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230話


エルザの腰がグルリと回転すると、引き絞られた右拳が前へと動き出す。

左右で見ていた騎士達にしてみれば、やけにゆっくりに見えた事だろう。


だが、それは距離があったからそう見えただけであって、正面で対峙していた騎士達には、一瞬で拳が迫って来ているように見えた。

左手が後ろへと流れて行き、右拳が前へと繰り出される。


鉄製の盾に当たった瞬間、ガツンと言う音と共に、細かい破片が四方八方へと飛び散る。


「ぐぎゃあああ?!」

「ひいい、目がー!!」

「い、痛いいいいい!!」


六枚の盾が、砕け散っていた。

曲がった訳でも、穴が空いた訳でも無い。

正しく、細かい破片となって砕け散ったのだった。


ウィリアムはそのあり得ない光景に、思わず目を大きく見開く。

今まで、この防御陣の盾を力づくで押し曲げた者はいたが、鉄の盾を砕いた者は居なかった。


人では成し得ない光景に、ただただ思考回路が追いつかない。

左右から迫っていた騎士達も、動きを止めてしまう。


飛び散った細かい破片が、正面に立っていた兵士達へと降り注ぐと、その皮膚を傷付ける。

ある者は盾を支えていた腕に突き刺さり、ある者は全身の鎧を突き破る。


血塗れになりながら転がる聖騎士達に、誰もが恐怖を感じる。

眼の前にいる女性が、見た目通り普通では無いと言う事を。


「じゅ、銃士隊!!」


自身も恐怖に駆られながらも、奥の手である銃に縋る。

先程の銃撃で効かなかったのは『偶然』避けたものだ、そうに違いない、そう考える。


彼らは、銃の威力を知っている。

知っているが為に、それが効かないはずがないと思い込む。


さっきのは、相手が避けた、そうに違いない、でなければ自分達に打つ手は残っていない。

そんな不安を心の奥底にしまい込むと、後方で準備をしていた銃士隊に指示を出す。


既に彼らの準備は終わっていた。

後は目標に向けて放つだけ。


銃士隊との距離は五十メートルも無い。

必中の距離だ。

銃を構えた彼は、照準を合わせる。


拳一つで十人以上の騎士達を戦闘不能に追いやった敵が眼の前にいる。

引き金に指を当てる。


その瞬間、確かに見た。

銃口を見ながら『不敵な笑み』を浮かべるその顔を。


背筋に冷たいモノが流れる。

本能的に『コイツはヤバイ』と感じた彼は、躊躇無く引き金を引く。


『ズドン』と言う音と共に、弾丸がはじき出される。

この距離だ、瞬き一つで標的に当たる。


だが、彼は見た。

眼の前の女性の右手が、高速で飛来した弾丸を掴む所を。


人差し指と親指で掴んだ弾丸は、ギュルルっと音を立てたかと思うと、そのまま勢いを無くす。


「はん、こんなもの、か」


軽く鼻で笑われた聖騎士達だったが、最早彼らの心はへし折られていた。

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