、その中身についてはけして忠誠心やら、愛国心やらで集まった人々ばかりでも無かった。
何故なので在ろうか?
田氏がひとつには既に兵や民から愛想を尽かされていた事が挙げられる。
内輪の権力争いに明け暮れて民を顧みなかった事やその混乱の隙を衝かれて項羽軍の侵攻を許した事などである。
そして決定的だったのは、項羽という衝動的激発型の男を呼び込んだせいで、大量殺戮が起きた事だ。
この男の侵攻を許さなければ、死ななくても良かった大勢の民衆が居た筈である…そう考える人達が居ても不思議はない。
ふたつには、その虐殺者と敢えて手を結んだ事であろう。
一連の流れから見て、この時期の兵も民もかなりの疑心暗鬼に陥っていて、もはや何を信じて良いのか判らなかったのだ。
だから既に冷ややかに観ている向きが大勢を占めつつ有り、一番の関心事は各々が自分の身をどう処すれば生き残れるのか?
兵も民も考える事はそれに尽きた。
仮にだとするならば、召集に応じずに、城に残るか或いは漢側(韓信軍)に降伏すれば良さそうなものだが、そう思うのは私達が歴史を通じて未来(結果)を知っているから、正しい判断が出来るのであって、当事の者達にしてみれば、一寸先は闇であるのだから、簡単に割り切れる訳でもなかった。
それこそ重傷を負った人、或いは、重病人やお年寄り、女・子供などであれば、降伏して城に残るか、即墨・莒に避難するかの二択しか無く、移動出来なければ降伏以外の選択肢すら無いので、逆に割り切れただろうし、結果、必然的に正解を引き当てる事が出来た事になる。
つまりはこの時点で動けない者の方が生き残る確率が高まるという逆転現象が起きていた事になる。
世の中いつの時代も理不尽は付き纏うものだ。
何か戦時中の日本に似ている気がする…。
負傷をした者は内地に送り返されるが、元気な者は前線にやられて戦死する者が多かったと聞く。
つまりこの時点で身動きの取れる者の中には態度を決めかねていた人達が多くいた事を意味している。
降伏するか?即墨・莒に逃げるか?田氏の召集に応ずるか?の三択である。
そして召集に応じたとしても、やる気のある者以外の中には、迷いながらも食い扶持を求める者、判断出来ず他人に引きずられて来た者、端から裏切る気満々の者さえ居ても不思議はなかった。
こうした烏合の衆の5万人を収容した高密城でも、決戦に向けての準備は着々と進んでおり、一夜明けた城内では、評定が行われていた。
出席者は斉王・田広を筆頭に、丞相・田横、その他将軍と幕僚達である。
主な議題は『現状報告』と『楚との合流後の事』そして『それ以後の事』である。
まずは斉王に促されて、丞相・田横が現状報告を行った。
以下にまとめる。
①斉国は南端と東側ニ城(即墨・莒)を残すのみで、ほぼ漢に占領された。
②斉国内・各城から召集に応じた兵力は約5万。
③西楚国との同盟を結んだ。その結果、龍且・周蘭率いる20万の援軍が派遣される。
『20万』のところではどよめきが起きる。
皆一様に予測の域を越えていた事が窺えた。
そして中には「流石は丞相!」「田横様は凄い!」などと声に出す者もいる。
田横自身には自信が有り、この窮地さえ乗り越えれば、後はどうとでもなる…。
正直そう想っているので、余り問題は感じていないが、他の者からすれば、数の論理のみの安心感という事になるだろうか。
実際、田横などは、むしろ楚軍20万と漢軍7万が共倒れになってくれるのが、一番良い結末とさえ想っていて、戦場で漁夫の利を拾う事しか考えていない。
ゆえに、そのためには如何に巧く立ち廻って、上手に火中の栗を拾うかであり、真面目に楚軍と協力しては駄目なのである。
そもそも本来的には、火中の栗を拾うのさえ嫌なのだが、そうしなければ自分達が生き残る事が出来ないため仕方が無いと言ったところか…。
要は苦労して『援軍』を求めに行ったのでは無く、『餌を得に向かった』と言うのが、正しいかも知れなかった。
