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説諭

ー斉国東部・曹参陣営ー


「私に御用とか?何事かな?」


曹参はそう言うと、さも愉しそうに趙燕を見つめながら、口上を待っている。


『此の男の口からいったいどんな話が飛び出すのか?』


内心ワクワクしながらも敢えてその様子を相手に見透かされぬよう用心しながら指の関節を鳴らした。


史進は横目で主の様子を見ながら、判らぬ様に吐息を吐いた。


曹参は楽しくなって来ると指の関節を鳴らす癖がある。本人は気づいておらず、あくまでも無意識にやっているのだが、付き合いの長い史進にはそれが感じ取れた。


趙燕はそんな二人の思惑など意に介さぬ…と謂った呈で、冷静沈着に対処する。


「我が主・叡鞅より火急の要件で参りました。不躾(ぶしつけ)な訪問をお許し下さい。本来で在れば、正式に書簡を用意するべきでは在りますが、その時も無く、口上で申し上げる次第です。我が主・叡鞅も現在並行して、筥の周勃様に復命しているため、この場に私を派遣致しました。それを御承知下さい。では(あるじ)の口上を申し上げます。」


そう言うと曹参を見つめた。


『ふむ…叡鞅は周勃のところか…やはり例の件なのかな?』


曹参はそう想いながら…


「宜しい…先を続けてくれ!」


そう促すや、その口上を待つ。


趙燕は頷くや要件に入った。


「曹参様に申し上げます。曹参様と周勃様は今、全く同じ問題を抱えておいでになる。双方共に難攻不落の城を前に、対応に苦慮されております。おそらくそれは、情報が足りないためと推察致します。そこで我々が得た情報を提供致し、敢えてそれに基づくご提案を致します所以、ご考慮頂きたい。」


「そう我が主は申しておりますが、お聞きいただけまするか?」…そう趙燕は語尾を添えると曹参を見つめた。


趙燕にしてはかなり慎重過ぎる程の敬意を示している。


まだ曹参という人物像がはっきりと捉えられていないための慎重さと言えた。


『我ながら慎重に過ぎるのではないか?』と趙燕自身も想わないでは無いが、ここは必ず果たさねば成らぬ案件なのでやむを得まい。


『ほぉ~そういう事か…本来なら余計なお世話だが、確かに対応に困っていた処ではある。しかもこやつの主人はあの周勃が認めた男らしいからな…知略者同士という事なのだろう(笑)…よし、ここはひとつ(わし)の懐の広さを見せてやるとしよう。』


曹参はそう思い至ると、何度も頷きながら趙燕を見つめ、笑顔で応えた。


「私に情報を提供して下さるか?さらに助言までして頂けるとは有難い。慎んで拝聴致そう♪」


そう言って姿勢を正すと、趙燕を促す。


それを見ていた史進は思わず笑いそうになって、必死に(こら)えた。そのため顔が妙に(ゆが)んでいる。


趙燕は相手が聞く耳を持った事に安堵したが、そんな事は尾首にも出さず、相も変わらず、冷静な態度で口上を続けた。


「筥も同様ですが、ここ即墨にも兵は無く、城内は非戦闘員である民のみとの事。ここは占領する事に囚われず、そのまま通過するのが上策。万が一にも手を掛ければ時間を取られるばかりか、民の恨みを買いまする。それは陛下の意にも反しましょう。曹参様が拙者の具申を用いる度量がおありなら、今ひとつ助言を致す所存です。いかがで在りましょうや?」


