ねえちゃ、かくれんぼ……しよ?
「ねえちゃ、ねえちゃ、ぼく、マシュボーロたべたい」
彰浩が美優紀にせがみます。美優紀はにたりと笑ってうなずきました。
「それじゃ、いつものように、お姉ちゃんといっしょにかくれんぼしよっか」
「うん、する! ねえちゃ、ありがと!」
にぱっと顔を輝かせる彰浩を見て、美優紀はほくそ笑みました。
「それじゃあお姉ちゃんが、マシュボーロを隠してくるから、アキはその間目をつぶっててね」
美優紀が彰浩の頭をよしよしとなでます。彰浩はコクコクッとして、それから目をぎゅっとつぶって手で隠しました。
「ふふふ、それじゃあ待っててね……」
にやっと笑うと、美優紀は彰浩の大好きなお菓子、マシュボーロを持って自分の部屋へ戻りました。そしてふくろを開けると、全部一気に口の中へ流しこんだのです。リスのようにほおいっぱいにマシュボーロをつめて、もぐもぐすると、美優紀はようやくそれを飲みこみました。
「ねえちゃ、もーいーかーい?」
「まららよ!」
急いで飲みこんだので、うまく答えられませんでしたが、彰浩が数を数える声がまた聞こえてきます。美優紀はふうっと息をもらして、マシュボーロのふくろを勉強机の引きだしに隠しました。
「もーいーかーい?」
「もういいよー!」
くくくと笑いながら、美優紀が彰浩の待っていたリビングに戻ってきました。
「それじゃあアキ、がんばって探してね。マシュボーロ君、どこに隠れたのかしらね」
「うん、さがすー!」
彰浩は元気よく手をあげて、それからドタドタと美優紀の部屋へ走っていきます。
――ふふん、バカね。マシュボーロはもう全部わたしが食べちゃったから、どれだけ探しても見つからないわよ。あとはいつものように、『マシュボーロ君隠れて逃げちゃったみたいね』っていっておけばいいわ。ママも、彰浩の子守りしてるわたしをほめてくれるし、一石二鳥ね――
部屋から取ってきたマンガ本を広げて、美優紀はいすに座って読み始めました。美優紀の机は、彰浩には高すぎて登れないでしょうし、引き出しにはカギがかけてあります。美優紀はお気に入りのマンガを読みながら、キャハハと高笑いするのでした。
――あれ、アキのやつ、ずいぶん遅いわね――
いつもは十分もすると、ぐったりして帰ってくるのですが、マンガを読み終わってもまだ帰ってきていません。ちらりと時計を見ると、すでに三十分以上経っています。
――あぁ、もしかして遊び疲れて寝ちゃったかな――
しょうがないなとつぶやいて、美優紀は自分の部屋へ戻りました。そして――
「えっ、きゃあっ! アキ? ちょ、しっかりして!」
部屋の真ん中には、真っ青な顔をした彰浩が倒れていたのです。ピクリとも動かない彰浩を、あわてて美優紀は抱え起こします。
「アキ、アキ! しっかりして、しっかりしてよ!」
冷たくなったからだを必死に揺り動かして、美優紀は半狂乱になってさけびました。
「アキーッ!」
彰浩の死因は、窒息死でした。大好きなマシュボーロのふくろをのどに詰まらせて亡くなっていたのです。泣きわめくパパとママの顔を、美優紀はまともに見ることができませんでした。
――わたしのせいだ。わたしが、アキを殺したんだ――
なぜカギがかかっていたはずの引き出しから、彰浩がマシュボーロのふくろを取り出したのか? それにどうしてふくろまで口に入れて、のどに詰まらせたのか? 美優紀にはわかりませんでしたし、今となってはどうでもいいことでした。……美優紀はその日から、お菓子はもちろん、食べ物もほとんどのどを通らなくなり、どんどんやせ細っていきました。
――アキは、わたしが殺したんだ――
引き出しに貯まっていたマシュボーロのふくろを、吐きそうになりながら処分して、美優紀はベッドの上で丸まっていました。今ではもう、お腹が空いているのかどうかすらわかりません。感覚がほとんどなくなっているのです。空っぽのからだには、ただただ後悔という名の黒い液体だけがめぐり、美優紀はまたしてもおえつをもらします。と、そのときです。勉強机のほうから、カサッとなにか物音がしたのです。
――なにかしら――
重い頭をあげて、美優紀はヒッと息を飲みました。勉強机の上に、開けられたマシュボーロが置いてあったのです。
「どうして……処分したのに……」
しかもよく見ると、中身がびっしり詰まっています。美優紀が処分したのは、すべてマシュボーロのふくろだけです。青い顔で美優紀は、ガチガチと歯を打ち鳴らしました。
「まさか……アキが……」
ふるえる美優紀のうしろで、懐かしい声が聞こえてきました。
「ねえちゃ、かくれんぼ……しよ?」
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