魚を釣る際には、皆、沙蚕という蚯蚓の様な餌を取る事から始めるだろうから、それに近いものを思い浮かべて頂くと判り易い。
問題は田横のこの考え方に理解を示す事が出来る人がこの中に何人居るだろうかという懸念があった。
田横は元々、特に権威主義者でも無いし、個人的には地位も名誉も捨てても良いのだが、それでは、これまで従兄の田儋やそれを引き継いだ兄の田栄が目指して来た斉国の再興は水泡に帰してしまう。
田横自身にも、秦に滅ぼされて一度は滅亡した斉国王室の田家の血が流れている以上、彼らが再興を目指した意思を踏みにじる事は出来ないし、共に協力して今日まで培って来た努力を無駄にはしたく無かった。
もはや個人の意思で離脱出来る立場では無かったと言えよう。
長きに渡り続いて来た先祖の事を想えば、ここで滅亡する訳にはいかなかったのである。
そして兄・田栄の子である田広は、少々直情的なところはあるが、民を大切に想う気持ちがある様だから、彼に後を託せば良い。
莒と即墨に民の救済地を作ったのも元々は田広の発案である。
但し、彼が戦場で兵を鼓舞したり、戦闘の指揮を取ったりと、実際に戦いに参加させるのには流石に無理がある気がしていた。
ゆえに彼が出来ない事は田横が一身に引き受けてやるほかないし、これまでも事実やり遂げて来た訳である。
今回の一連の計画も、主導して来たのが田横であるのは、そういう事情もあった。
そしてそれが可能な才覚が田横にあったと言うべきだろう。
彼はこの時代にあってかなりの権謀術や詐術にたけた軍略家であったのだから。
これ程までにNo.2が板に着いた男も珍しいのではないか…そう想える程、彼自身には個人的な野心は無かったのである。
彼の目指す生き残り戦術のためには、まず兄の血を受け継ぐ田広の安全を最大限に計る必要があった。
そこで元々、高密城に居た将兵と集結した5万の将兵の中から、比較的忠誠心の高い者は高密城防衛のため、田広に残してやり、残った者達を率いて田横は出撃する事に決めた。
さて、評定は合流後の事に移って来る。
田横の顔にはもはや躊躇はない。
「では此れからの行動計画を伝える。皆心して聞くように!」
田横は口を開くと、皆の顔を順番に眺めながら、自分を奮い起たせる様に少し間を置く。
皆、田横の言葉を真剣な眼差しで待っている。
果たして…この中のどれだけの者が生き残れるのだろう…田横はそう想いながら、言葉を続けた。
「まず兵は2つに分ける。ひとつは王の下、高密城に主力として残す。その数は1万弱となる。そして残りは予定通り出撃する。その数は5万。高密城は謂わば我らの最後の砦となるので、可能な限り防衛に努めるが、固執する事は無い。戦況に依っては捨てて良いから、王の命を優先する様に…そのための対応が出来る者を残すからそう心得よ。そして、残りの者はこの田横に従うのだ。努努二心は抱くで無いぞ!この田横の策はこの状況から如何に生き抜くか…それしか考えては居らぬ所以、生き残りたい者は必ず従うのだ、良いな?」
田横の言葉が終わると、皆一様に頭を下げて頷いた。
特に生き残りたいと想っている者の耳には、力強くこの言葉が響いた事だろう。
王である甥の顔を振り返ると、田広も決意を固めた顔をしていた。
『よし!いい面構えだぞ…斉王よ!』
田横はそう想いながら、思い返していた…。
実のところ、このプランを事前に田広に話すかどうかは田横にも懸念はあった。
しかしながら、同じ反対をされるなら事前の方が良い。
そこで2つの理由を述べて、その必要性を理解させる事にした。
①王とは社稷を守る責任を負う。無茶な行動は勇気とはけして呼べないのだから、まずは自分の責務を果たす事。それは己が精一杯、生き延びる事である。
