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土木工事

叡鞅は関起を見送ると、その足で周勃を探した。


周勃は立札や檄文の投げ込みを終えて、既に陣中で移動の準備に追われていた。


周勃としても時間を食った分、早々に筥を通過して、臨淄に向けた行軍に入らねば成らない。


まだ行く手には占領すべき城が残っているのだ。


叡鞅は周勃に再び面会を求めると、周勃は察したらしく、部下に命じて、人払いを徹底させた。


「話を聞こうか?」周勃は言った。


叡鞅はこの徹底振りを見ながら、この作戦に賭ける周勃の意気込みを改めて感じずには要られない。


恐らくは作戦指揮に必要な一部の人員以外にはまだ何も知らされていないのだろう。


周勃の副官の姿が見えないところを見ると、既に彼は作戦行動に入って要るに違いなかった。


叡鞅も周勃の事は未だに余り知らない。


直接会って話をしたのも、漢嬰の陣営でこの謀議に参加した時だった訳だし、それから幾らも絡んでいないのだから、それは当然と謂えるだろう。


しかしながら、偶然とは恐ろしいもので、周勃の副官の魯毅(ろき)には既に面識が在ったのだった。


魯毅はとても地味な男で、存在そのものが元々薄い。


それは周勃が意識的にそういう男を、わざわざ選んで自分の副官に任命したからなのだが、その意図は明らかだった。


漢嬰や曹参がいみじくも異口同音に述べた様に、周勃が策謀の人だったからである。


策を(ろう)する時、その実行部隊の指揮官は目立たぬ方が都合が良い。


そして、周勃の命ずる事をただひたすらに忠実且つ正確に実行する者でないと務まらないという訳だった。


『いやはや…底の見えぬ人よ…。』


叡鞅はそう想う。


周勃は寡黙な人かと思えば、時にゲラゲラ笑いだし、関心のないように食べ物を食い漁っては咀嚼を愉しむ…その裏では明晰な頭脳で策謀を画策する。


かといって信用の置けない風見鶏と謂う訳でも無く、仲間には慕われている…。


『全く不思議な男だ…。だが人を惹き付ける魅力はある。』


実際、始めて会った時から今まで、先に述べた様にそれ程の絡みは無い!


…にも(かか)わらず、叡鞅自身がいつの間にか、周勃に魅了されているのもまた確かなのだった。


「周勃殿…ご依頼の件はどうやら果たせたようだから、此れが最終報告と思って頂いて良いでしょう…。」


叡鞅はそう前置きをした上で、話を続けた。


「まず田一族の動きですが、南下して高密城に入りました。そこで国内の兵力を糾合する動きを見せており、最終見込みは約5万。田横の動きは早く、既に昨晩の内に項羽陣営との接触は終わり、もう帰城している頃でしょう。交渉は成功し、西楚との同盟を結びました。その結果、西楚側は龍且・周蘭将軍に20万の兵力を預けて田一族を支援するようです。互いの利益の一致をみたというところでしょう。ここまでは周勃殿のほぼ読み通りですな…。私の報告は以上です。」


