実直な忠臣
ー宮殿内・内務室ー
二人の内務官たちが各地から集められた報告を机の上に可能な限り広げながら、頭を付き合わせて、あ~でもない、こ~でもないとブツブツ意見を交換しながら、当面の課題に取り組んでいる。
彼らは漢の都・長安から派遣された内務に精通した官吏たちである。
長安からはまだ他にも内務官は派遣されて来ているのだが、韓信の下で職務を遂行するのに抵抗があるのか、余り乗り気で無い者が多い。
そんな中で、彼らは異色の存在と言えた。
他の者達から見れば、何で韓信ごときのために、あんなに必死に励んでいるのか不思議でならない。
彼らは、職務に勤しむ二人の同僚を遠巻きに囲み、冷めた眼差しで眺めている。
どうせ早晩墓穴を掘り、皇帝劉邦の不況を買って解任されるに決まっている。
そんな門外漢(韓信)を助ける気持ちが理解出来ないのである。
長安を出る前から、韓信の悪い評判を聴いて、まことしやかに流れる嘲笑を信じている者が多くいたのだと言える。
また、韓信に下手に手を貸せば、後々同罪になるからやめておけ…などと圧力を受ける者すらいる始末であった。
それだけ長安サイドでは、大出世した韓信を妬み、羨んでいる者たちが多く存在していたと言えよう。
協力するな…足を引っ張れ…そんな機運が高かったのである。
大体、彼らからしてみれば、都・長安で官吏の頂点を極めるつもりが、何でわざわざ都落ちしてまで、嫌いな門外漢のために働かなくてはならないのか…という不満が元々あったのだから、なお始末が悪かった。
そんな事はどこ吹く風か…二人の内務官だけは、そんな風潮などには、素知らぬ顔で、相も変わらずキビキビと自分達の職務に勤しんでいる。
髪が長く背中でその見事な黒髪を結んでいる…まるで鏡から抜きん出てきたような鋭利な骨格を持ち、優しい笑みを称えた美青年の方が宋中。
丸刈り頭に金太郎さんのような童顔をしており、時折、肩を怒らせては、ブツブツ呟く、背の低い方が傅首である。
宋中は漢の中大夫・漢嬰の元部下で、軍営の中で兵站を担っていた俊才である。
漢嬰は元々韓信の下で共に趙や斉の攻略に当たった事もある盟友で、今は長安で劉邦直属の将軍職にある。
宋中がここに来た理由は只ひとつ。
主・漢嬰から、韓信を助けるように言い含められてここに編入されたからだった。
『漢嬰様の配慮でここには来たが、韓信様も悪くない…。』
ここに来る道中、折に触れ声を掛けてくれる韓信に、宋中は好意を持っていた。
『漢嬰様に護衛として就いていただけの私の顔をよく覚えていたな…。』
韓信はかなり記憶力の良い人物だったようである。
宋中は元々算盤が得意で、秦の時代には、農作物の石高の取り纏めを担っていたので、ある意味適任と言えた。
漢嬰もそこを高く買っていたため、今回の抜擢となったのであった。
実は漢嬰は韓信の下で職務を遂行していた折から、韓信を尊敬しており、本音は自分が来たかったのであるが、それが叶わない事は重々承知していたので、自分の懐刀である宋中を抜擢したのであった。
そしてもう一人の傅首は、あの軍師・蕭何の配下である。
蕭何は、今や皇帝・劉邦の宰相となっており、絶大な力を持っている。
只、蕭何の良いところは、出世した後もその姿勢が変わらぬところにあり、今でも韓信の事を気に掛けていた。
韓信は軍事に置いては、右に出るものがいない。
向かうところ敵なしの強者であるが、王として治世を担うには、少々不安があった。
韓信という漢が、世辞に疎いのが判っていたからだ。
そこで蕭何は自分の小飼の中から、噂話や嘲笑に左右されない、実直さを持っている傅首を韓信に付ける手当てをしたのであった。
さらに傅首はその若さに似合わず、元々は或る村の首長をしていた事のある人で、経営概念を持った知識人であった。
蕭何は傅首が今回の役目に適任と踏んで抜擢したのであった。
『ウオッホン!』
傅首はよくこれをやる(笑)
実直な男で曲がった事が嫌いなので、人に阿る事を潔しとしない。
只、気持ちは温かい人であり、志を持った立派な人間には心から尽くす姿勢を惜しまない。
蕭何に会った時にはビビッと感じるものがあった。
清廉で民を想う気持ちが強い蕭何が、村で民の暮らしを支えて来た苦労人・傅首の心をぐぐっと掴んだのは自然な流れであった。
実は韓信も劉邦陣営に流れて来た当初は、評価されない立場にあり、最初に与えられたのが、『接待係』という有り様で、紆余曲折を経て、蕭何の目に留まった事で劉邦に推挙された経緯がある。
つまり韓信も過去には、蕭何の下で一時は兵站作業に当たっており、その時に傅首という実直な変人と出会い、変人同士で意気投合した。
傅首は韓信を『変人だが軍才のある面白い奴』と評価していたので、『やってやろうじゃん♪』と乗り気に成った次第であった。
宋中と傅首は今日も二人でキビキビ働いている。
相も変わらず他の者は遠巻きに傍観しているばかりで、何もしていない。
『ウオッホン!』
傅首は耐えず強い視線を感じるのか、気味悪くて仕方がなく、時折、宋中の方を見ながら『クイッ』と顎をしゃくった。
宋中も目線を合わせて『気づいている。』と目配せする。
そんなやり取りを時折繰り返しながらも、自分達の本分を勤めあげるために、ひたすら筆を進めて行くのだった。
f(^_^;…強い視線を感じる二人…それはいったい何者なんでしょうか?
次回それが判明します。
お楽しみに♪
byユリウス・ケイ




