天の神様の言う通り
「さて、天真、べトレイを巻き込んだ処遇だが、どうしたもんかの?」
「申し訳ありません。居場所さえわかれば、迎えに行って説得します」
雲の上に浮かぶ真っ白な神殿の床に片膝をつき、天真は神の前に首を垂れた。
「あれは、もう戻らん。アンジェに命令して探させたが、べトレイは悪鬼に手を貸して天使をおびき寄せ、捕まえた天使の能力を利用しておるそうだ。怜良を放っておけと言ったのは、邪悪な悪魔どもと行動すれば、お前も堕天使になると思ったからだ」
「お恐れながら、悪魔は全て邪悪ではありません。深影さんも、蒼夜も自ら人に対して悪を働くことはありません」
「だまりゃっしゃい!」
神の怒りに触れて、天真がぶるりと身体を震わせた。
「優しさが過ぎれば、今にお前自身を滅ぼすだろう。その前に怜良をさっさとどこぞの王子とくっつけて、悪魔との関わりを絶ってやろう」
そんな!と天真は顔を上げたが、神はお付きの天使に命令をして、王国マップと書かれた大きな地図を広げさせる。手の平を上にした神が、クイクイと指を上下に揺らすと、王政の敷かれた国からニョキニョキと杭が伸びて並んだ。
唖然とする天真の頭から、ひょいと輪を摘まむと、神は地図に向かって放り投げた。あっと手を伸ばしたが既に遅しで、天真の輪は地図をはるかに超えて飛んでいく。地図の両端を持った天使二人があたふたと後を追い、輪の落下地点辺りに地図を滑り込ませた。
天真の輪が一つの杭に引っ掛かり、クルクルと回りながら根本に落ちると、神が満足そうに頷いて、ここに怜良を連れて行くよう天真に命令を下した。
一方、夜も更けた森の奥の屋敷では、蒼夜は天真の帰りを、今か今かと、気をもみながら待っていた。
べトレイが堕ちたのは、悪鬼が一鬼しかいないと油断して、屋敷に招き入れてしまった自分たちの落ち度でもある。天真が罰せられはしないかと、蒼夜は大股でリビングを行ったり来たりしていた。
蒼夜の耳に、二階の東側のウィングから、階段を下りる足音が響いたので、蒼夜はリビングの扉を開けてホールへと駆けていった。
「お帰り天真。じいさんにお咎めをもらわなかったか?」
「蒼夜、じいさんじゃありませんってば、何度も言うようですが神です。お咎めと言うよりは、やっかいなことになりました」
「何だ?べトレイのことで、無理難題を押し付けられたのか?もし、そうなら俺たちにも責任があるから手を貸すよ」
「それが……怜良さんのことなんです。僕が監視役から外れるよう、怜良さんをウィンウィング王国の王とくっつけるように言われました」
「あっ、何だって?無理やり結婚させるって言うのか?」
蒼夜が気色ばんで天真に詰め寄ったので、天真は落ち着くように言って、リビングに蒼夜を引っ張っていった。
「ただいまスケルトンさん。お茶を一杯頂けますか?」
「お帰りなさいませ。天真様。ご無事で何よりです。お夕食はすまされましたか?」
「いえ、まだですが、もうお休みになってください。適当に済ませますから」
「坊ちゃまが天真様を心配されて、珍しく何も口にされていませんので、お二人分ご用意させていただきます」
カクカクと腰を折ってお辞儀をするスケルトンに、蒼夜が余計なことを言うんじゃないと文句を言ったが、スケルトンは平気な顔をして下がっていった。
しばらくして、メイドの恰好が気に入って手伝いをするようになった惑香がプレートの載ったワゴンを押してやってきた。どうやら惑香は王子と気があったらしく、時々会っているらしい。もちろん王子は高校生なので、それなりのお付き合いをするように、深影からきつく言い渡され、惑香はきちんと守っているという。
「蒼夜くん、天真くん、お待たせです。王子くんから教わったミミズ麺に目ん玉焼きを載せた変わり焼きうどんで~す」
蒼夜と王子はプレートを見るなり、口を手で押さえて目を逸らした。
細めんを梅汁で染めてあるのは言われてみればミミズに見える、野菜も載っているが、その上に目玉焼きを細ノリでデコレイトして、まつ毛までつけたものはグロいとしか言いようがない。
「これを食べろってか?食欲なくなるだろうが!」
「蒼夜くん、好き嫌いはダメよ」
「こんなもん、好き嫌い関係ないだろ!頼むから普通の料理を出してくれ」
蒼夜のうんざりした様子を見て、むくれる惑香を宥めようとして天真が聞いた。
「王子くんは独特のセンスがあるから、その料理は惑香さんだけのものにすればいいよ。僕たちはいたって平凡だから、普通の料理を出してもらえるかな?」
「さすが天真くん。分かってる。今夜だけは特別なデザートを出すから楽しみにしていてね」
「惑香さん、一応心の準備をしておくから、どんなデザートか教えておいてくれる?」
「イチゴソースがかかったアイスから、フィンガービスケットが突き出ているの」
想像した蒼夜がウへ~ッと呻いた。
「指ちょんぱかよ。ご丁寧に血のりのイチゴソースがけとは、泣けてくるぜ」
「蒼夜くんは悪魔なんだから、そんなことで音を上げちゃ駄目でしょ。蒼夜くんと天真くんが、深影さまとアンジェさんから教えてもらった料理とそう変わらないじゃない。じゃあ、お二人ともゆっくりと召し上がれ」
惑香が腰を振り振りしながら、ご機嫌で下がっていった。
「怜良が王子の料理を気に入らなくてよかったぜ」
「本当ですね。こんなの出されたら、プリンスどころか、どんな男でも引くと思います」
「ああ。でもクラス会は盛り上がったよな。みんな気持ち悪いと言いながら、大笑いして、本当に楽しそうだった」
直前までその輪の中に入るはずだった蒼夜は、カラスの姿のまま、外から中を眺めるしかなく、いつもみんなを引っ張っている蒼夜がいなくて、天真も寂しい思いをしたのだ。
「蒼夜、転校生として、あのクラスに来ればいいじゃないですか。そうすれば怜良も……」
喜ぶと言いかけて、天真は口をつぐんだ。
「怜良は俺のことなんて、覚えていない。転校生として会ったところで、じいさんの言う王だか王子だかとくっつけられる予定なら、すぐに別れが来るんだろ?なら、余計な思い出なんて不要だろ」
「でも、怜良をウィンウィング王国に送っていかなければなりません。僕は浄化する術は使えますが、戦う術は持ちません。何か会った時のために、蒼夜がいてくれないと困ります」
「俺がいた方が余計に……」
危ない目にあうかもしれないと言いかけた蒼夜に、天真が諌めるような視線を投げかける。蒼夜はその先を飲み込んだ。
「分かった。目立たないように怜良と会う機会を作るよ」
そういって一気にミミズうどんを口にかき込むと、蒼夜はグラスの水と一緒に無理やり飲み下して席を立つ。ドアに向かう蒼夜の背中に、心配そうな天真の声がかった。
「蒼夜、大丈夫ですか?」
「何が?」
振り向かない蒼夜に、天真がためらいがちに続けた。
「怜良さんが、ウィンウィング王国の王子と結婚しても、蒼夜は平気ですか?」
「怜良が幸せになるなら、いいんじゃないか」
天真との会話は終わりとばかりに、蒼夜が足早にダイニングを出て行くのを見て、天真は昇級試験なんて受けなければよかったと、苦い思いを嚙みしめていた。