魔王討伐のため勇者と旅立った召喚士の幼馴染が、何故か私を再々召喚して来ます
魔王が出現したと、私が聞いたのは約三年前。
この村まで噂が来るには3ヶ月程の時差があるため、おそらく三年以上前には魔王が現れていたのだろう。
当時は震え上がったものだが、田舎中の田舎である私の村には全く被害はきていない。
この村の人口は少なく、産業となる目立った作物もない。
村民の多くは家畜を飼い、ほぼ自給自足の生活だ。
魔王もこんな辺境の地に用事はないのだろう。
私も例にもれることなく家畜を飼い、自分1人が食べていけるほどの作物を育て、余裕があればそれらを売ってお金に変えていた。
私の両親は昨年病で亡くなり、現在気ままな一人暮らしだ。
お金があれば両親のために薬を買えたし、もっとお金があれば凄腕の治癒師に診てもらうことも出来たが・・・。
私に治癒師の力があればと、何度神に願ったか分からない。
今では十分理解できている。
この世に神などいなかったのだと・・・。
「ユーリ!」
名を呼ばれ作物の水やりの手を止め顔を上げると、想像通りの人物がこちらに手を振っていた。
「アレックス、おはよう」
アレックス・アコート、この村で唯一の私の幼馴染だ。
癖っ毛の黒い髪と青い瞳、そして垂れ目が特徴であり、本人曰く右目の下のほくろがチャームポイントらしい。
アレックスは私の三つ年上だが、村に若い人間は少なく同年代の人間は少ない。
そのため男女でありながらも私たちは親友だった。
村の人たちは私たちを結婚させようとしていたが、アレックスは私に恋愛感情など持っていない。
生まれてからずっと一緒だったのだ。
向けられる視線に恋愛感情がないことくらい、手に取るように分かっていた。
それでも一緒に村で暮らしていければ十分だった。
恋人や夫婦になれなくても。
私がアレックスに一番近い存在であれば、それで満足だったのけれど・・・。
「ユーリ、おはよう! 会いたかった!」
「毎日会ってるでしょ。久しぶりみたいに言わないで。もう準備はできたの?」
「ばっちり!」
ニカっと笑うアレックスに少し心が痛んだ。
その晴れやかな表情は、これから旅立つ未知な冒険への期待と希望に溢れていたから。
私との別れを目の前にして、その曇りのない表情を見ると、アレックスの笑顔がより残酷に見える。
「・・・勇者様に迷惑かけちゃダメだよ」
「分かってるよ、ユーリは心配性だなー」
「アレックスは、ちょっと世間とズレてることあるから」
「そんなことない。俺は自分に素直に動いてるだけ」
「それを今後は自制しなさいってことよ。都会では空気もきちんと読んで動くのよ」
「うーん・・・、分かった」
本当に分かっているのか疑問だが、勇者様が一緒なら適当に矯正してくれるだろう。
村で自由に生活してきたアレックスには、都会の礼儀作法やルールなど、最初は厳しいかもしれない。
けれど、何事も私より器用にこなすアレックスのことだ。
意外にすぐに順応してしまうに違いない。
「ほら、もう時間でしょ」
「もうそんな時間か。じゃあ、ユーリも畑仕事頑張って」
きっとこれが今生の別れになるだろう。
アレックスは勇者一行として過酷な旅に出る。
無事魔王を倒しても、きっとこの村には戻って来ないはずだ。
過去の勇者様とその一行様はそれぞれ王族や貴族と縁を結んでいる。
誰一人例に漏れることなく・・・。
