270話
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同時刻、この世界の三大大国では、今回の騒動が断片的に伝わり、大問題へと発展していた。
特に人的被害の大きい北のザクリア帝国は、反軍事的貴族達による政治的攻撃が軍部に対して行われていた。
「これ程の被害をもたらすなど、我が帝国の名を貶める行為だ!!」
声高々に叫んだのは、今回の出兵で自分の息子が行方不明となってしまった貴族の一人だ。
彼らは、反軍事主義だが、自国を守る事に反対する気は無い。
だからこそ、自分の子供達、次男や三男と言った者達を軍人として国に出していた。
それなのに、半数の兵が戻らず生死も不明となれば怒りたくもなる。
とは言え、彼ら的には『長男』では無い『予備とも言える存在』の子供達の為、政争に使う事前提での発言をしていた。
勿論、軍属側もそれが分かっているからこそ、不用意な発言はしない。
実際、出陣した軍の半分が『彼の大陸』で行方不明になっているのだから言い訳の仕様がない。
たった九日前、無人の島と思われた地に上陸した日の出来事で、帝国内部は収拾のつかない状態になっていた。
そんな貴族達の醜い争いを玉座から見下ろす人物、左肩に獅子の金細工を付けたザクリア帝国現皇帝『アウグスト』は、何の感情も見せず、只々紛糾する場を眺めていた。
彼の頭の中では、謎の大地とそこに現れた『羽を付けた女戦士』の事だ。
報告によるとその女戦士は、コチラの言葉を喋り、島からの退去を命じてきたと言う。
つまりこの相手は、帝国の事を知る人物だと言う事だ。
ならば南の王国が関与しているのか?
それとも、都市国家同盟を名乗る商人共の仕業か?
考えれば考える程、疑惑のみが膨らんでいく。
やはり、情報収集を中心に考察し直さなければ…そう考えていたその時だった。
玉座の間の天井付近から紙が落ちて来る。
ヒラリヒラリと舞うように落ちて来るそれに気付いた一部の者達が、何だと注目する。
周囲で騒いでいた貴族達も、その視線に気付き顔を上げる。
数秒程で、絨毯の上にぱさりと音を立てて落ちるそれを、全員が凝視する。
見た目は白く四角い物。
「ふむ、手紙…ですかな?」
年老いた声が、玉座の間に響き渡る。
皇帝の後ろに控えていた老宰相『アインシード』の声だ。
「ほう……誰かソレを持って来い」
「お待ち下さい陛下、そんな何か分からぬ物を御身に近付けるなど」
「構わん」
貴族の一人が血相を変えて進言してくるか、それをアッサリと切る。
そもそも、その貴族が反軍派であり第二王子派である時点で、上辺だけの発言だ。
そんなヤツの言い分を聞く必要がないとばかりに手を振る。
侍従が小走りに手紙へと駆け寄ると、恐る恐る手に取り、素早く宰相の元へと向かう。
一応確認してもらう為だが、その途中で皇帝の手が伸びてくる。
「さっさと寄越せ」
「?!」
皇帝からの直接の命令に逆らえず、侍従が手紙を渡すと、何の躊躇いも無く封を破る。
周囲から「毒があったら」やら「危険だったら」と騒がしい声が聞こえて来るが一切を無視する。
中身はたった一枚の紙切れだったようだが、それを見たアウグストは「くくくっ」と笑い出す。
その行動に周囲の者達が『ぎょっ』とするが、そんな事お構い無しとはかりに笑い飛ばす。
「喜べ皆の者。どうやら向こうから帝国兵を引き取って欲しいとの要望が来たようだ」
ニヤニヤしながら後ろの老宰相へと語りかける。
アインシードは、額に手を当ててため息をつきなから「また面倒事を」と呟く。
その発言に大声で笑う皇帝の頭上を彼らには目視出来ない光の玉が飛んでいく。
行き先は浮遊大陸。




