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たぶんさくっと終わる予定(未定)

諦めることは、慣れています。


「よいですね、カミーユ。神へのささげものに選ばれし乙女よ」


巫女長が、私の肩をつかみ、祭壇の前に現れた黒い大きな穴のほうへ押します。

老いた巫女長の手は、細く、小さく、なのに力強いです。

決して私を逃がしはしないというように、一歩一歩、その穴へと肩を押してきます。


「喜びなさい。あなたは10年、この神殿で巫女として精進してきました。いま、この恐るべき黒穴が、我々の世界に開きましたが、あなたが神へのささげものとして身を投げることで、この世界を救えるのです」


芝居がかった巫女長の声が促すと、集まった巫女たち、神官たち、そして王様や貴族たちの声があがりました。


「あぁ、なんと素晴らしいことか。救国の乙女よ!」

「その身で、我らが世界を救う、栄誉ある乙女よ!」

「我らはたたえん、その行いを!」


彼らの声は華やいで、まるで本気で私をたたえているようです。

「ありがとうございます」とでもいえばいいのでしょうか。


ですが、私は知っています。

彼らが、私のことをたたえる気なんてないことを。


私、カミーユは、つい先日まではカミーユ・ド・ランカという名でした。

ランカ侯爵家の娘で、第二王子シャルル様の婚約者でした。

ところが、シャルル王子は、私の妹のリリアンと愛をはぐくんでいたそうです。

ふたりは、お互いが真実の愛で結ばれていると訴え、私とシャルル王子の婚約はなくなり、かわりにリリアンと王子が結婚することになりました。


私は、ランカ侯爵家の長女ですが、隣国の王女だった母は私が6歳のころに亡くなり、隣国もそのころ大きな災害で国力を大きく落としました。

こちらの国が隣国に援助をしたこともあり、隣国はこの国に弱い立場となりました。

それゆえ、父は母がなくなってすぐ愛人と再婚し、愛人との間にできた娘をランカ侯爵家にひきとりました。

私にとって同じ年齢の妹にあたるその子どもが、リリアン。

金色の髪に青い目の美しい少女で、父と母の「真実の愛」から生まれたそうです。


一方、政略的関係で結ばれた妻の子、つまり私は、隣国が国力を落とした今、父にとっていらない子でした。

そのため、私は母が亡くなってすぐ、神殿に預けられました。

私はそのころにはすでにシャルル王子の婚約者でしたので、ランカ侯爵家の名を名乗ることは許されていましたが、神殿での生活は他の巫女たちと同様の厳しい戒律に縛られた生活でした。


食事は、薄いスープと固いパンが朝夕2回与えられます。

寝るところは、狭い部屋にぎゅうぎゅうに置かれた固いベッドに、冬になれば震えてしのぐしかない薄いシーツ。

朝から晩まで掃除や内職、祈りにいそしむ日々。


そういった生活は、それまで侯爵家の娘として不自由なく暮らしていた6歳の私には過酷なものでした。

優しかったお母様や、お父様、家での生活を取り戻してくださいと、なんど神様にお祈りしたかわかりません。

けれど神は答えてはくれず、周囲の巫女たちには「貴族だからといって偉そうに」と、うとまれてしまいました。


その溝は、ずっと埋まることはありませんでした。

彼女たちと同じように粗食に耐え、朝から晩まで働きに働いている生活を送っていても、私はまだシャルル王子の婚約者のままだったからです。


母の祖国の国力が落ちてなお、私がシャルル王子の婚約者でいられたのは、王母様のおかげでした。

といって、王母様が私に助力しようと考えてくださったわけではありません。

王母様がお若いころ、幼いころからの婚約者に婚約破棄され、王に嫁がれるまでご苦労なさったそうです。

それゆえ、つい先ごろ王母様が亡くなられるまでは、この国では婚約はよほどのことがなければ破ってはいけない契約だったのです。


10年も神殿で暮らせば、粗食や労働には慣れます。

けれど、同じ巫女仲間からはつまはじきにされ、時折訪れる父には冷たい言葉を投げかけられ、同じく婚約者として最低限の義務として面会するシャルル王子には容姿や環境をあざ笑われ。

私の心は、ひとつひとつ傷つけられ、諦めることだけが上手になりました。


だから、王母が亡くなられたら破棄されると聞いていた婚約が本当に破棄されたことも、新しい婚約者がリリアンだったことも、仕方ないと思ったのです。


「王母様が亡くなられたから、ようやくお前のような陰気でみすぼらしい娘との婚約が破棄できる!知っているか、お前の妹のリリアンは、お前にはぜんぜん似ていない咲き始めのバラのように美しい娘なんだ。そして、俺を心から愛し、尊敬してくれている。俺も、もちろんリリアンを愛している。俺たちは、世界中から祝福され、世界一素晴らしい王と王妃になるだろう……!」


私に婚約破棄をつきつけながら、シャルル王子がそうおっしゃったときも、「そうですか」とほほ笑むだけでした。


「ごめんなさい、お姉さま。初めてお会いするのに、こんなことを申し上げなくてはならなくて。でも、仕方ありませんわよね。お父様や王子にうかがっていたとおり、なんてみすぼらしい…!わたくし、あなたを心から憐れみますわ。あなたがこの先も健やかに過ごされることを、神様にお祈りいたしますわ」


父に連れられて、リリアンが初めてこの神殿を訪れてそういったときも、ただほほ笑んだだけでした。

一緒にいた父が、リリアンの優しさをほめ、王子の婚約者という地位を失った私をランカ侯爵家から除籍すると言った時も、「かしこまりました」と言って、ほほ笑みました。


そしてその数日後、神殿の祭壇の前に大きな黒い穴が突如として現れ、その穴がどんどん広がり、周囲のものがその穴に飲み込まれたようになくなり、巫女長が「黒穴にいけにえを捧げれば穴は消える」という神託を授かり、そのいけにえに、私が選ばれたときも。


私は、ただほほ笑みました。


だって、私は、諦めることだけが上手になっていたのです。


神にいのっても、助けてもらえないことは思い知っていました。

私を助けてくれる人が、この世界にいないことを知っていました。


ずっとずっと10年も、そう思い知らされて生きてきたのです。


いまさら、得体のしれない穴のいけにえにされるぐらい、なんだというのでしょう。

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