叡鞅は報告を終えると、軽く頭を下げた。


『!!…25万とはな…。予想よりも多いが…遣れるだろうか…。』


周勃の蟀谷(こめかみ)からは知らず知らずの間に、冷や汗が流れた。


彼は自分の予想を遥かに上回る大兵力に少し腰が退けていた。だが今さらである。


遣ることに変わりはなかった。


周勃は決意を新たにすると、叡鞅に労いの言葉を掛けた。


「ご苦労様でした。貴殿なら遣れると思っていた。礼を申し上げる…。」


周勃はそう言うと、叡鞅の手をとって、最大限の感謝を示した。


叡鞅もそれに応える様に手を握り返した。


そこには作戦を構築し、共有し、実行した二人の男の熱い想いがあった。


「時に魯毅殿はお元気ですかな?見掛けぬようだが…。」


叡鞅はあくまでも然り気無くその名前を口に出したつもりであった。


しかしながら、周勃にとっては予測していなかった事だったのだろう…。


明らかに顔が()きつっている。


正に痛いところを突かれたといった呈である。


ところが…次の瞬間にはすっかり立ち直って、


「ほぉ~叡鞅殿は魯毅を御存知か…奴に知り合いがおるとは驚きましたな…いったい何処で知り合ったんです?」


と切り返して来たのである。


『やはり食えぬ奴だ…恐れ入る!』


叡鞅は当初、狼狽するであろう周勃を思い浮かべていた。


が!やや顔は曳きつったものの、直ぐに立ち直り、反撃してくるのだから、困ったものだ…。


しかも周勃は答えを言わないばかりか、逆にこちらの情報を引き出そうと謂うのである。


正に狸と狐の化かし合いといったところで在ろうか?


