1.みんなもよく知る例のアレですよ、アレ
私には前世の記憶がある。
気付いたのは5歳の時。
だから今いるのが、前世で何度もやったゲーム『聖女ティアナの愛』と同じ世界だということを知っている。
私はティアナ…ではない。
エリザベス・バトラー。これが私の名前。
公爵家の長女で、皇太子オスカー殿下の婚約者。立ち位置は悪役令嬢だ。
金髪で少しつり目のきつい顔立ちだが、母親譲りの美人だと言われている。
バトラー家の紋章に薔薇の花が刻まれていることから、人は私を「薔薇姫」と呼ぶ。
物語のヒロインは、ティアナ・グランツ男爵令嬢。
ふわふわの淡いピンクの髪に、美しい碧眼が印象的な、とても可愛らしい女の子である。
優しくて、いつも笑顔を絶やさない彼女の姿は、まさに「愛されキャラ」そのものだ。
私たちは王立フランソワ学院で出会う。
何ごとにも前向きに頑張るティアナの姿は、オスカー殿下を始め多くの男性の心を鷲掴みにする。
さらにある事件をきっかけに、この世界では珍しい「聖なる光の魔力を持つ者」、すなわち「聖女」だということも判明し、彼女を皇太子妃に推す声が一気に高まる。
そんなティアナに嫉妬した私は、彼女をいじめまくり、オスカー殿下に嫌われた。
ついには傷害罪で修道院に送られ、一生独り身で過ごす。
もしティアナがオスカー殿下以外の誰かを選んでも、彼女の幸せは約束されているのに、私は流罪・幽閉・毒殺などバッドエンドしかない。
そんなのは嫌だ。
そこで私は、ネット小説の悪役令嬢たちが運命を変えるべく行った「様々な努力」をマネしてみることにした。
他家の令嬢や奉公人たちを虐めたりせず、弟だってシスコンにならない程度に大切にして、善行を積みまくった。
前世の記憶を生かして、新しいファッションを生み出したり、新スイーツを考案したりするなどの社会貢献もした。
オスカー殿下と出会わないように、社交界には極力顔を出さず、婚約回避も試みた。
しかし物語の強制力とやらで、10歳の時にオスカー殿下と婚約を結ばされた。
ほらね、みんなもよく知っているストーリーそのまんまでしょ?
だったら婚約しても、オスカー殿下を好きにならなければいいと思った。
しかし彼は前世の推しだから、どうしても嫌いになれない。
とにかくかっこいい。
金髪のサラサラヘアーに、きらきらと輝くエメラルドグリーンの瞳。すっと通った鼻筋に、引き締まった口元…神だ。
初めて王家の庭園で会った時、私はその尊い姿に見惚れた。そして気づけば面と向かって「好き」と呟いてしまっていた。
私の謎の言動に、オスカー殿下はきょとんとしている。
(うわっ、やらかした!)
真っ赤になって俯くと、
「薔薇姫と称されるあなたにそう言ってもらって光栄です」
彼はそう言って、私の手を取り微笑んでくれた。
そのスマートな対応、神です。やはりあなたは神です!
生オスカー殿下を目の前にして、好きにならないでいる方が難しかった。
うん、決めた。
バッドエンドでももういいや。
悪役令嬢という運命から逃れられないのなら、オスカー殿下と共に過ごせる今を存分に楽しもうではないか。
残りの生涯は、彼との思い出に生きればいいのよ。
悪役令嬢として立派に役割を果たし、華々しく散っていこうじゃないの!
「よし!やるぞー!」
私は鏡に向かって、自分を鼓舞した。
だって明日は、王立フランソワ学院の入学式。
そう、私たちがヒロインと出会う運命の日だから。