109話
そのような噂話だけであれば放置する所だったが、五日前、砦の見張りからも「何かが落下した」との報告が上がっていた。
副長も交えた幹部による会議をおこなったが、結局はよく分からなんとの結論にいたった。
その翌日、この南西の砦近くの漁民達から更なる嘆願が届いた。
なんでも、沖合へと漁に出ていた中型船が『信じられない程の巨大な島の落下を見た』と言うのだった。
早朝に入港した漁師達に話を聞くと、要領の得ない話の中、とてつもなく大きな島だったと言う事だけしか分からなかった。
そこで、この帝国最新式の船を出し、沖合へと探索に出て来ていたのだが、まさか本当に島があるとは思ってもみなかった。
帝国で作成された海図では、当然ながらこんな所に島があるハズもない。
帝国は過去、南方へと攻め込む際、海陸両方の作戦を実施、その時に詳細な海図まで作成したのだから、信頼性は高い。
そんな海図を見ながら、アガーフォンは考える。
緊急出港から既に四日、積んできた食料は十日、砦に余裕を持って帰還するなら今日から明日までとなる。
だが、沖合にうっすらと見えるし島を確認するとなれば、一体どれだけの時がかかるのか…と。
「若君、そろそろ転進なさいますか?」
考え込んでいる横から、副長のボリスがそう進言してきた。
この快速船は、積載量を犠牲にしている為、どうしても長距離運航に難がある。
そして現在、食料の危機にもある。
最悪、食べ物は数日程度無くても何とかなるが、水が心許ない。
搭載してきた水、食料は十日分、既に四日目の今日を入れれば残りは六日分。
『もし、あの南に見える島へと向かうにしても、行ける距離は一日分。あの島に食料…いや、最低でも飲める水が無ければ我々は…』
「進まれますか?」
現在の状況から、あの薄っすらと見える島へ向かうかどうかで悩むアガーフォンにボリスが再度聞いてくる。
そのボリスに視線を向ければ、感情の籠もって無い目がこっちを見ていた。
この目をアガーフォンは知っている。
彼ボリスが、幼い頃のアガーフォンの教育係として仕えていた時、重要な選択をさせる時の目だった。
つまり、今の状況はそれ程重要な事だと言う事になる…ならばどうするか…。
目を瞑り、じっくりと時間を掛けて考え込むと、アガーフォンは命令を出す。
「副長、現在位置を正確に記録後、砦へと帰還する。急げ」
「はっ。進路変更面舵一杯、砦へと帰還するぞ」
「おう!!」
満足顔のボリスの命令に、船員達が返事を返す。
船が傾き舳先が方向を変える中、ボリスが心の中で呟く。
『ふむ、ここで無理をせず情報を持ち帰る事を選択されたか。成長されましたな若君』
水と食料の余裕が無い中、もし進むと選択していれば無理にでも止めようと考えていたボリスだったが、堅実な行動をした元教え子アガーフォンに、心の中で称賛を送っていた。
後日、砦に帰還したアガーフォンは、直様皇帝陛下に直訴し、大型船による長期調査許可を求める事となった。