アレックスもきっと都会の華やかさに驚き、同時に見たこともない世界に瞳を輝かせるはずだ。
そのまま綺麗な女性を見つけて、結婚し家庭を築いていく。
顔も服も土に塗れた田舎くさい幼馴染のことなどすぐ忘れてしまうだろう。
胸の痛みに蓋をして、しっかりとアレックスの顔を目に焼き付ける。
「・・・行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
手を振り踵を返して走っていくアレックスの後ろ姿を、見えなくなるまで見送った。
ようやく姿が見えなくなると、我慢の限界がきて思いっきり泣いてしまったが。
アレックスの門出に涙を我慢できた自分を今日は褒めてあげよう。
今日一日だけだ。
今日一日だけ思いっきり泣いて、明日からまた頑張って生きていこう。
◇
ボフン
「ユーリ! 会いたかった!」
「・・・は?」
目の前には今朝別れたはずのアレックス。
地面に座り込んでいる私に、アレックスは手を差し伸べて立たせてくれた。
状況が分からず、アレックスの顔をまじまじと見るが、偽物ではなさそうだし、手の感触からも夢ではなさそうだ。
周囲を見ると火を囲って座っている勇者様と魔導士様が見え、勇者様はこちらに手を振って笑っていた。
確か私は自宅で夕食を食べていたはずだが・・・。
なぜ、いきなり見慣れない森にいるのだろう。
「ア、アレックス?」
「そうだよ、ユーリ。今日の夕食は何食べた?」
「・・・カボチャのキッシュ」
「わぁ美味しそう。いいなぁ、もっと早く呼んで俺のも作って貰えば良かった」
「・・・いや、ここでは無理でしょう、って、え、なんで私、ここにいるの?」
いつもの調子で会話を振ってくるアレックスに訳も分からず聞くと、アレックスは首を傾げた。
「俺が呼んだんだよ。ほら、俺召喚師でしょ」
「いや、“そうだったね”ってならないから。・・・私、もうアレックスと会うことないと思ってたのに・・・」
「そんな訳ないだろー。俺って、ほら。ユーリに会わないと死んじゃう病気じゃん?」
「そんな訳ないでしょー」
アレックスが勇者一行に導かれた適性は召喚師。
精霊や神獣を呼ぶことができる、とても希少な能力だ。
まだ私たちが小さい頃から、既にその力の片鱗を私は見ていた。
森に入って遊んでいると、突然「最近友達になったんだ!」と綺麗な獣を紹介されたり、「この前守ってくれたんだ!」と森の精霊を紹介されり。
幼いながらにアレックスは特別な力があるのだと分かっていた。
だから勇者様が魔王討伐の仲間を探していると聞いた時は、勇者様がアレックスを迎えに来て連れて行ってしまうのだろうと薄々分かっていた。
だってアレックスはすごい人だから。
それなのに。
なぜ、また目の前にアレックスが・・・?
「アレックス、なんで、私を・・・?」
「あ、時間だ。短いな、クソ。今の俺じゃこれが限界か」
「ア、アレックス・・・?」
「ユーリ、また明日!」
ボフン
気づけば私は食卓に座り、目の前には食べかけのカボチャのキッシュが・・・。
い、今のは一体何だったんだ?
召喚師としての練習をしていたのか?
いや、それならば神獣や精霊を呼ばなければ練習にならないだろう。
それとも、あれか?
練習ごときで神聖な神獣や精霊を呼ぶなど失礼だから、とか?
「そうだ! 幼馴染だったら練習に丁度いいじゃないか! 」って言う事?
