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「なんでもします!どうかあなたの家においてください!」
平伏して願い出ましたが、男性の返事はありませんでした。
当たり前ですね。
私と彼の関係は、ひとことふたこと言葉をかわしただけ。
見知らぬ素性もわからない女に、そんなことを頼まれて「諾」と答えられる人間がいるでしょうか。
ですが、ここで彼に拒否されたら、私には頼るあてはありません。
私は、地面に頭をこすりつけ、必死で自分にできることを挙げました。
「掃除や、洗濯は得意です!力にも自信があります!井戸の水くみも、男性並みにこなせます!薪割りも、得意です……!」
私に、できること……。
あとは、祈りをささげるくらいですが、神様へ祈ったとて願いがかなわないことは知っています。
そもそもこの地でも、祈りの作法が同じなのか不明です。
男性からの返事はありません。
他に、私ができること……。
食料を多少多く得られる料理は、神殿では人気の仕事でした。
だから、私はまったく携わらせてはもらえませんでした。
他に…、他には…。
あぁ!
「馬小屋の掃除も得意です!」
駄目です。
返事がありません。
他に、私ができること……。
必死で考えるのに、思いつきません。
ほとんど教育も受けていない私にできるのは、誰でもできる下働きだけです。
そして、誰でもできることなら、こんな素性のわからない女を雇う必要などないでしょう。
どうして、私はこんなにふがいないのか。
それでも、男性がまだその場にとどまってくださっていたので、私は望みを捨てきれず、もう一度お願いしてみました。
「お願いします!なんでもいたします!どうか、あなたの家においてください!」
「とりあえず、立って!」
男性は、私の腕をとると、私をその場に立たせました。
怒っていらっしゃるのでしょうか。
顔が赤く、目がつりあがっています。
そうですよね。
こんな図々しいことをいわれて、不快におもわれていますよね。
でも、私には本当に後がないのです……!
「ご、ごめんなさい。でも、お願いです……!」
「いいから、黙って。こっち、乗って!」
男性は、私の手をひいて、歩き出しました。
そして、すぐ近くに停止していたあのつるつるした獣のところへ行きました。
びくりと、体が震えました。
近くで、止まっている獣を見て、気づいたのです。
獣の中でもとりわけ光って見えたのは、ガラスのような部位でした。
そして獣の腹には、それが何か所もあり、腹の中が見えているのです。
そして、……なんということでしょう!
その腹の中に、人間が入っているのです……!
食べられて、しまったのでしょうか。
けれど、腹の中の人間は、きちんとした服を着て、きちんとした体勢で座っています。
……これは、どういうことなのでしょう。
愕然として獣を見ていると、中にいた男性が、こちらを見て笑いました!
生きている……!
わけがわからなくて、ただ茫然とたっていると、獣の腹がすっと開きました。
「……っ」
声にならない悲鳴が、のどからもれました。
これは、なに……。
どうなっているの……。
震える私を見て、私をここまで連れてきた男性は、ひとりで獣の中に入りました。
獣の中は、なぜか椅子のようなものがあり、人間が座れるようになっていたのです。
男性は、獣の中から、私を見て、言いました。
「乗りたければ、乗って。嫌なら、ここで帰ればいいよ」
乗る…。
この、獣に?
でも、その位置は、乗るというより、腹に入るのではないでしょうか。
私の足は、がくがくと震えました。
獣の腹に入る…。
それは食べられるということではないでしょうか。
それは、死、ではないのでしょうか。
けれど、すでに獣の腹に入っている男性も、もう一人の男性も、死んでいるようには見えません。
それは、彼らが神だからでしょうか。
私が同じように、獣の腹に入っても生きていられるのでしょうか。
怖くて、私は動けませんでした。
男性はそんな私を笑うこともなく、怒ることもなく、ただ真剣な顔で見ていました。
その目はとても慈悲深く、なにもかもを見通しているようです。
「乗らないようだね。じゃぁ、ここで。さようなら」
男性は、私が動かないのを見て、にこりと笑いました。
そして獣の腹が動き、男性が乗り込んだ部位が閉められようとしました。
「待ってください!入ります!」
とっさに、獣の腹に飛びつきました。
閉まりかけているその空間に、体をねじ込みました。
「危ない!」
男性が、ぐっと私の体を引き寄せてくれました。
音もなく、獣の腹は閉じられました。
「なにを考えているんだ!車のドアが閉まりかけているときに手を出すのが危険だってことくらい、子どもでも知っているだろう!挟まれたら、大怪我をすることだってあるんだぞ!」
「ご、ごめんなさい。私、おいていかれたらと思って」
男性に怒鳴られて、私は謝罪しました。
この人を頼ると決めたのに、見たことのない獣の腹に入るよう促されて、不安で動けなかったのがよくなかったのです。
この方のいうことは、なんでもすると言ったのに、すぐにそれを守れないところを見せてしまいました。
どうしよう…。
もしかすると家においてくださるつもりだったのかもしれないのに、もう駄目かもしれない。
いつも人に命じられたことにはすぐに従うように生きてきたのに、こんなところで躊躇して、最後の希望すら手放してしまうなんて。
もうだめだ。
そう思ったとき、男性は「ごめん」と言って、頭をなでてくださりました。
大きな、あたたかい手です。
その手が、優しく私に触れてきます。
「さっきみたいな危ないことは本当にやめてほしいけど、怒鳴ったのは俺が悪かった。……いろいろ聞きたい事とかあるけど、とりあえず、落ち着こうか。話は、家についてからでいいかな」
男性は、私をなだめるように優しい声音で言ってくれました。
私を見る目は、すごく優しいです。
なぜ、この方は、こんなに優しいのでしょう?
私のような女に、こんなに親切にしてくださるのでしょう?
疑問が不安になって、わきあがってきます。
けれど、ついさっき、彼の言うことを躊躇して、おいていかれそうになったのです。
また同じ失敗は、してはいけません。
彼を、信じるのです。
この方を頼れとおっしゃったタック様を信じるのです。
今、私にできるのは、それだけなのだから。
ようやく心を決めて、私は男性の言葉にうなずきました。
車のドアは、バタフライドア(斜め上にがばっと開くタイプ)です。
異世界人目線で文中に織り込むのは難しすぎでした。ごめんなさい。