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化かし合い

ー楚国彭城内・某所ー


しばらく時が流れた。


相変わらず眠らされた一行の者たちは、食宅の上に臥してぐったり寝込んでいる。


この時代の眠り薬というと、まだアヘンがあったかどうかは定かではないが、それに似たような物を食べ物か或いは飲み物に盛られていたに違いあるまい。


田黄のみが、偶然にも食べなかったのは、幸いであったが、さてこれからどうなるのだろうか?


相変わらず先方に動きはなく、見張りの兵も何も語らないので、相手の出方を待つしか道はないのであるが、さてどう出て来るのか…。


そんな事を考えていたところ、遠くから足音が聞こえてきて、外に立つ見張りの兵に何やら命ずると、やがて扉の閂が開く音がして、一人の男が入って来た。


背が高く、細身の男だが、服の上からも判る程、筋骨粒々であり、只の官史では無さそうだった。


その男は田黄を視るとさも驚いたような素振りをみせて、『ホォ~♪食に手をつけなかったのですか?それは感心感心♪』と言いながら、ニコリと微笑んだ。


田黄は『我らは斉王の使者ですぞ!それをこのような振る舞いをして恥ずかしいとは思われぬのですか?』と抗議した。


すると、その男はまるで悪びれずにこう応えた。


『今は戦時ですぞ!油断召されたそちらに非が有るのではないですかな?』


確かにこの男のいう事にも一理あるが、それでも使者には、多少の配慮をするのが、不文律というものではあるまいか?


田黄は悔し紛れに罵詈雑言を浴びせたい衝動に駆られたが、ぐっと堪えた。


ここには交渉に来たのだ。


確かに相手の振る舞いは非道に過ぎるが、こちらが怒ってしまえば、目的は果たせない。


あくまでも冷静に対応するしかあるまい。


そう考えれば、相手はひょっとすると、交渉を主導するために予め計画された行動に沿って事を推し進めようとの魂胆かも知れぬと思い当たった。


ここは相手の威に呑まれる事なく冷静になり、ぐっと堪えた方が良い。


その上で相手の魂胆に乗ってみる振りをするのもひとつの方法かも知れぬ…。


そう考えた田黄は、何事も無かった如くに、応えた。


『確かに戦時でしたな…。油断致した。で、この先どうするおつもりかな?殺しますか?それとも話し合いに応じて貰えますかな?』


すると、相手の男は『ワハハハハッ♪』とさも可笑しいと言わんばかりに激しく笑った。


『いったい何をしに来たんです?もちろん話し合いますとも♪』


そう言うとチラッと扉の方を向いて合図する。


扉はギギィーと音をたてながら開くと、兵は下がっていった。


『あなたが寝込んで無くて幸いでした。どうぞこちらへ。場所を代えましょう♪』


と言って扉の方へ(いざな)う。


田黄は配下の一行の方を見ながら、


『こいつらはどうなります?』


と尋ねた。


すると男は、真顔で『フフン♪』と鼻を鳴らすと、そちらを見ながら、


『大丈夫ですよ♪しばらく寝かせて起きましょう。誤解無きよう種証しをするとですな、私は単にあなたと落ち着いて話し合いがしたかっただけです。端から危害を加えるつもりなら、こんな中途半端な事はせず、とっとと殺してますよ!彼らも疲れていたのでしょう?ろくな物も食べていなかったはずだ。疲れがとれて、たらふく食べて、安らかな休息を提供して差し上げた(笑)これは…そうですな。私からの細やかな配慮というべきでしょうな♪それもこれも貴方と二人でゆっくり交渉に望むためと、これから話す事を、彼らに聞かれない方が、貴方のためでもあるのでね(笑)どうです?私って優しいでしょう?』


そう言うと、男は『どうぞ♪ご一緒に♪』と言って、改めて扉の方に田黄を誘うのであった。



ー彭城内・周蘭の陣屋ー


『申し遅れました。私は周蘭と申します。西楚王・項羽様から将軍を拝命しております。予め申し上げておきますが、今回の交渉では私に全権が委任されておりますので、悪しからずご了承下さい♪』


周蘭はそう言うと不敵な笑みを見せた。


『やはり…。そう言う事か…。』


田黄は相手に完全に主導権を握られた事を自覚した。


今までの行為は予め決められた絵図に基づき、忠実に再現・実行されたものだった事はもう疑う余地もなかった。


『やられたな…。』


気づいたのは幸いだが、事ここに至ってはすでに遅きに失すると言うべきである。


あとはいかに冷静に対応するか…であろう。


『私は斉国丞相の田黄です。交渉に乗っていただき、お礼申し上げる。』


田黄はそう言うと周蘭を見つめた。


周蘭は落ち着き払った態度を崩す事無くコクりと頷く。


『で?今回の御用向きは何でしたかな?』


周蘭はさも可笑しいと言わんばかりに尋ねた。


『チッ!判っておるだろうに…。』


田黄はそう想った事は顔には出さぬように応える。


『では改めて御提案を申し上げる。我らは西楚と同盟を結びたいのです。今我らは韓信軍に自国を蹂躙されて困っております。この交渉には斉国の国運が懸っておると言っても過言では在りませぬ。どうか我らの気持ちを汲んでいただき、援軍を派遣していただけまいか?どうかご賢察下され!』


そう言うと相手の出方を待った。


すると周蘭は口に右手を持っていきながら、考えている風だったが、やおら口を開くとこう応えた。


『条件は?条件によるでしょうな…。というのも我らとしても今は榮陽の劉邦と交戦中でしてな…。手一杯だ。その上、我らに何の特も無い斉国救援を、我が君が御認めになるとお思いになりますかな?』


成る程…。確かにおっしゃる通りではある。


だが、こちらもそんな事は端から承知の上だ。


西楚からの援軍を得られなければ、せっかく糾合した兵力も無駄になり、反撃すらもまま為らない。


しかも、彼らにしてみてもそんな事は承知の上で、あんな絵図まで描いて、本交渉に着いているのだ。


『何か或るな…。何を求めている…。条件とは何だ??』


田黄はここが正念場と必死になって考えた。


『待てよ?私が相手なら何が欲しい??』


もう少しで閃きそうだった。


『そうか、奴らは何が困るのか?で考えるのか。』


その考えの先を辿り、考えを繋いで行くに従い、田黄には彼ら楚側の狙いが読めて来た。


楚は韓信に斉を抑えられると、挟撃の恐れがあるため、甚だ心もと無い。


そして逆に斉を得れば、榮陽が逆包囲出来るという事なのだろう。


『奴らの欲しい物はいわば斉の身売りか…。成る程それならば近習に聴かせたくは無いだろうしな。奴らこれを機に我らに恩を売って実質的な斉国の実行支配を狙っていたのか…成る程な。』


田黄はそこまで判ると、却って冷静さを取り戻していった。


そして決断した。


『これは考えようによっては、こちらの思う壺に嵌められるな♪謀略には謀略を♪悪いが、その手の事ならこちらが一枚上手だと後々思い知らせて繰れよう。今回の恥辱も含めてたっぷりお返ししてくれようぞ!てな訳でこの話、乗ってみるのも悪くなかろう♪』

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