「・・・・・・」
訳も分からず混乱した頭に残っているのは、再びアレックスに会うことができた喜びだけだった。
アレックスは『また明日』と言っていた。
今後もアレックスは私を呼んでくれるのだろうか。
「・・・はぁ。・・・本当に残酷な人ね」
このどうしようもない不毛な恋心を諦めさせてくれないなんて。
窓から見える夜空を見上げ、また一つため息がでた。
◇
ボフン
「ユーリ!」
翌日の夜も自宅で夕食を摂っていると、突如白い煙と共に屋外の森に移動していた。
そして、目の前には満面の笑顔のアレックスが・・・。
「アレックス・・・」
今日も怪我一つなく、元気そうで良かった。
・・・そして、先に夕食を摂っていて良かった。
入浴を済まそうか、夕食を取ろうか迷っていたが、先に入浴をしていたら裸でこの場にいたかもしれない。
「ユーリ、会いたかった!」
「昨日の夜会ったでしょう」
「昨日なんてほんの少しの時間しか会えなかっただろう。今日はどんな一日だった?」
村で会っているかのように普通に会話を進めるアレックス。
私を焚き火の前の椅子に誘導してくれた。
その焚き火の近くには勇者様と魔導士様が既に座っていた。
「あ、こ、こんばんは」
「こんばんは、ユーリ」
勇者様が笑顔で挨拶を、魔導士様はペコリと一つお辞儀を、それぞれ返してくれた。
「レオン、気安くユーリに話しかけないで。俺の大切な幼馴染だぞ」
「はい、はい。」
「ちょっと、アレックス。勇者様に失礼はダメでしょう」
「分かった!」
いつも返事だけは良いアレックス。
本当に分かったのか疑問だが、力一杯返事を返されてはもう何も言えない。
けれど、そんな所もアレックスらしくてホッとしてしまう。
「アレックス・・・、なんで私を呼んだの? 召喚の練習?」
「そんな訳ないだろう!」
「?」
では何故私をわざわざ呼ぶのだろうか。
私は会えて嬉しいが、練習でなければアレックスが私を呼ぶメリットがない。
もしかして、勇者様や魔導士様と仲良くできていないのだろうか。
村から出たこともないアレックスには初対面の人間と長旅をするのがストレスなのかもしれない。
寂しくて私を・・・?
「寂しいから! ユーリと会えないのは寂しすぎる!」
「ふふっ、そっか」
やっぱり寂しいから私を呼んだのか。
私からしたら、アレックスが寂しがり屋で、さらに幼馴染が私だけで本当に良かったと思う。
こうして、寂しさを埋める時に私が選択肢に上がってくるのだから。
「ユーリは俺がいなくて寂しくないのか?」
「何言ってるのよ、寂しいに決まってるでしょう」
「良かった!」
村では毎日朝・昼・夕と時間を問わず自由に会えていたから、今日だっていつもの生活のはずがとても静かで気落ちしていたところだ。
「あ、もう時間だ。昨日よりは長いけど、まだまだだな・・・」
「あ、私戻るのね」
「もっと俺も頑張るから!」
「ふふっ、無理せずに怪我だけはしないようにね、アレックス」
ボフン
目の前には昨日と同じ食べかけの夕食。
今日もアレックスに会うことができ、それによって心が満たされる。
これから先の事など分からないが、現状をゆっくり呑み込もう。
アレックスに私が必要ではなくなるまで。
ふわふわした気持ちのまま夕食の残りを口に運んだ。
◇
それから私は毎日のようにアレックスに召喚された。
最初こそ再々アレックスが私を呼ぶことで、勇者様方の迷惑になるのでは・・・と思っていたが、勇者様方はそんな私を快く受け入れてくれた。
勇者様であるレオン様、魔導士様であるホセ様、後に仲間に加わった治癒師様のソフィア様とも親しく話すことが多くなっていった。
ボフン
「ユーリ! 会いたかったよ!」
「昨日会ったばかりでしょ」
何度目か分からないいつものやりとりを今晩も行う。
見る機会は減ったが、いつもと変わらないアレックスの笑顔にホッとする。