『本当に負けず嫌いなお方なのだな…そして決して弱味を見せない姿勢には感服した。どうやらこちらが折れるしか無さそうだな…。』


元々は叡鞅が仕掛けた『言葉遊び』なのだから、適当なところで、こちらが折れるのが筋というものだろう。


叡鞅は苦笑せざるを得なかった。


そして彼のおそらくは知らない情報を教えてやる事にした。


「魯毅殿とは、土木作業の講習で出会ったのですよ…。工作部隊には必要なのでしょう?」


そう言うと、出し抜けにニッコリと笑った。


『!!…あれか…!』


周勃は思い当たる節があり驚いた。


本来、周勃のような策謀を()る男には、漢嬰(かんえい)の腹心・宋中(そんちゅん)のような同じタイプの実行者が必要不可欠なのだが、なかなかそんな奴は見つからない。


かと言って蕭何(しょうか)のところの傅首(ふんす)のような男では困る。


彼も考える力では宋中並みの知能を持っている実力者だ。


だが周勃に言わせれば…


『頑固で譲らない性格であり、清廉潔白過ぎる。』


必ず周勃とぶつかり合う事に成り、扱い辛い…そういう事なのであった。


そんな時に見つけたのが魯毅だった。


彼は存在そのものが目立たない。


まるで空気のような存在と言えば適当かも知れない。


そして宋中や傅首ほどの能力は無いが、忠実で黒子に徹する事が出来た。


そして何より記憶力が抜群に良い。


考える力は育てれば良い。


そしてその間は自分が考えた事を記憶させて、体現させれば良いのだから、扱いようによっては、大きな力に成ると考えたのだった。


そして事の始めに、工作部隊の訓練を兼ねて、土木作業の講習に行かせたのであった。


『まさかそこで叡鞅殿と出会っているとはな…。』


運命の悪戯とは不思議なものだ…周勃はそう想った。


「叡鞅殿が魯毅と同じ講習を受けていたとは、不思議な巡り合わせで御座るな!」


周勃はそう言いながら、叡鞅を見つめた。


すると叡鞅は、とてもこそばゆいという仕草をして照れている。


周勃は…


「何か可笑(おか)しな事を言いましたかな?」


と横目で叡鞅の様子を伺いながら、


『??』


まるで、意味が判らない。


すると叡鞅はクスッと微笑みながら、こう応えた。


「周勃殿!私は受けていたのでは御座らん…教えていたのですよ…。そう!彼は一応私の弟子なのです(笑)」


それを聞いた周勃は、今度こそ本当に驚いたように、目をまん丸くして叡鞅を見た。


『やられた…。』そう思った事だろう。


逆に叡鞅は『してやったり!』と見事に切り返しに成功したのである。


叡鞅はのんびりとした言葉尻で、


「どうです?師が弟子を心配しても不思議は無いでしょう?」


と少し意地悪く言葉を継いだ。


周勃はもはや全面降伏した…。


まさか彼がとっておきの切り札を持っていたとは、想像もしていなかったからである。


周勃は策謀の人であり、相手と駆け引きする気の効いた会話が好きだった。


そして例え相手が誰で在ろうと、今まで負けた事は無い。


『ガツンと(へこ)ましてやるぜぃ(*´∀`)♪』


そのくらいの気概で居たもんである。


あの宋中でさえ、いつも凹ましているし、あの傅首が、わざわざ避けて通るくらいのものだ。


ところがこの叡鞅という風変わりな男は、どれ程の叡知を身につけているのだろう…。


周勃はこの『底の見えない』男に少々、畏怖(いふ)を感じていた。


そして同時に敬愛の情も感じていたのである。


ヾ(≧∀≦*)ノ〃似た者同士だからね♡


想えば始め、漢嬰の幕舎で会った時に、


『同じ臭いがする…。』


と感じていた。


だからこそ、必ずこの男はやり遂げると確信していた。


もしかしたら、この者こそ私の求めていた人物かも知れぬ…。そう思った程だった…。


そして今、それは証明された。


『だが…この者は私の下で甘んじる程度の器では無い。今はまだ判らぬが、きっと近い将来…私の器では覆い切れぬ程に大きくなるに違いない。』


そう感じざるを得ないのだった。


周勃は知らないが、叡鞅自身も彼を、『底の見えない男』と評している事は先に述べた。


実際、叡鞅は今回の作戦を断わろうと思えば、断われたのである。


そればかりか、面会でさえ宋中のお声掛かりで無ければ、断わっていただろう。


しかしながら、周勃という男と(つら)(つら)を合わせた途端、相手の備える力の源泉が、叡鞅を(とら)えて離さなかったのだと謂える。


それはまるで、磁石のS極とN極が引き合うが(ごと)くの代物であった。


『この男ともう少し一緒に仕事がしてみたい…。』


周勃も叡鞅もそう想ったのだった…。


周勃は頭を切り換える事にした。


「叡鞅殿!魯毅は元気ですよ♪貴殿も薄々気がついているのでしょう?何しろ、私と貴方が始めに想い描いたプランだ…。もしお会いしたいなら、顔を見せてやって下さい。奴も喜びますよ…何でしたら、師弟でそのまま手伝って、完成してみては如何(いかが)です?」


そう言うと微笑んだ。


叡鞅は苦笑した。


『巧い事を言うもんだ…危うくその気にさせられるところだったな…。』


しかしながら、叡鞅には残念ながらその気は無い。


自分の構築した罠に25万もの命が懸かると想うと、やはり遣り切れ無さは残る…。


まさか魯毅にその方法を教えた時には、こんな事に成るとは想わなかった…そう言えば嘘になるが、やはり手を上げて手伝う気には、なれないのであった。


(;^_^A…。


「手伝いは致しませぬが、少し顔を拝んで参りましょう…。否、何、彼ならひとりでも遣り切れる事でしょう…。」


そう言うと、頭を上げて周勃を見つめた。


「ではこれでお別れです。また会う事もあるでしょうから、どうか息災で♪」


叡鞅は盟友に対する尊意を貫きながら、見つめると、正体(せいたい)し、頭を下げた。


周勃は「ああ…。」と名残り惜しそうに応えると、やはり正体(せいたい)して頭を下げた。


二人は見つめ合うと互いに固い握手を交わすのだった。


「さて…私はこれから臨淄に向かって行軍だ!」


周勃はそう言うと、途端に気がついたのかこう言った。


「叡鞅殿!失礼な(げん)とは思うが、餞別に聴いてくれ!先の報告は一字一句漏らさぬように願いたい。特に25万の事はな…。魯毅にも秘密で頼む。」


周勃は叡鞅が情報を漏らすような男で無い事は判っている。


だが、仮にもそれだけの人命が失われる作戦なのだ…中には躊躇(ちゅうちょ)してしまう者も出よう。


周勃自身はそれを一生抱えて行く覚悟は出来て要るが、そうで無い者も居よう…。


この叡鞅という男でさえ躊躇するぐらいの此れは作戦なのだから…。


『この男は優し過ぎるのかも知れぬ…。』


周勃はそう想った。


叡鞅は「無論…秘密は守られます。」とだけ言った。


そして「ご検討をお祈りしています…。」そう言うと、踵を返して引き揚げて行った。


周勃はその背中を見送りながら、清々しい風を感じていた。

【次回予告】


『御前会議』となります。


因みに魯毅と叡鞅の絡みは省略となります。


また機会が在れば書きたいと思っています。


お楽しみに♪


byユリウス・ケイ

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