漢帝国の誕生~劉邦の妬み
この物語は西夏国奇譚の番外編としての内容です。
主に韓信と劉邦の確執の中で、主人公である『俺』がどのように関わっていくのかを書く中で、西夏国の一端に触れていきたいと思っています。
この物語は歴史上の人物が登場しますが、経過や結末は全くのフィクションとなりますので、それを承知でお読みいただければ幸いです。
劉邦の天下再統一に大功のあった韓信は、楚国に50城を与えられ、楚王に封じられた。
新たに起きた西魏・代・趙・燕・斉の勢力をことごとく打ち砕き、その地を電光石火の如く占領して見せた手腕は敵勢力のみならず、味方からも畏怖される程の戦果であった。
人々は狂喜乱舞し、戦況に食い入った。
一躍時の人となった韓信は、他に追随を許さない第一の功臣であると自負して居たため、慢心していた。
赴任地である淮陰(楚国の一都市)に赴くや、故郷の人々の盛大な出迎えに満足し、これからの楚王としての日々に期待を膨らませていた。
しかし漢の皇帝劉邦は、元々態度がでかく、戦果を揚げる度に得意満面な韓信に嫌悪し、その類い稀な軍事的才能に嫉妬し、疑心暗鬼となって居た。
劉邦は元々猜疑心の塊のような性格ではあるが、韓信の皇帝を皇帝とも思わず、しばしば侮った態度で応じる行動に、その度ごとに怒りがこみ上げては、家臣の蕭何や張良に宥められて、これを抑えるという繰り返しを強いられて来ていた。
そのため、怒りの炎は行き場を失い、却って劉邦の心の内で、急激に膨らみつつあった。
それは、最早いつ爆発しても不思議ではない程の塊と成りつつあったのだった。
では元々いったい何が問題なのか?
全部に決まってる。
全部気に入らない。
しかしながら…
韓信を高く評価する蕭何や張良を筆頭に、今や軍事の神帥として将兵たちに英雄として崇められ、人気者となった奴に理由も無く、ただ気に入らないというだけで制裁を加える訳にもいかない。
そういった理屈ではない苛立ちが益々怒りの激しさを増幅させており、最早抑えが効かず、その心は制御不能に陥りつつあった。
将兵たちに人気があり、誰も敵わぬ将才を持っている韓信を、いくら手柄の代償だとしても、楚王に封じた事で、言わばいつでも歯向かえるだけの大兵力を、軍事の天才に与えてしまった事になる。
そうした今の状況は、劉邦にとってけして安らかな気持ちになれる訳がなかったのだ。
劉邦は最大の敵である項羽を倒して天下を手中に納めた事で、とても興奮しており、しばらくはその高揚に浸って要られた。
だが、それも束の間であった。
現実問題に直面しなければならないからである。
楚漢戦争に功のあった臣下の褒賞は行使したが、今後の政治体制の仕組みを確立せねばならないし、また荒廃した全土の復興を、また民には食糧を供出してやらねばならない。
もちろん実際行動するのは、政務の実行者である丞相の蕭何を筆頭とする文官たちであり、各地に封じた諸侯(王)たちであるのだが、次々と手は打って置くに越した事はない。
しかしながら、そんな中でも兵仙とさえ言われ始めた韓信に与えた絶大な軍事力が頭をもたげ、いつ寝首を掻かれるか判らないという恐怖心が、心を支配し、気が気では要られないのであった。