そして今日も怪我なく無事であったことに胸を撫で下ろした。
「やぁ、ユーリ。こんばんは」
レオン様の挨拶にお辞儀をして「こんばんは」と返す。
ホセ様はいつもの様にペコリとお辞儀を返してくれて、ソフィア様は手をふって笑顔を向けてくれた。
そう言えば今日は野外でなく、室内であることに遅れて気がついた。
レオン様とホセ様は大きめのソファーに腰掛け、ソフィア様は一人がけのソファーに座っている。
「ユーリもこちらに来て、私たちとお話ししませんこと?」
「ダメ。ユーリは俺と話すから。俺の力で呼んだんだから、横取りしないで」
ソフィア様のお誘いをアレックスが断る。
「呆れるわ。そんな男嫌われるわよ」
「そんな訳ない。ユーリは俺のことずっと好きでいてくれるから」
「だといいですけどねー」
「ソフィアは黙ってろ」
気さくに話すアレックスとソフィア様に、私にはない別の絆を感じる。
危険な冒険だ。
背中を預けて戦っているのだから、全幅の信頼性を寄せているのは当たり前だろう。
ソフィア様が勇者様一行に加わってから、慣れた光景ではあるのだが、フランクに会話するアレックスとソフィア様に胸がモヤモヤとする。
・・・私なんかが嫉妬するのはお門違いだと分かっているのに。
「大体、なんであんたらも俺の部屋にいるんだよ。自分の部屋に帰れ」
「ユーリのためだよ」
「そうよ。今日は宿に泊まると決めてから、ずっとソワソワしていたもの」
「しばらくは、我々も部屋に留まろうとレオンと話していた」
「はぁぁぁ!!?」
ぎゃいぎゃい賑やかに話す四人が微笑ましくも少しだけ感じる疎外感。
私だけのアレックスが私だけのものじゃなくなった様な・・・。
なんて、アレックスは誰のものでもないのに、烏滸がましいにも程がある。
「ユーリは俺のこと好きでしょ?」
「うん、好きだよ」
「ほらな!!」とさらにレオン様方と賑やかに会話をするアレックス。
同性の友人と楽しく会話する様子は、年相応の青年に見えて一つの青春を見ているかのようだ。
私にも特別な力があれば、アレックスに付いて行って一緒に戦えるのに・・・。
なんて有りもしない想像をしては、邪念を必死に追い出す。
「アレックス、今日はなんで宿屋に泊まったの?」
窓の外は結構賑やかだ。
おそらく、都会の町の宿屋なのだろう。
「明日から魔王のテリトリーに向かう。だからユーリとはしばらく会えないと思う」
「・・・・・・え」
「さすがに魔王のテリトリー内にユーリを呼ぶのは危ないから。ユーリを危険な目に合わせたくないんだ」
「そ、そうなんだ」
明日からは正真正銘アレックスとは会えなくなるのか・・・。
それに、魔王のテリトリー内に入ると言うことは、本格的に魔王討伐に動くと言うこと。
これまでの旅とは比べ物にならない程、危険な旅になるんだろう。
「アレックス・・・」
「大丈夫だよ。必ず戻るから」
思わず情けない声でアレックスを呼んでしまったが、そんな私に呆れるでもなく、アレックスは優しく笑って答えてくれた。
それから私を安心させるように、アレックスは明るく笑いながら旅の話をしてくれた。
再々アレックスの元に呼ばれていたのだが、アレックスが旅の話をすることは一度もなかった。
過酷な旅だから、きっと私に気を遣って話題にはしなかったのだろう。
でも今日は初めて、今までの旅の様子をたくさん語ってくれた。
初めて見た動物。
初めて訪れた町。
初めて敵と戦った時のこと。
アレックスはたくさん話してくれた後に
「・・・だから、安心して。俺は強いから」
と付け足した。
『だから』の意味は分からないが、アレックスが大丈夫と言っているのだから、私はそれを信じよう。
「・・・もうそろそろ時間だ」
アレックスといるといつも時間を忘れてしまう。
あっと言う間に数刻程の時間が過ぎ、不安と寂しさが胸を占める。
