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第百八十三話 マリー・エドワーズと真珠はアップルパイを楽しむ

マリーと真珠はナナに案内されて食堂に到着した。

港町アヴィラの領主ヴィクター・クラーツ・ アヴィラに初めて会った場所だ。

食堂の壁にはランプの明かりが灯っている。光魔法の『ライト』のランプのようだとマリーは思う。

食堂にはレーン卿と彼の母親がいた。領主とユリエルの姿はない。


「マリーちゃん。真珠ちゃん。夜遅いのにごめんなさいね。マリーちゃん。そのワンピースドレス、よく似合うわ」


「ありがとうございます。レイチェル様」


マリーはワンピースドレスの裾を持ち上げて一礼する。

『淑女の嗜み』スキルが仕事をしてくれると信じたい。


「マリーさん。真珠くんも一緒に座ってください。お茶にしましょう。アップルパイを用意しました。お好きですか?」


「好きですっ」


ナナに椅子を引いてもらって座りながら、マリーはレーン卿に力強く肯いて答える。

真珠はアップルパイがどんなものかわからなかったので首を傾げた。


「マリーさん。その本はどうしたのですか?」


レーン卿はマリーがテーブルの上に置いた本に目を留めて尋ねる。


「あ、えっと、さっき、レーン卿が子どもの頃に使っていた部屋の本棚にあった本を借りて読ませてもらっていて、それでまだ途中までしか読めていないから貸していただけないかと思って持ってきてしまいました」


「まあ。マリーちゃんは小さいのにもう文字が読めるの?」


「はいっ。ひらがなもカタカナも、難しくない漢字も読めますっ」


「すごいわ。マリーちゃん。マリーちゃんも家庭教師をつけてお勉強していたの?」


「母上。庶民の方が家庭教師をつけることは稀だと思いますよ。確か、教会で文字や簡単な計算を教えているのですよね?」


教会で文字や簡単な計算を教えているなんて、知らない……。

マリーの記憶を探っても、マリー自身が文字や計算の勉強をしているビジョンはない。

悠里が憑依する前のマリーは、お客さんとの会話や家族とのやり取りで簡単な数字は10まで理解していたようだが、文字はひらがなすら読めていたのかあやしい。


「私は自分で勉強したので教会には行ってなくて、よくわからないです……」


正確には勉強したのはマリーではなく悠里だが、それは言わないでおく。

レーン卿はマリーに本を貸し出す許可を出してくれた。マリーと真珠は大喜びでレーン卿にお礼を言い、マリーは本をアイテムボックスに収納した。

レイチェルはアイテムボックスのスキルに驚き、それを口にしようとするが息子に目顔で制止されて沈黙する。


マリーたちの前にアップルパイが乗った皿と銀色のフォーク、ソーサーに乗った紅茶のカップが置かれた。

マリーの前にはマリーの分と真珠の分のアップルパイの皿と、マリーの分の紅茶、真珠の分の平皿に入ったミルクが置かれている。

給仕は侍女長がしてくれた。


「グラディス。真珠くんに『クリーン』をかけてあげてください。真珠くんがテーブルの上で食事ができるように」


「フレデリック様。テイムモンスターの真珠をテーブルに上げるなど、マナー違反です」


「あら。フレデリックもわたくしも真珠ちゃんの顔を見ながらアップルパイを食べて紅茶を飲める方が嬉しいわ。席についている全員が真珠ちゃんがテーブルに乗ることに賛成であればマナー違反ではなくてよ」


侍女長の言葉にレイチェルが反論すると、侍女長は一礼して真珠に『クリーン』をかけた。

マリーは真珠をテーブルに乗せ、彼の前にアップルパイの皿とミルクが入った皿を並べる。


「では、いただきましょう。いただきます」


レイチェルが美しい声で言うと、着席している一同が追従する。

挨拶を終えて、マリーは銀色のフォークを手にした。

アップルパイにフォークを入れるとサクっとおいしそうな音がした。

真珠はアップルパイを色々な角度から眺めた後、匂いを嗅ぎ、舌先で舐めた。

それから顔を突っ込んでぱくりと一口食べる。


「真珠。おいしい?」


マリーはアップルパイをフォークで掬い上げながら、真珠に尋ねる。


「わうわおっ!!」


口の周りにパイのくずをつけながら、真珠は嬉しそうに尻尾を振った。


「真珠の口に合ってよかった」


そう言った後、マリーはフォークに乗せたアップルパイを口に運ぶ。

バターの香りが鼻に抜け、砂糖で似たりんごの甘さが舌に心地良い。

りんごはごろっと大きくて、嬉しい。


「マリーちゃんも真珠ちゃんもおいしそうに食べるのね。こちらまで嬉しくなるわ」


「そうですね」


マリーと真珠はレーン卿と彼の母親に温かく見守られながら、おいしいアップルパイを堪能した。



若葉月21日 真夜中(6時05分)=5月8日 15:05


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