②この作戦は君主であるお前を守る策の様に見えるかも知れないが、実はもっと非常識なものだ。万が一の際にお前と私のどちらかが生き残れる様にする事も念頭にある。そのためには同じ環境に互いに身を置かぬ事こそ重要であり、その方が田氏存続の道が残せる。たまたま私の方が戦に長けているから、私は戦場に身を置く事を選んだだけある。しかしながら、この城がお前を守ってくれる盾になるとは限らぬから、お前には良き人を残してやる。よく話し合い、身を処すように。
田広は案の定、自分だけ戦場に行かぬ事に反意を示したが、『どちらかが生き残らねば成らぬ』という点において納得した様だった。
厄介な王の説得が事前に済んでいたお陰で、評定での説得は将兵に対してだけに集中出来る。
王に有益な人選をする事で、戦場に駆り出される輩は反発する事だろうと懸念していたものの、ここでも数の論理が働いたのか、或いは田横に従えば生き残れると踏んだせいかは判らぬが、特に異論は出なかった。
但し、逆に言えば忠誠心の塊の様な連中からは、率先して戦いに赴きたいとの異論が出た。
これはある意味収め易いので、各々の役割の重要性を強調してこれを収め、王を必死に守る様命じた。
そして後々、問題が起こりそうな戦場派遣組にも、田横の判断を信じて、これを守れば必ず生き残れると再三に渡り説諭して、肝に命じさせた。
今は数の論理が先行して安心している連中も、いざとなった時に心の拠り所を失うとどう転ぶか判らぬので、予め拠り所となる様な布石を打つ事も忘れぬ田横ならではの心憎い配慮であった。
いざとなったらその烏合の衆を強制的に動かさねば成らぬのだから、その肝となる種子を今のうちに植え付けて置く事…それが後々効いて来る事になる。
田横のこの気持ちのこもった配慮が皆に安心感を与えた面もあったのかも知れないが、この場で示した計画は満場一致で支持を集めた。
そして最後に議題は『戦後の事』に移る。
しかしながら、こればかりはどこの誰にも結果は判らないので、計画の立てようも無い。
田横も隙あらば国をどさくさに紛れてでも取り返そうと思っているだけで、そうそう自分の思い通りに事が進むとは限らない。
田広にいみじくも伝えた『片方生き残り策』だって、結果が判らないからこその念を入れた計画のひとつであり、そう望んでいる訳でも、王を納得させる為だけのブラフでも無い。
最悪を想定しての事だった。
無論、王がそこまで知る必要は無いし、現時点でそこまで言及すると、王は勿論、味方もびびって動けなくなるだろう。
特に5万の交戦組に組み込まれた連中は、我先に逃げ出すに違いないのだ。
取り敢えずは全滅せずとも良いので、狼(項羽軍)と虎(韓信軍)が互いに傷つき合い、我らが生き残れる余地を作る事こそが最大の目的で良いのだ。
そのためには、城残留組も合流戦闘組も、あからさまに成らぬ程度に生き延びる事!…此れがこちらの思惑だった。
三勢力の想い描くそれぞれのプランには思惑の違いがある。
その思惑の差異の隙間を突く、乾坤一擲にこそ最弱勢力の「生き残り戦術」が活きて来よう。
田横は所以に『戦後の事』については難しい説明はしなかった。
城残留組の判断は王に任せる。
但し、状況に応じて判断が難しい時には、幕僚と相談する事。
そして万策尽きる事が無いように、私が書き記した対応策をまとめた巻き物を渡しておくので、その中から可能な策を見つけ出して生き抜いて欲しい。
そして合流戦闘組には私の小飼の軍団長を配置するので、各軍団長は精一杯の五感を集中させて我を意識せよ!
そして細分漏らさす我の明確な指示に反応する事。
一瞬の躊躇が全てを台無しにする所以、ゆめゆめ行動には支障をきたさぬ事…此れが重要である。
そう言って「判ったな!」と言った。
「判りました!」
皆、田横の鼓舞に応じて叫ぶや、気持ちをまとめ上げる事は出来た様だった。
「斉国の為に!」
そう高らかに雄叫びをあげ、田氏陣営の評定は終幕となった。
『必ず生き抜いてみせる…。』
田横はそう決意を固めながら真一文字に口を結ぶと、田広を振り返るや強く相槌を打つ。
田広も強く頷きながらそれに応えた。
互いの目には眩しい程の輝きが込められていた。