「必ず無事に帰ってきて。頑張って、アレックス」
アレックスの手を取り力を込める。
なんの力も持たない私が加護なんて与えられないけれど、祈るのは自由だ。
貴方が無事に戻って来てくれたら他には何も望まない。
戻る場所が私の元でなくても良いの。
貴方が生きてさえいてくれたら。
私はそれだけで嬉しい。
すると、ふわっと抱きしめられた。
「ア、アレックス・・・」
「必ず・・・」
ボフン
アレックスの言葉の途中で自宅に戻ってしまった。
何か言いかけていたけれど、言葉の続きは分からない。
身体に残るアレックスの温かさと抱き締められた時の感触。
初めて抱き締められたというのに、嬉しさよりも不安が胸に残る。
毎日祈ろう。
アレックスや勇者様たちが無事に戻って来ることを・・・。
信じることを辞めた神様にもう縋った。
◇
最後にアレックスに会ってから、半年が過ぎた。
私は変わらない生活をしている。
毎日畑仕事をして家畜の世話をする。
唯一違うことは夜にアレックスや勇者様達の無事を祈ること。
何も持たない私には、祈ることだけがアレックスのために出来ることだったから。
ある日の朝、いつもの様に作物に水やりをしていると、何かと私を気にかけてくれているエマさんがやって来た。
エマさんは村長さんの親戚筋にあたる五十代の女性だ。
両親を亡くしてから、意気消沈している私のかわりに葬儀や手続き関係を引き受けてくれた恩人だ。
もう一人の母親の様に思っている。
「ユーリ! ちょっと大変だよ!」
「何かあったんですか?」
急ぎ足で私の元まで来るエマさんに作業の手を止める。
息を切らして複雑な表情をしているエマさんに、胸がざわついた。
「あんた、聞いたかい!? アレックスのこと!」
「アレックス!? アレックスがどうしたの・・・、もしかして怪我したの!?」
「違う違う! 魔王討伐任務が終了して!」
「えっ!?」
アレックスの怪我の知らせでなくて一先ず安心したが。
噂がこの村に届くには時差があるため、三ヶ月前には魔王討伐任務は終了している事になる。
なら、アレックスは今どうしているのだろう。
怪我をしている訳ではないのなら、今は何をして・・・。
「アレックスが婚約したんですって!」
「・・・・・・え」
婚約?
アレックスが、結婚するの・・・?
それは・・・
「誰と・・・」
「一緒に旅をしていた治癒師様らしいわ! あんたを裏切るなんて許せない!!」
「・・・治癒師様」
それはソフィア様のことだろうか。
アレックスはソフィア様と結婚するの・・・?
「あいつ、絶対許さない! ユーリがいながら!!」
「・・・あ、私たち別に・・・付き合ってた訳じゃ、ないですし・・・」
そう言いながらもこれほどまでにショックを受けている自分に驚く。
その後のことを私はあまり覚えていない。
気がついたら自宅に戻り、ベッドに腰掛けていた。
魔王討伐任務が終了してから、アレックスから知らせが届いたり、召喚されて呼ばれることもなかった。
これは本格的に、用済みなのだろう。
「・・・当たり前、かな」
アレックスはとても素敵な男性だし女性なら皆が好きになってしまうと思う。
ソフィア様だって黄金色の長い髪に翡翠の瞳、整った顔立ちで、女性の私から見ても綺麗で憧れる存在だ。
田舎者の私にも気さくに話しかけてくれて、まるで友人かのように笑いかけてくれていた。
そんな見た目も性格も良いソフィア様が側にいたならば、好きになって当たり前だし、逆に惹かれない理由がない。
「分かっていたじゃない」
アレックスが私を女性として見ていなかったことくらい。
お互いが向ける『好き』に、友情と恋愛という大きな違いがあったことくらい。
最終的にアレックスは遠い所で、私ではない誰かと結ばれる可能性が高かったのも覚悟していたのに。
・・・それでも。
