一日千秋
ー取次の間ー
韓信を中心にして、その両脇を幕僚達が固めて居る。
対面には取次官に通された珍客が悪びれる事なく堂々と佇んでいる。
背は高いがその華奢に映る体躯は、韓信ら軍人から見れば、甚だ頼り無さ気に感じるというのが、正直なところである。
そのせいか、幕僚達はひと目見た瞬間から乗り気が無さそうな態度を隠さない。
さりげなく横目で韓信に何かを訴えるような仕草を見せる者すらいる始末であった。
珍客はそんな幕僚達の様子を意地悪そうに俯瞰しながら、いかにも愉快で仕方が無いと言った様子で、只ひとりほくそ笑んでいる。
しかしながら、この場で只ひとり、そんな静かな応酬には全く興味が無い!と要った体で、その輪に参加する事なく、目を輝かせながらワクワクしている人物がいた。
言わずと知れた韓信その人である。
韓信は人を姿かたちでは判断しない。
なぜなら韓信にとって、人は能力が全てであり、どんなに醜い不様な姿をして居ようが、小汚い衣に身を纏って居ようが、能力を最大限に発揮して、その結果を出してくれさえすれば良いからである。
この時代には珍しい変わった物の考え方が出来るのが韓信であり、だからこそ常識に囚われて脱け出す事が出来ない凡人どもを翻弄する事が出来たといえる。
『私も食えない時代に放浪しながら、食事をたかり、服装など気にする事もなかったな…。』
昔を思い出しながら、韓信は苦笑してしまった。
そんな韓信を見た目で判断し、蔑み、まるで評価すらしない連中を沢山観てきたが、その連中は今どうなった?
そんな色眼鏡の見方に腐る事なく、韓信は今や楚王の立場にある。
『実力がなければ、事は為せぬ。』
韓信の能力至上主義はその辺りから来ていると言えた。
そんな変わった漢をさりげなく見つめているのは、やはり変わった人物である。
白髪の老人は韓信の仕草をさりげなくもじっと伺うように、ひたすら観察していた。
『愉快な漢じゃな…。愉しめそうじゃわい♪…。』
白髪の老人はたまらぬ!と言った体で再びほくそ笑んだ。
『ご老人、私が韓信だ。今日はよく来られた。早速、公札を見てくれたそうだが、何か策はありそうかな?』
韓信は早く答えを知りたがる悪い癖を見せた。
悪気は全くと言って無いのだが、合理的に考えるきらいが有るために、無駄な作法を省き、簡潔を棟とする辺りが、他人から嫌われ、処世術の欠如と言われる所以なのだが、本人には至って自覚が無い。
すると老人は急にムッとするような態度を見せて、素知らぬという風な顔を見せたまま、そっぽを向いてしまった。
その様子を見た幕僚達は口々に『無礼であろう!』と息巻いて、今にも斬り殺しかねない勢いである。
韓信は慌てて『待て!』と言いながら幕僚たちを制止する。
老人はその様子を嘲笑の眼で見つめていたが、『ホウ…』といった体で、韓信の方を向き直ると、『フフン!』と呟く様に鼻白く笑った。
そして、腹のそこから声を張り上げるように、
『それが、教えを乞う者の態度か!』
と捲し立てた。
華奢な身体つきの老人の、どこからそんな声音が出て来るのか不思議なくらい、その大きな声は部屋の中を谺した。
韓信はその咆哮のような怒号に思わず面喰らってしまった。
その声音は透き通るような一線を成し、まるで鋭利に尖った、それでいてとても繊細な刃物で突き刺して来るような痛みを伴い、身体の芯を突き抜けていたからである。
ところが、端から見た目の姿を蔑み、相手を格下に見ている幕僚達からすれば、話しは違って来る。
自分達と長らく苦楽を共にし、戦場で常に先頭に立って勝利に導いて来た我が王を叱責するという横柄極まりない態度に出た老人に怒りが込み上げて来るのも致し方ないところであろう。
幕僚達はその言葉に息巻いて、口々に『何おう!この無礼者がっ!』『もう勘弁成らぬ!』とそれぞれに刀に手をかけて飛び出さんばかりの勢いである。
韓信は再び慌てて彼等を制止せねばならなかった。
『待て!この私に恥をかかせるつもりか?刀を置け!』と怒鳴りつける。
そして、こう言い放った。
『落ち着いて話を聴けぬ者はここから今すぐに出ていけ!』
と命じた。
未だ怒りで肩が震えている者も居たが、他ならぬ王のお言葉である。
幕僚達は皆、襟を正して従った。
韓信は、直ぐに立ち上がると、老人の側まで歩み寄り、膝立ちに座るや両手を合わせて拝手しながら詫びた。
『どうか御無礼の段、平にお許しを!』
するとここで不思議な驚きがあった。
あんなに猛り狂っていた幕僚たちまで、立ち上がり、韓信の後ろで座すや、同様に拝手して口々に詫びたのである。
ある意味さすがは、天下の英雄、楚王韓信の幕僚達であった。
伊達に死線を乗り切って来た訳ではなかった。
韓信の二度に渡る制止により、主の意図を察したのである。
韓信は続けて、自分の不明も詫びた。
『ご老師殿、私は賤民の出自ゆえに礼が出来ておりませぬ。無礼があれば、お詫び致します。是非ご教授を賜りたい。』
根が真面目で摺れていないのが、この漢の長所であり、物事を常に利的に捉えて礼を蔑ろにするのが、致命的な短所である。
すると、この一連の行動をさりげなくも冷静に眺めていた老人は、韓信の両の手を取り、立ち上がらせながら、こう応えた。
『さすがに王様は善き配下の方々をお持ちのようだ。感服しましたぞ。私の方こそ御無礼致した。お許し下され。』
韓信も幕僚達もこの言葉に安堵の息を吐いて、改めて拝手した。
実はこの一連の駆け引きには、一介の老人が今後の事も考えて、一か八か優位な立場を確保する意図があった。
只、傲慢だという訳では無く、老人も命懸けだったのである。
それだけこの会見に望む価値が或ると端から踏んでの事であり、その覚悟を示したのだった。
『なかなかしっかりとした主従であるな…。これならこの先見込みがあるわい。』
老人はそう独り御馳ながら、改めて韓信主従を見直すのだった。
実は優位に立つ意味もあったのだが、もうひとつ…韓信主従の反応で、この先見込みがあるか無しかを判断するつもりであったのだった。
『これぞ正に一石二鳥…いや一石三鳥だのぅ…(笑)』
老人は言った。
『皆様お立ち下され!皆、皆様の結束と覚悟を拝見し、感じ要りましたぞ!これなら、何事も為せましょうぞ!』
老人は韓信主従の結束の強さこそ今後の力になると考えたからであった。
韓信はそんな老人を見つめながら思った。
『この人こそ、私の待ち詫びたお方だ!』
一日千秋…この言葉が自然と脳裏に焼きついて離れない。
待ち人来る…そんな想いを胸に改めて老人の顔を見直すのだった。
(^。^)y-~こんにちは♪ユリウス・ケイです。
謎の老人は何者なんでしょうかね?(笑)
そして、韓信に何を語るのか?
お楽しみに♪
byユリウス・ケイ




