5.魔族の襲来 ~キラキラじゃなくて、どす黒いです~
この国の人間は皆、大なり小なり魔力がある。
火・水・土・風・光のいずれかの魔力が生まれながらに備わっている。
ただし光の魔力を持つ者はごく少数。光の魔力量が多い人間ともなれば、数百人に一人いるかいないかだ。
ゲームでは、入学当初わずかな魔力しかなかったティアナが、今日起こる魔族襲来を契機に、「聖なる光の魔力を持つ者」として覚醒する。
魔族を一瞬で消失させ、どんなケガや病気でも簡単に治癒してしまうその特別な力により、彼女は「聖女」と崇められることとなる。
ちなみに、オスカー殿下は火、私は風、エミールは水の魔力持ちだ。
これらの魔力をコントロールできるよう、私たちは12歳になったら訓練を受ける。
生活に必要というよりかは、魔族襲来に備え、防御力と戦闘力を養うためだ。
人間と魔族——その戦いの歴史は長い。
100年前、異世界から召喚された聖女が国全体に結界を張ったので、漸く平和を手に入れることができたのだと言う。
しかし月日がたてば、結界のあちらこちらに綻びが生じる。
魔族にとって、その時がチャンス。
綻びから侵入し、心の闇を持つ人間を操り、他の人間を次々に襲うのだ。
魔族に対抗するには、魔力で戦うしかない。武力だけでは太刀打ちできない。
そして今日、魔族が学院に襲来するはずだ。
ゲームのシナリオではこうだ。
***
放課後、一人のクラスメートが教室に飛び込んでくる。
「オスカー殿下、大変です! デービッドの体が魔族に乗っ取られたみたいで、手あたり次第、人を襲っています!」
「何だって?!」
オスカー殿下はエミールとすぐに現場へ向かう。
剣を持ったデービッドと下級魔族たちが、同級生たちを次々に襲っている。
周りには、多くのケガ人が倒れていた。
「やめるんだ!」
オスカー殿下の声に、デービッドが振り返る。
いつもは穏やかな人なのに、この時の彼の顔は醜悪に歪み、目は真っ赤な血の色をしていた。
乗っ取られていることは明らかだった。
オスカー殿下たちが応戦するも、デービッドの体を操る魔族の力は強大で、遂にエミールもオスカー殿下も傷を負い、動けなくなってしまう。
「これで最後だ。死ねぇ~~~~~!」
その時だ。
キラキラとした光の粒が、辺り一面に降り注ぐ。
ティアナの強大な光の魔力がついに覚醒したのだ。
「光あれ」
この言葉で、光は一層強く輝き、魔族は消失。どんな酷いケガもすべて治ってしまった。
その美しい光景に、誰もが言葉を失う。
「ティアナ、君は聖女だったんだね」
オスカー殿下はティアナの手をとる。
そして静かに跪き、彼女の手の甲にそっと口づけをした。
***
となるはずなんだけどね。
何ですか、この目の前のどす黒いオーラは?!
ケガで思うように動けないオスカー殿下たちの横を、ティアナがスタスタと歩いていく。
彼女の体からは、どす黒いオーラがブワッと立ち上がっているかのように見える。
(なんだか、ものすごく怒っていらっしゃる…)
ただならぬ気配に、あたりの空気がビリッと音を立てそうだ。
「ティアナさん、危ないですわ。早く下がって」
私は思わず声をかけるが、ティアナはお構いなし。
「今日、私は早く帰りたかったの。わかる?」
彼女はそう言ってデービッドの前に立つと、いきなり剣を蹴り上げた。
手から離れた剣は、遠く離れた場所のグラウンドに突き刺さる。
「…なにっ!」
デービットに憑りついた魔族が一瞬、剣の行方に気を取られた。
その隙をティアナは見逃さなかった。彼のネクタイをグイッとひっつかみ、これでもかというほどギリギリと締め上げていく。
「うぐっ…うぅ、離せ」
「邪魔だ」
ティアナがそう言うと、デービッドの体がビクンと震える。
彼女の発する黒いオーラがますます濃くなったように感じる。そして――。
「出ろ」
そう言った途端、デービッドの体はガクンと崩れ落ちた。
と同時に、体を乗っ取っていた上級魔族が姿を現した。
次の瞬間、さらに衝撃的な出来事が起こる。
デービッドの体から手を離したティアナが、魔族の顔を思い切り殴り飛ばしたのだ。
よく見れば、彼女の手にはいつの間にかメリケンサックがはめられている。
ティアナは魔族が吹っ飛んだ先に素早く回り込むと、次はその体ごと蹴り上げ、落ちてきたところを地面に叩きのめした。
その動きはまるでダンスのステップを踏むかのようで、優雅で無駄がない。
彼女はさらに2発3発と拳をふるう。
普通、可愛い女子の殴り方なんて、
「えいっ!」
ポスッ。
「…なんだ、それで殴っているつもりか?」
ってこんな感じでしょ?
こんな体重載せて、メリケンサックでタコ殴りとかあり得ないんですけど。
あまりの光景に、人間だけではなく、下級魔族たちすら絶句している。
ティアナは手を止めると、息も絶え絶えになった魔族を見下ろす。
どっちが魔族か分からないくらいの邪悪な視線にゾワリとする。
「次で死ぬぞ。さあ、どうする?」
「ま、ま、待ってくれ。」
「選択肢は2つだ。逃げるか、死ぬか。それ以外はない」
「う…うっ…うわぁっ~~~!」
上級魔族は這うようにその場を離れた。そして回れ右をして、あっという間に飛び去って行った。付き従っていた下級魔族たちも慌ててすぐその後を追った。
こうして危機は回避された。
回避はされたのだが…あまりの状況に誰もが口をぽかんと開けている。
今のは一体何?!
おそらくメリケンサックに光の魔力を乗せて戦っていたんだろうけど、魔力はそれほど感じられなかった。
魔力そのものというよりも、拳だけで魔族を倒したようにも見える。
上級魔族が、人間の令嬢相手に叫んで逃げだすなんて前代未聞だ。
あり得ない。
私はこの目の前の状況にただただ立ち尽くす。
眩いばかりの聖なる光が降ってくる光景は?
キラキラは、どこですか~~~~~~~~~~~っ?!