もしかしたら、私を選んでくれるのではないかと、心の隅で期待していた自分もいたのだ。
幼馴染だから大切にしてくれただけなのに。
優しく笑いかけてくれるのは友情からくるものなのに。
それは全て私の願望なだけなのに、アレックスに抱き締められたあの日に希望を抱いてしまっていた。
浅はかだった自分が恥ずかしい。
「・・・大丈夫、大丈夫」
気づけばボロボロに泣きじゃくって、そのまま泣き疲れるように眠りについた。
『大丈夫ですよ。あの方はあなたをとても大切に想っていますから。だから泣かないで』
窓から入る太陽の光と鳥の声で目が覚めた。
ふらふらする体を無理に立たせる。
そう言えば昨日の朝から何も口にしていないことを思い出し、取り敢えず乾いた喉を水分で潤す。
食欲はないが、朝食の準備をした。
今日も仕事は山積みだ。
無理にでも栄養をとり力に変えなければ。
「なにか、夢を見た気がする・・・」
優しい声が聞こえて、私に何か話しかけてくれたような。
重い頭では思考も回らず、それ以上のことは思い出せなかった。
窓の外を見ると雲一つない快晴であり、今の私の心情とは正反対だ。
「アレックスが、元気なら・・・」
それで良いじゃないか。
魔王討伐に送り出したあの夜、アレックスが無事に戻るなら他に何も望まないと自分で神様に祈ったのに。
今回は神様が願いを聞き届けてくれたのに。
「私ったら、とことん欲張りね・・・」
ボフン
「ユーリ!!」
「・・・・・・え?」
白い煙と共に、聞き慣れた声。
消えていく煙の向こうには、この半年間ずっと思い描いていたアレックスがいた。
元気そうに笑う顔は半年ぶりなのに何も変わりない。
けれど、少し顔つきが大人に近づいた気がするのは多くの経験を積んできたからだろうか。
ただ一つ明らかに違う所と言ったら、白い服を身につけていて、それはまるで・・・。
「会いたかったよ!!」
「・・・アレックス」
「大変だったけど、俺も皆んなも無事だよ」
勇者様達も無事で良かった。
けれど、今頭を占めているのはアレックスの着ている衣服。
「・・・あの、・・・その、服」
「そう! 結婚式だよ!」
あぁ・・・。
アレックス、本当に貴方は残酷な人ね。
ソフィア様との結婚式に私を呼ぶなんて。
「泣くほど嬉しいなんて、俺も嬉しいな」
無意識に流れる涙に、言われて初めて気が付いた。
昨日あれほど泣いたのに、まだ涙は出るのかと驚く。
嬉しそうに笑うアレックスを見ると胸が抉られる程痛くて、辛かった。
そう思うと身体は勝手に動き出していた。
バタン!!
「ユーリ!?」
その場に留まることができず、思わず部屋から飛び出してしまっていた。
結婚式なんて、今の私にはとても参加できない。
まっすぐな廊下を全速力で駆け抜ける。
滲む視界に前など見えない。
危ないと思いながらも、ただひたすらこの場所から離れたかった。
「きゃ!?」
「っ!?」
案の定、角から出てきた人物にぶつかり尻餅をつく。
「すみません・・・」と下を向いたまま呟くと。
「あら、ユーリではないの、久しぶりね。この様な所でどうしたの? 貴女今日は忙しいのでしょう」
聞き覚えのある澄んだ声に恐る恐る見上げると想像通り、ソフィア様がいた。
「・・・あ、ソ、ソフィア様」
「・・・貴女、泣いているの?」
しまったと思い、咄嗟に目元を隠す。
ソフィア様にとっては喜ばしい日なのに、結婚相手の幼馴染がこの様な顔をしていては、優しいソフィア様は困ってしまう。
「だ、大丈夫です・・・。ソ、ソフィア様、本日は、お、おめでとうございます・・・」
あぁ、声が震えてしまった。
顔も上手く笑えないから、目を見て伝えられない。
こんな失礼な態度をとってしまうなんて、きっとソフィア様は呆れてしまったに違いない。
「ユーリ! どうして逃げるんだ!」
アレックスが私を追いかけてきた。
二人揃った姿なんて見られない!
