113話
距離に対する計算が合っていたとしても、肝心な物が足りない。
奇しくも北の帝国と同じく、水と食料だ。
そして、帝国側と同じように、ここで進むか下がるかで迷っていたのだった。
下がるのであれば、食料も水も十分にある為、余裕を持って帰れるだろう。
しかし、進むとなれば、当然何処かで補充しなければならない。
「ダモン船長、進まねえんですかい?」
船員の一人がオドオドしながらも聞いて来る。
他の船員達も、作業の手を止めてダモンの方を見ている。
彼らにしても、自分達で発見した島に早く上陸したいと思っているのだ。
この時点で彼らの中では、目の前に広がる巨大な島は、自分達の物となっていた。
そうした気持ちの中、なかなか動こうとしないダモンに、多少の不満を持っていた。
その気持ちが顔に出ているのだが、本人には分かっていないらしい。
そんな船員達を横目にジッと前方の島を見るダモン。
島と言うには大きく、視界に入り切らない程だ。
「ノエ、あの島の位置は記録したか?」
「はいダモン船長、大凡の位置になりますが記録しました」
「ふむ、外観も記録したか?」
「はい、スケッチ済みです」
ダモンの言う記録とは、地図上での島の緯度·経度、そして現在見えている光景を『絵』で残していた。
この世界にカメラのような記録母体は無い為、絵心のある者がこうしてスケッチして記録としている。
「よし、では船首反転、港に戻るぞ」
「ちょ、ちょっと待って下せぇ船長、戻るんですかい?」
ダモンの命令に反論する船員達、だが
「我々の目的は何だ?言ってみろ」
「へい、北の方に落ちたって噂のもんを見つけることでさあ」
船員の中でも、一番不満顔をしていた男が、口元を歪ませながらも答えてくる。
その姿を見ているだけでも、進みたいのだろうコイツらは…だが
「舵百八十、港町に戻るぞ」
「船長?!」
不満顔の男を筆頭に、五人の船員が声を荒げる…が
「バレシオス閣下に殺されたいのか?」
その一言でピタリと止まる。
キケロ都市国家同盟でも随一の実力者であり、この高速船の持ち主でもあり、彼ら船員の雇い主でもある。
だが、彼らは知っている。
バレシオスと言う男の恐ろしさを…冷静な振りをした恐怖の象徴を。
「勝手に『あの島を占領』しようものなら…分かるな?」
淡々と言うそのセリフだけで、船員達も首を縦に振る。
『あのバレシオス』の命令に背くなんて事は出来ない…と。
「では帰還する。そんな不満そうな顔をするな。この発見を伝えれば相当の金が出るハズだからな」
ダモンのその言葉に、青い顔をしていた船員達も上機嫌になる。
バレシオスと言う男は、自分の命に背く者を許しはしないが、結果を残した者には手厚く優遇する。
「その大金で、好きなだけ飲み食い女、好き放題だ!!」
「「「おおー!!」」」
ダモンの発破に大声で答える船員達。
「ふん、単純な奴らめ」
小声で囁いたダモンの台詞は、唯一近くにいたノエのみ聞こえていたのだった。




