276話
だからこそ、バレシオスの目に留まったと言える。
本人にとっては迷惑かもしれないが。
「明日、バレシオスは向こうの島を出ル。アイツが帰って来たその後、向こうとの本格的な交渉役を決めなければならなイ」
そこでゼノンは言葉を区切り、ニアキスを見る。
先程までの狼狽えは無い。
だが、その目には不安が映っている。
「バレシオスが言うには、向こうの島、浮遊大陸の王は幼い子供だそうだ」
「こ、子供が王なのですか?!」
驚いて目を大きく見開くニアキス。
側にいたアトスも驚いている。
別に、子供が王位についた例が無い訳ではない。
力を持つ宰相がいて、そのサポートを受けて国を治める者も居た。
だが、大抵は宰相なり高位貴族の操り人形に成り下がるのが大半だ。
つまり、この浮遊大陸の王は、体の良いお飾り…
「あ〜、多分だが小僧、お前さんの想像とは違うと思うゼ」
そう言って、更に数枚の紙を出してくる。
そこには、この浮遊大陸で建造された大型船の詳細なデータに、複雑な建築模様、見た事もない食事など、ありとあらゆるモノが書きなぐられていた。
そのどれもが見た事も聞いた事もない情報ばかりだ。
「これは…」
「向こうの島にある品々の一部ってやつだナ。凄いだロ?その子供が、ちゃんと全てを把握してるそうだゼ」
最早何も言う事が出来ない。
たった一部だけでも、商人から見てどれだけの価値になるのかと想像出来ない。
「さて、本題ダ。次の議会でお前さんを交渉役とする案を出ス。当然反対する連中が出るだろうが、安心しロ。既に裏工作済みダ」
とんでもない言葉が飛び交う。
裏工作済み、つまり、ニアキスが任命される事は決まっていると言う事だ。
「何故、そこまで私を?私など、まだまだ未熟な若造です」
「そうだナ。アントニウスに任せる訳にはいかなイ。こう言えば分かるカ?」
「アントニウス様…ですか?」
そう言われて納得する。
『アントニウス』、この都市国家同盟内でも強引な手法で力を付けて来た商人だ。
彼の一族は、昔から強気な商売をしていたが、現当主であるアントニウスは、歴代でも特に強気だ。
嘘か本当か分からないが、『他の商人を殺してまで販路を確保する』などと陰口を叩かれる程だ。
「アントニウスが知れば、最悪戦争になるだろウ。だからお前だニアキス」
「ふむふむ、なるほど。つまり私はニアキスの補助と言う事になるのかの?」
顎に手を当てて擦るアトス。
その姿を見ながらニヤリと笑うゼノン。
「いやいや、アトス殿。貴方にはニアキスの代わりに表に立ってもらいまス」
「………ほう、そういう事か」
アトスとゼノン、互いに上位者として、相手の腹を探り合う。
何も分かっていないニアキスは、何やら黒い笑みを浮かべる二人の間でオロオロするだけだった。




