229話
その時参加した騎士達は全員、一生この光景を忘れる事は無いだろう。
突き出した槍に生じた感覚は、肉に刺さる感覚では無い。
彼らも軍人、戦争で人を手に掛けた事は何度かある。
年若い者達も、一度は経験していた。
なのに、今の彼らが感じた感覚は、まるで硬い壁にでも槍先を突き付けた感覚だった。
石壁であったとしても、槍の穂先は鉄製だ。
多少は削るような手応えがあっても良いはずた。
なのに、その時は違う。
硬く、それでいて柔らかい不思議な物に当り、槍が進まなくなった。
いつもの感覚で言うならば、肉を刳る独特の感じになるハズだった。
「ほう、なるほど、貴様ら、殺し合い、所望か」
さっきまでは、神聖王国の言葉に何やら別の言語が混じってしまい、聞き取り難かった言葉だが、今、眼の前で喋って事は分かった。
ゆっくりと、明確に『殺し合い』と言った。
副長ウィリアムの頬に、嫌な汗が流れ落ちる。
槍が通らない化け物が眼前に立っており、更に殺し合いと言う単語を使う。
「待ってくれ、我々に争う気は」
「馬鹿、貴様?槍向けて、争う気無い?はっはっは〜」
盾を構えた騎士達の眼の前で、腕を組むとカラカラと笑い…
「殺すぞ、人間」
ドスの効いた声でそう答える。
それと同時に、凄まじい殺意を向けられる。
死戦を潜り抜けて来た聖騎士達が、先程以上の殺意に腰を抜かす。
最早、立っているだけで精一杯の状態だ。
「待て、待ってくれ。誤解なんだ!!」
ウィリアムの言葉に一切の反応も示さず、眼の前の女性は腰を落とす。
自然体からの中腰、更に右足を後ろに引くと、腰の捻りに合わせるように右手を腰横に添える。
左手を前に付き出すと、僅かな隙間を空けて構える。
ギチギチと、筋肉が絞られるような音が聞こえ、周囲に張り詰めた緊張が走る。
と、同時に騎士達が動く。
女性の正面に一枚の盾を配置し、上と左右、更に斜め上から斜め下方向へと、互いの盾を重ねる。
女性の正面には、計六枚の盾が重ねられており、それこそ破城槌でも耐えられる程の強度はあるはずだった。
前方に配備されている二十人の騎士達は、六人の盾の後ろに数人の騎士達が、衝撃を押さえる為に体を合わせる。
アメフトのスクラムのような感じだろう。
この世界にアメフトは無いが…。
互いが互いの体を支え、衝撃を吸収しようと構える。
その間に、左右に別れたそれぞれ十名の騎士達が、女性を包囲する為距離を詰める。
『彼女の一撃を抑えると同時に、左右から体の自由を失わせる。後は話し合いの席を設けて…』
副長のウィリアムは、この後の事を考えていた。
例え相手が武器の効かない者であったとしても、体の自由を奪ってしまえば…そう考えての言葉だ。
眼の前の彼女、有角族のエルザが聞けば、鼻で笑う事だろう。
彼らウィリアム達は、自分達の常識で物事を測ってしまった…それが敗因だった。