趙燕は一旦言葉を切ると、真っ直ぐに曹参を見つめている。覚悟を決めた眼だ。


言葉尻は丁寧だが、冷静に聞いていると、かなり挑発的な物言いをしている。余程、器の大きい人でなければ受け止めきれまい。


鯔のつまりは、叡鞅は曹参の度量の深さを試しているのだろう。この機会を利用してそこまでするとは、かなり憎たらしいではないか。


当然それは聴いている曹参にも腹心の史進にも感じ取れた。


史進は少し冷や汗を掻いたが、主を見ると意外に冷静な様にみられたため、傍観を決め込む。


曹参は聴いている内に少しイラッとした事は確かでは在るが、これを侮蔑と捉える事は無かった。


『こやつら…主従でこの儂を試しておるな?(笑)』


曹参はそう考えて、冷静に対処する事にした。


ここで怒ってしまっては、せっかく度量を魅せてやろうと思った事が無駄に為る…。

(^◇^;)・・・


さらにこれは間違いなかろうが、おそらくは周勃の所でも今正に同じ具申がされているはず。


後々、その応対を比較された場合、自分が狭量だとは思われたくは無かった。


元々大局的に物事を考える事が出来る曹参は、実のところ本人が意識せずとも度量は広いと言って良い。


そんな彼が日頃から自分を低く見ているからこそ、意識して努力しているだけなのである。


才が先か努力が先かと問われたら、曹参本人は迷うこと無く努力と言うであろうが、本当の所は判らなかった。


卵が先か鶏が先か…って奴だな(笑)


曹参は…言いたい事を言い放ち、静かなる闘志を内に秘めたこの男が割りと好きになって来た。


『儂はこういう奴は嫌いじゃない(^◇^)♪』


曹参も武人の端くれであり、この男の心情は理解出来た。


『しかし城内に住民だけとは思わなかった…』


『!!!…』


『成る程…田広か田黄かは判らぬが何処かで兵の糾合を諮る気だな…それならば納得が行く。』


そこまで考えが到達した曹参は、叡鞅の具申が的を得ていると理解出来た。


曹参は決断した。


この方法ならば、当初、即墨の住民を助けたかった彼の希望とも一致する。


「宜しい…そう致すとしよう。続きを聞かせてくれるか?」


曹参は笑顔を見せながら趙燕に応えた。


趙燕はひとまず峠を越えた事に安堵した。


『やはり我が主の言う通りになったな…。』


その事に感嘆を禁じ得なかった彼は、改めて(あるじ)の見識の深さに脱帽した。


そして、彼を見込んで使者に立てた主に感謝した。


「これはお前にしか出来ぬ所以頼んだぞ!」


叡鞅はそう言いながら、朗らかに笑ったのである。


趙燕はそんな主の言葉を思い出しながら、再度腹に力を込めて事に臨んだ。


「我が主・叡鞅が申しますには、即墨通過の際に、城方より後背を討たれぬための秘策があるとの事。それは周辺のあちらこちらに高札を立てる事だそうで、文面は書簡にて預かっております。こちらです。」


そう言うと、胸元から書簡を取り出して、史進に渡した。


史進はそれを受け取ると、主人に手渡す。


曹参はそれを両手で広げて文面を読むやたまげてしまった。


『なんと!これは陛下の書簡だ…。間違いない。だがどうやってこれを陛下に書かせたのだ…。信じられん…。あの陛下がここまでするとはな…。』


曹参は「お前も見よ!」と言って史進に渡した。


史進は中身を確認するとびっくりしている。


普段はなかなか見せぬ驚きの顔で曹参を見つめた。


「お前はどう思う?」


曹参の問いに史進はしばらく考えていたものの、腹は決まっていた。


「面白い♪やる価値はありそうです。」


そう応えながら、趙燕に目配せする。


趙燕は無言だが、軽く会釈をすると、感謝の眼差しを見せた。


「良し!決まりだ。儂も同じ考えよ♪」


そう言うと、史進にすぐに手配するよう命じた。


「私も手伝いましょう♪」


趙燕はそう言うと曹参に拝手した。


「ご苦労だった。お(ぬし)(あるじ)はひとかどの人物のようだ。是非近々(じか)に会いたいものだ。よろしく伝えて欲しい。曹参が感謝していたと!」


曹参の言葉を受けて趙燕も応える。


「必ずやお伝え致します。我が主も喜びましょう♪」


そう言うと2人は幕舎を出て、早速、事にあたった。


高札を立て終わる頃合いを見計らって、史進の配下が趙燕の僚馬を連れて来てくれた。


「お送り致そう♪」


史進はそう言って、手綱を持ちながら歩く趙燕と並んで歩き出した。


「貴殿の毅然とした対応に感服した。胆力が強う御座るな♪」


史進はそう言うと清々しい笑いを浮かべて趙燕を見た。


「貴殿こそ肝が太い。膂力(りょりょく)もね。そして…何よりもお主は優しいな。まるで春の野の風のような清々しいお気持ちを頂戴した。世話になった!」


趙燕もそう返しながら涼しげな中にも笑みを称えた。

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