219話
そんなジーンへと目線が向けられている間に、丁度反対側、女性の右側面へと回り込んだデルが、痺れ薬の塗ってあるナイフを六本投げる。
狙いは武器を持つ右手。
少し傷を付けるだけで、瞬時に相手を無力化出来る。
不幸にも争いになってしまったが、ジーンとしては、何とか穏便に戦闘行為を終わらせたかった。
武器を向けておきながら『穏便』も何も無いのだが………。
完全な死角からの投擲。
感知したとしても、六本もあれば、一つくらいの傷は付けられる…バズだった。
六本中四本は、銀色の小手に当たり軽い音を立てた弾かれる。
残り二本も、衣類部分に当たるも突き刺さる事無く滑り落ちる。
「なんだと?!」
骸骨のような顔を引きつらせ、目を大きく見開いたまま、驚愕の表情を見せるデル。
小手に当たった分は仕方がないとしても、まさか衣類すら貫通しないとは思ってもみなかった。
その驚愕から立ち直る前に、目の前の女性が動く。
「今の攻撃、良い、少し、チクッ、した」
そう言うと、クルリと手首を返してハルバードの石突部分をデルに向ける、そのまま胸の辺りを軽く突く。
ゴリッと言う音と共に、デルの体が後ろへと吹き飛ばされる。
「デル!!」
我に返ったジーンが、飛ばされたデルへと声をかけるが、何の反応も無い。
胸の辺りを見ると、貫通はしていないが、無惨にも革鎧が凹んでいる。
彼らの使っている革鎧は、表面こそ動物の革を貼っているが、内側には薄い鉄板を入れている。
弓矢程度であれば、貫通させる事すら出来ない代物だった。
なのに、その革鎧が完全に凹んでいる。
その事実にジーンは驚いていた。
最初にやられたロガとエイブムも、構えていた武器は粉砕され、着込んでいた革鎧も変形している。
巨大なハルバードをたった二振りしただけでこの有様だ。
力の差があり過ぎる。
仲間の一人アイルを報告へと帰した為全滅では無いが、それでもこの被害はデカい。
手練の斥候が三人も行動不能、なのに相手はかすり傷一つ無いと来た。
『ぐっ』と噛み締めると、足に力を入れる。
仲間を見捨てる気は無かったが、このままでは自分の身きも危険が………
「考え事、ダメです。注意力、散漫なる」
目線を切った覚えは無い。
それなのに、気が付くと女性がコチラにハルバードを向けていた。
『力量が違い過ぎる!!ダメだ、逃げないと』
後方へと飛び去ろうとしたが、それよりも早くハルバードが回転し、石突部分が胸に触れる。
「今度は、手加減できる」
そうポツリと一言発すると、ハルバードを持つ手がぼやける。
背中まで突き抜けるような衝撃を受けると、ジーンの体が宙を舞う。
叫び声すら出る間も無く、地面に叩きつけられ意識を失う。
ジーンの着ていた革鎧には、親指程の小さな穴が空いていた。
「む〜、これだけ手加減してもダメですか」
ジーン達にとって謎の女性であるリリーナは、帝国語を止めて自分達の言葉で呟く。
その台詞は、何処となく不満げであった。




