274話
商人の黒い裏話を会話に混ぜながら通路を進むアトスとニアキスだったが、途中の小部屋前で立ち止まる。
彼ら二人の今回の目的地は、この小部屋になる。
ここは、少数の商人達が商談をしたり、何かしらの相談事、或いは密約など、様々な用件に使用する場所だ。
アトスとニアキスは、とある商人に呼ばれてここに来ていた。
二人とも『何故?』と疑問に思っていたが、呼び出した相手の名前から何も言わずに従っていた。
小部屋の出入り口に立っていた衛兵がノックをし、中からの返事を待って扉を開ける。
そこに居たのは、都市国家同盟内の勢力で二番目に位置する代表『ゼノン』だった。
四十代のゼノンは、鍛え上げた筋肉のせいで、今にも張り裂けそうなキトンに身を包まれている。
背も高く、広いはずの部屋がとても狭く感じる。
「よう、待ってたゼ二人とモ」
ニコッと人好きのしそうな笑顔を向ける筋肉の塊に、珍しく頬を引く付かせるアトスだった。
正直、中年太りのアトスとは真逆の見た目もあって、若干苦手意識があった。
『人としては好青年…いや好中年か?』
などと、失礼な事を考えつつ、促された椅子へと座る。
ゼノンは、都市代表としては大雑把な男だが、その商人らしからぬ性格から支持する市民が多い。
市民からの人気で言えば、バレシオスよりも上かもしれない。
そんな対照的な二人だが、不思議と馬が合うようだ。
そんなゼノンだが、アトスとニアキスが落ち着いたタイミングで手紙を出してくる。
白い上質な紙には、これまた綺麗な字が書かれていた。
チラリと見たアトスと違い、しっかりと内容を読んだニアキスは、徐々に顔色が悪くなっていく。
青白くなっていくニアキスを見てニヤニヤするゼノン。
「はぁ〜、ゼノンよ。少々イタズラが過ぎるのではないか?」
「いやいやアトス殿、俺がそんな酷い男に見えるカ?」
アトスは「見える」と言う言葉を飲み込むと、そっとニアキスを横目で見る。
ガタガタと震える姿を見ると、『まあ、その内容ではの』と同情してしまう。
「一応言っておくガ、それを言い出したのはバレシオスであっテ、俺では無いヨ」
このゼノンは、都市国家同盟南の砂漠に住む少数民族の出だ。
その為、言葉に僅かな訛りが出てしまう。
一部の商人達は、そんなゼノンに見下した態度で接するのだが、バレシオスやアトスなどは気にもせず普通に付き合っている。
ニアキスもまた、そんな態度も出さない為、ゼノンから友好的に付き合わされていた。
そして、そんなゼノンの持って来た手紙には…
『浮遊大陸の主との外交役としてニアキスを推薦する』
と書かれていたのだった。




