社稷の末路
ー臨淄城・宮殿内ー
叡鞅の動きには、無駄が無い。
あっという間に宮殿内に入るや朝政の間まで到達してしまった。
朝政の間とは、大臣たちを集めて王が政治を司る場所のことである。
外国からの賓客を謁見する場でもあり、多くの朝貢を受ける場所でもあった。
朝貢を受ける…即ち元々は王が神に祈り、祭事を司る事を示唆しており、神聖な儀式を意味した。
街ではそれに伴い、朝市が拓かれる。
朝貢で得た物産が街を充たす。
各地から集まった商人たちも取引で得た物産を持ち、再び各地に散って行く。
これが物流となる。
街は商人が落としていく銭で潤う。
今でも地方に慣習として残る【朝市】の起源と言って良い。
叡鞅一行は殊更に抵抗を受ける事無く、朝政の間まで到達出来た。
これは後で判った事だが、斉国の中枢部は勿論の事、主だった高い身分の者たちは、既に離脱した後であった。
どうやら、南門だけでなく、あの時、四方の門が一斉に開き、見張りを撹乱するように、散り散りに撤退を完了させたようである。
その後で時を置くや、民衆に逃げるよう通達があったということのようだった。
本来ならば、彼らを守るべき王や大臣が我先にと逃げ出した。
しかも撤退という名目で、とっとと逃げて、大事な民を後に置去りにしたのであった。
『端からわかっていた事だが、情けない連中だな…。』
叡鞅は『フゥ~』と溜め息を洩らすや、
『探せ!』
と指示を下した。
配下たちは、ニ手に別れて、書簡を捜し持ち出す者と【例の物】を捜す部隊に再編成されるや、目的に向かって散って行く。
すると間も無く、一部隊が戻って来て、その内のひとりが叡鞅に耳打ちした。
『やはりそうか…。』
叡鞅はやりきれないといった顔をしながら、李良に声をかけた。
『例の物が見つかったらしい。行くぞ!』
そう言うと李良と連れ立って先を急いだ。
『・・・!!』
叡鞅と李良は二人して絶句してしまい、しばらく呆けていた。
そこは、彼らが入って来たのとは別の屋外の広場で、こちらがある意味、正式な朝貢の間と言えるかも知れない。
そこには巨大な釜が設置されており、まだ中の油が煮え滾ったままである。
その中には、人の骸骨がプカプカと浮いていて、放置されたままになっていた。
もはや証明は出来ないが、おそらくこれが、間違いなく、士人・酈食其の成れの果てであろう事は想像に堅くない。
『まさに悪魔の所業だな…。』
李良も流石に気が動転しているらしく、身震いを抑え切れないでいる。
叡鞅は両手を合わせると合掌して、しばらく沈黙していたが、眼を開けると、静かな優しい声で、
『丁重に埋葬して差し上げよ!』
と命じた。
埋葬が済み、書簡を集め終わると、
『これにて撤退する。』
と命じた。
李良は、
『兄貴!この城を棄てるのかい?』
と少々驚いた様子である。
『李良もやはり中華の漢だな…。』
叡鞅はそう思ったが、顔には出さずそれに応えた。
『我らの務めは臨淄城の攻略でも保存でも無く、あくまで情報の収集なのでな。目的を見失わぬように!』
そう言うと、撤退に転じた。




