227話
馬防柵の外側に、赤い旗が立てられている。
高さ二メートル程度のそれは、神聖王国側の陣地を囲むようにたてられていた。
その旗の立つ位置こそ、彼らの持つ銃の射程だ。
正確に言えば、命中率が高くなる位置となる。
彼らの持つ銃は、遠くなればなる程命中率が下がってしまう。
これは、その武器の性質上仕方がない事だ。
前方からの弾込め式、所謂『火縄銃』であり、弾丸は球体に近い形となっている。
この世界では認識されていないが、空気抵抗により、どうしても真っ直ぐ進み難くなっている。
その当り難い欠点を、本来であれば銃の数を多くして、面制圧する事出補う所だが、この異世界では個人の技量に任せていた。
今、構えている兵士にとって、旗の立つ位置こそ、百発百中だと言える距離にほかならない。
そんな彼が木製の銃床を肩に当てて銃口を目標に向ける。
軽く息を吸い止める。
「放て!!」
指揮を取る副長の命令に、指を掛けていた引き金を引く。
腹に響くような『ドン』と言う音と共に、銃口が上へと跳ね上がる。
周囲に居た兵の内、聖騎士団は聞き慣れている為、正面に盾を向けたまま微動だにしない。
しかし、滅多に戦場に出ない神殿騎士団はと言うと、凄まじい音に驚き、人によってはその場にしゃがみ込む者まで出て来ている。
そんな姿を笑う者は居ない。
平気な顔をする聖騎士団も、初めての時は同じような状態に陥ったからだ。
放たれた弾丸が、土煙の中を吸い込まれると、ドドドと響いていた振動が止む。
どうやら、敵に当たったようだと確信した彼らは、直に槍を構える。
後方に位置する者達は弓を構え、中央に居た銃士は、サポート役の兵士に弾込めを命じる。
あれだけの土煙だ、それなりの数の騎馬か何かに違いない、そう思っていた。
だが…
「あたた、痛え、ちくしょう!!」
土煙の中から出て来たのは、額を押さえた大柄な女性一人だった。
「人?!」
突然の事に、思わず指示が止まってしまう。
本来であれば、銃の一撃で先頭の者を倒し、動揺しているであろう陣形に騎士の突撃が待っているはずだった。
「てめぇら、覚悟、出来てる、だろうなぁー」
片言の神聖王国言葉に、ウィリアムの動きが止まる。
相手をよく見るが、見た事の無い装備をした兵士だと言う事しか分からない。
両手両足に付けた禍々しい赤色の武具に、頭の左右に伸びる角。
コウモリの翼こそ無いが、経典にあった悪魔のような姿に動きが止まる。
神殿騎士団に至っては、『悪魔だ!!』との言葉が広がって行く。
確かに、教会の教えに登場する悪魔は、こんな感じなのかもしれない。
ただし、教義の悪魔と違うのは、その目が理性的であると言う事だろう。
ギラギラと闘争心を表しているが、その奥底にあるのは知性ある者の目だ。
副長ウィリアムはこの時点で、いきなり登場した彼女に釘付けになってしまっていた。




