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7.ティアナの決意

ティアナは自室に戻ると、カバンを置いてベッドに飛び込んだ。

今日は早く帰るつもりだったのに、あの後、騎士団の人から事情を聞かれ、帰るのがすっかり遅くなってしまった。


***


事情聴取は校長室で行われた。

第二騎士団のメンバーが数人、難しい顔で座っている。

「不思議でならない。なぜ君のような若くて可愛らしいご令嬢が、魔族を追い払うことができたのか。何か特別な力があるとか?」

「いいえ何も。おそらく」

私は思いつくまま理由を挙げた。

オスカー殿下たちの活躍で魔族の力が削がれていたこと、メリケンサックに光の魔力を注ぎ殴ったこと、幼い頃から父に武術を仕込まれていたこと等。

(本当は前世で、兄と一緒に格闘技を習っていたことは内緒である。)

私の父は今でこそ領地に引きこもっているが、若い頃は武闘大会で何度も優勝している。

「ああ、そう言えば」

父と同世代の騎士がそれを覚えており、武勇伝を披露してくれた。

騎士団の人々は「それでもなぁ」という感じで首をかしげる。

無理もない。一令嬢が上級魔族をボコボコにしたのだから。

「もしかしたら光の魔力量が多いのかもしれない。測定してみよう」

だが数値は平均値だった。

「う~ん、まあ、今日はこれぐらいにしようか。また何か聞くことがあるかもしれない。その時はご協力願います」

それ以上は追及されず、やっと寮に帰ることができた。


***


「さすがに今日は疲れた」

ため息をつき、ぼんやりと天井を眺める。


私には前世の記憶がある。

気付いたのは1歳になる前。

だから今いるのが、前世で姉がやっていたゲーム『聖女ティアナの愛』と同じ世界だということを知っている。


ティアナ・グランツ。これが私の名前。

しがない男爵家の次女で、見た目は可愛らしい女の子。

ゲームの中での立ち位置はヒロイン。

後に「聖女」として崇められ、悪役令嬢を押しのけて幸せになる。


はぁ~、ヒロインじゃなくて、悪役令嬢だったら良かったのに。

「愛」という名のもと、自分たちの言動すべてを正当化するヒロインなんて大嫌いだ。あんなの、周りが見えていない、ただの身勝手な女じゃない。


しかも、ヒロインだ、聖女だともてはやされても、やらされていることはブラック企業の社員と同じだからね。

聖女になったらなったで、「魔族と戦え」、「結界を張りなおせ」、「傷病人を治せ」、「各地を巡行しろ」、「教会の代表になれ」と、まあ次から次へと仕事を押し付けてくる。断る選択肢なんてないから。

誰かの妻になったらなったで、「貞淑な妻として夫に尽くせ」、「公務をこなせ」、「民衆のお手本になれ」、「後継者を生め」、「俺以外を見るな」等々。みんな言いたい放題。


そんなのは嫌だ。絶対に嫌だ。

だから光の魔力を自在に操れるよう、幼い頃から密かに訓練を重ねた。

おかげで今では、強大な魔力を封じ込めつつ、使いたい時に必要な量だけを出せるようになった。繊細かつ緻密な魔力操作が今の私の武器だ。

さっきの魔力測定でも、実際の魔力量が測れないよう絶妙な加減で操作した。

勿論、魔族との戦いの時には、周囲にはばれないようにしながら、メリケンサックにかなりの魔力をこめた。

ゲームのように、魔族との戦いで光の魔力をドカンと放出するようなマネはしない。あんなことしたら注目されること間違いなし、聖女認定まっしぐらだもんね。


傷病人だって手当はするけど、全部を治したりはしない。

なぜ?

私は神様じゃないから。

ケガや病気をなかったことにするなんて、生への冒涜じゃないか。

親しい人が死ぬとなったら、助けたくなるのが人情なのかもしれない。

じゃあ、自分を殺そうとした人間が目の前で死にそうだったら? 

見捨てる?助ける?

命の選別——それは神の領域。

私ごときが、何の覚悟もない私ごときが手を出すべきではない。


それに、ゲームみたいに簡単に回復したら、人は命を粗末にしだす。

死への恐れがあるからこそ、生への執着が生まれ、当たり前の日常を大切にするのだ。

なのに、死にかけてもすぐ復活なんて、ゾンビか何か?

ケガをしても、治療してすぐ戦場へ送り返されるとか、ブラック企業か何か?


聖女に対してもそうだ。

最初はありがたがってくれる。

だがそのうち「早く怪我を治せ」・「今すぐ病気を治せ」と、治療するのは当然だという態度に変化し、できなければ罵られる。

どんどん欲深くなる。人とはそういうものだ。


人間、死ぬときは死ぬ。

だから必要以上に手は貸さないと決めた。

私がするのは、最低限の手当てと痛みの緩和。

それだけでも患者は楽になる。

そこから治るか治らないかは本人の体力と、生への執着心にかかっている。

私はそれをサポートするだけだ。


***


(それにしても…)

私は改めて今日の出来事を思い返す。

ゲーム内でのエリザベル・バトラーは悪役令嬢だが、実際の彼女は全く違った。

オスカー殿下を見てニヤつく(本人は気付かれていないと思っているようだけど)、オスカー殿下一筋の美人令嬢だった。


おそらく彼女には前世の記憶がある。

シナリオからは大きく外れた私の言動に、いちいち唖然としていた。それにトリアージも含め、この世にはない様々な知識があることも勘案すれば自ずと分かる。


聖女に祀り上げられないよう、シナリオを改変したことに後悔はしていないけれど、ゲーム通りにいかず動揺する彼女の姿を見ると、何だか忍びない。

悪役令嬢だからと、オスカー殿下と共に歩む未来を諦めようとしていることにも、何だか腹が立つ。

誰が決めたかも分からないシナリオに振り回される必要はない。

そんなの、ぶち壊せばいいのに。


それに、私はオスカー殿下が好きじゃない。

彼女には悪いけど、オスカー殿下のどこがいいのか私にはさっぱりわからない。

一人は寂しいはずだと勝手に自分の価値観を押し付け、自分が仲介役をしてやってもいいとか言う自信満々なあの態度…本当に勘弁してほしい。

私は好きでぼっちやってるんだよ。負け惜しみとかじゃなくて。


エミールだって好みじゃない。読書の邪魔はするし、気取った物言いにも苛ついている。


赤髪の男子学生も確か騎士団長の息子かなんかで、攻略対象の一人みたいだけど、あの偉そうに文句ばっかり言う野郎のどこがいいんだか。


さあて、私はこれからどうする?

攻略対象の好感度が上がるイベントはことごとく潰した。

結果的に、怖がられようと、ぼっちになろうと、意味もなく群れるよりずっといい。

魔王への対策もすでに済ませたし、もうすぐ出会うであろう最後の攻略対象とも仲良くなる気はない。

ここからはシナリオにはない生き方が待っている。


私は天井を眺めながら、これからしたいことを数え上げた。

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