急いで立ち上がって、逃げようとすると腕を掴まれる。
見ると、ソフィア様が私の腕をしっかり掴んでいた。
「ソ、ソフィア様、あの、すみません・・・、腕を」
「ここにいなさい、ユーリ」
強い声色と腕を掴む強い力で逃げる術を絶たれる。
「ユーリ! ・・・あれ、ソフィアもいたの」
「アレックス、あなたユーリにきちんと言ったのでしょうね」
分かってる。
アレックスとソフィア様が婚約し、今日がその結婚式なのだと。
アレックスは幼馴染の私を招待するため召喚したのだと。
わざわざ、もう一度突き付けなくても私は知っているから!
「私知ってます! 今日がアレックスとソフィア様の結婚式だってことくらい! でも、私!!」
「ほら、ユーリ知らないではないの」
「え?」
知らない、とはどう言うことだろう。
アレックスの結婚相手はソフィア様ではなく、別の方と言うことだろうか。
「アレックス、きちんと言わないといけませんよ」
ソフィア様はそう言うと私の腕を離し廊下を曲がって行ってしまった。
アレックスを見るとじっと私を見ている。
やや眉を釣り上げて。
「ユーリ、俺がソフィアと結婚すると思ったのか?」
「・・・え、村にそう噂がきたから。・・・別の人だったのね」
それならば、私の知らない人なのだろう。
アレックスの周囲にいる女性はソフィア様しか知らない。
魔王討伐任務が終了し、今日までの三ヶ月間で伴侶を見つけたのだろう。
「ユーリ、小さい頃の約束覚えている?」
「約束?」
アレックスとはたくさんの思い出があるため、どの約束を指しているのかが分からない。
私が考え込んでいると、アレックスはポツリと呟いた。
「小さい頃、森で精霊を紹介しただろう」
「・・・それは覚えてるわ。確か私がまだ四歳くらいの頃、綺麗な大木の精霊をアレックスに紹介された・・・」
けれどそれしか覚えていない。
他に何か重大なことを話しただろうか。
あの時の記憶はその綺麗な精霊が微笑んでくれたことだけだ。
何故森に行ったのか、どのような精霊だったのか、またその時アレックスと何を話したのか、幼い私は覚えきれていなかった。
「あの時、神樹の精霊であるアルボル様の前で俺たち誓ったじゃないか」
「・・・覚えてない」
そう言うとアレックスは衝撃を受けた様に驚くと、涙目で大きな声を出した。
「大きくなったらお嫁さんに来て!! って言ったんだ!」
「え!?」
全く記憶にない。
そんな嬉しい言葉を何故、私は忘れてしまったのだろう。
「ユーリは笑って“うん“って言ったんだ。アルボル様の前での誓いだ。違えることはできないよ。今更ユーリが嫌って言っても遅いから!」
アレックスは涙で滲んだ目を手で荒く擦り、綺麗な目元が少し赤くなった。
「俺、努力したんだ! ユーリと村でゆっくり過ごせたらそれで良いと思ってた。けど、ユーリの両親が亡くなって、お金も必要なんだと分かったから。だから、ユーリと離れるのが嫌で断っていた魔王討伐任務も受けたんだ」
「アレックス・・・」
「魔王討伐任務が無事終わったら、報奨金をたくさんもらえる。ユーリに不自由な思いも悲しい思いも、もうして欲しくなかったから。だから、ユーリと離れてまでレオンに付いて行ったんだ」
「アレックス」
「俺、もうユーリと結婚するつもりで・・・」
俯くアレックス。
「嬉しいわ」
「え」
「私、ずっとアレックスが好きだった。でもアレックスは私をただの幼馴染として、友達として好きなのだと思ってた」
「じゃ、じゃあ、俺と結婚してくれるのか?」
「もちろんよ! 私の方がアレックスのこと好きなんだから!」
するとアレックスはまた涙目になり、私を抱き締めてくれた。
二度目のそれは、一度目よりも力強く、そして何より私も抱き締め返すことができた。
「「すごく嬉しい!!」」
重なった言葉に、お互い涙目のまま笑い合った。
◇
「まとまって良かったね」
ソフィアに声をかけると、肩をビクッと動かした。
「あら、レオンもいたの」
「そりゃあ、廊下の真ん中で騒いでたら何事かと思って来るさ」
抱き合って笑うアレックスとユーリにやれやれと肩をすくめる。
めかし込んできたのに、危うく結婚式がなくなるところだったのだから。
「アレックスには本当呆れるわ。まさか結婚式のこと黙ってたなんて」
「あぁ、サプライズのつもりで当日まで黙ってるって前話してたから」
「あなた、知っていてなんで止めてあげないの。あの子、アレックスと私が結婚するものと勘違いして、目を腫らしてたのよ。どこでその様な噂を聞いたか知らないけれど」
咎めるようなソフィアの視線に苦笑いする。
噂に関しては耳に入ってはいた。
けれど他人に興味のないアレックスはその噂の火消しをしなかったのだ。
まさか、その噂があの辺境の村まで届くとは思わなかった。
それに僕は魔王討伐の後処理に追われて、今日まで多忙を極めていたし、そのサプライズの話はユーリを初めて召喚した後に一度聞いただけだ。
まさか本当に実行に移すとは思っていなかったし、明らかに両思いの二人だから特に問題もないと思っていたけれど。
「それより式の準備、ソフィアが手伝うんだろう?」
「えぇ、今から支度急がなければ間に合わないわ。本当に世話の焼ける人達ね」
そう言いながらも楽しそうに笑うソフィアは本当に面倒見の良い女性だと思う。
アレックスのこともユーリのことも、気に入っているから世話を焼くのかもしれないが。
「でも、これであなたに人気は集中するかもしれないわね」
あぁ、そうかと思い出す。
魔王討伐後、女性からの誘いがひっきりなしなのだ。
多忙を理由に断ってきたが、中には貴族や王族からも紹介がある。
今まではアレックスと二分していたためマシであったが、結婚してしまうアレックスの分まで縁談が回ってくるかもしれない。
「しばらくは、ホセと旅に出るさ。僕に結婚は向いていない」
「それは同意するわ」
本来は僕だけでなく、アレックスだって結婚に向いていない人種だと今でも思う。
ユーリの前では笑顔だが、長い旅の中僕たちですらアレックスの笑顔はあまり見ていない。
その分、文句や愚痴や憎まれ口を叩かれることはあるが、それもアレックスと親しくなったからだ。
巷では『冷徹の召喚士』なんて言われているくらい、表情筋が仕事をしていない。
その他人に興味のない性格に加え、黒い髪や整った顔立ちがさらに迫力を増し、冷酷さに拍車をかけていた気がする。
ユーリに対するその執着心も僕から見たら異常だ。
アレックスのたった一人に向けられる愛情はとても重く、向けられる相手は耐え切れないのではないかと思っていたが、ユーリの良くも悪くも鈍い人間性はアレックスに奇跡的に符合している。
「私も、この式が終わったら戻るわ」
ソフィアにも縁談が舞い込んでいるが、端から断りを入れていた。
今後は以前話していた孤児院へ戻るのだろう。
このアレックスとユーリの結婚式が、僕たち魔王討伐メンバーの最後の集結になるのかもしれない。
「また、いつか集まれたらいいな」
少し寂しい気持ちになり、希望的観測を述べてみると、ソフィアは意外そうに目を開きすぐにニヤッと笑った。
「何言っているの。次はアレックス達に子どもができたら、自然に私たち集まってくるでしょう」
なる程、と納得した。
同時に楽しみが一つ増えたことに嬉しく思いながら、結婚式の準備のためソフィアとともにアレックスたちの元に足を進めた。