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悪魔と天使のシンデレラ  作者: 風帆 満
7/20

対決

「何だこのおばさん。放せよ!」

 もがこうとした王子のこめかみに、尖った爪が刺さり、ぷっくらと盛り上がった粒がツーと筋になって頬に伝った。

 途端に王子の動きが止まる。青ざめた王子の顔に流れる血と冷や汗を、明菜が舌なめずりをしながら覗き込んだ。


「明菜待ちなさい。あんたは大食漢なんだから、あのガマガエルを使って恐怖と怒りのエネルギーを大きくしてから食べなさい。悪魔たちは、この男の目玉を潰されたくなかったら、動くんじゃないよ」


 明菜の真っ黒い影が、本体の動きとは関係なくユラユラ揺れ始め、まるでシールがはがれるように床から捲れて明菜を覆った。色彩を失った真っ黒な身体の頭にあたる部分には、闇をくりぬいたような吊り上がった目があり、邪悪な光が漏れている。

 蒼夜と深影は思わず顔を見合わせたが、かなりまずい状況に焦りを感じ取っただけだった。悪鬼は美智子に憑りついた一体だけだと思っていたから、結界の中に入れた。奴の隙を狙って宿主の美智子から、除去しようと思っていたのだ。

目の前の二人に気を取られていた蒼夜は、背後で動きを感じ取り、慌てて振り返った時には、既に怜良が真里菜に捉えられていた。


「真里菜、やめてよ。お義母さんも、明菜も一体どうしたの?」


 怜良と王子の怯える気を感じたガマガエルが、赤い光を目から発した。瞳型の禍々しい光が、波紋を描くように拡大して辺りを包み込んでいく。途端に王子と怜良の身体がブルっと震え、青白い玉が身体から離脱した。

 恐怖を凝縮させた二つの炎は、震えながらゆっくりと、舌を巻いたり伸ばしたりしながら操るガマの方へと空中を滑っていく。

 ガマガエルが舌を伸ばして恐怖を飲み込む隙を狙い、明菜がガマガエルに同化する。二つの恐怖を飲み込んで滲むように膨張したガマガエルの口から、「まだ足りない」と明菜の声が響いた。


「明菜はもう食べたじゃない。今度は私の番よ。イケメンのフェロモンが食べたい。蒼夜くん私に口移しであなたのフェロモンを分けなさい」


「オエ~~~ッ。気持ちの悪いこと言うな!誰がお前なんかにキスするか!」


 蒼夜の嫌悪感に、ガマガエルがまた目を赤くして舌なめずりをする。人間と違って悪魔の負の感情は超大だ。もしガマガエルの腹に入ったら、悪鬼の明菜共々最強クラスの魔物になるだろう。


「蒼夜、自分を抑えろ!」

 深影の叱咤に蒼夜が我に返る。見ると深影から陽炎のように紫炎が揺らめきだっていて、その視線の先にはガマガエルがいる。

 ガマが消される!


 その瞬間、深影とガマガエルの間に割り込むように白い旋風が吹いた。

「止めて!ガマたんを殺さないで」

「べトレイ。そこをどけ!悪鬼たちはかなり力を持っている。ガマガエルに蒼夜の悪感情を取り込ませたら、手に負えなくなるぞ」

「ガマたんは、蒼夜のために家中を掃除してお腹が減ってるんだ。他の餌をあげてよ」

「こいつは、一旦目をつけた餌からは離れない。悪鬼が憑りついたなら尚更だ」

「天真の浄化の術を使えば悪鬼が姿を現して、奴らだけ退治できるよ。天真、天真来て!」


 なかなか大広間に戻ってこない蒼夜たちを心配して、リビングから大広間を通って玄関ホールに向かおうとしていた天真は、べトレイの声を聞いて何事かと走り出した。

 扉を開け、玄関ホールに漲った緊張感を敏感に感じ取った天真は、辺りに目を走らせ、真里菜が怜良を、美智子が王子を羽交い絞めにしている状況に驚いた。

 更に注意深く見回すと、べトレイがガマガエルの前に立って、深影と睨み合っていることに気づいたが、それよりも、美智子や真里菜の身体から濃厚に漂っている悪鬼の気配に危険を感じ、べトレイを保護するために素早く移動した。


「べトレイ、こっちに来るんだ」

「天真、ガマたんが悪鬼に乗っ取られちゃったんだ。浄化の力で悪鬼を引きはがして」

「何だって?ガマくんが?でも、術を使えば……」


 天真は深影と蒼夜を交互に見た。術を使えば紛い物の姿は明白になり、自分ばかりか、深影や蒼夜の姿まで暴かれることになる。

 いくら結界が張ってあるとはいえ、今日は人間だけは通れるようになっているはず。クラスメイトたちが早く来ないとも限らない。どうればと思った時、深影の低い声がこぼれ出て、地を這うように広がり、目の前の光景がぐにゃりと歪んだ。


「異空間へ移動する。天真、述を使え」


 視界が定まると辺りは青い闇に包まれた空間だった。怜良と王子は何が起こったか分からずに、すっかり怯えてしまっている。悪鬼が二人にダメージを与えないよう、天真は身体中にある浄化のエネルギーを増幅して、開いた両の腕から眩いばかりの光を放った。


「ギエーッツ」

 悪だくみを練っては、悪事を働いてきた悪鬼にとって、浄化の光は、塩素系漂白剤並みに強力に作用する。激痛を伴いながら人間の身体から引きはがされて、三鬼はのたうち回った。 

 そのため、悪鬼の傀儡になり下がっていた真里菜と美智子は、気を失ったまま怜良と王子にもたれかかり、そのままずるずると床に崩れていった。


「怜良、こっちに」

 真里菜の身体を支えきれずに床に座りこんだ怜良に、蒼夜の手が差し伸べられる。その手を取ろうとした時、黒い影がファサっと動くのに気が付いた。

 青い闇が抜けて、底が覗くように黒く広がったものが翼だと分かり、唾をごくりと飲み込んだ怜良が、恐る恐る顔を上げる。蒼夜の頭の両サイドからは、弧を描きながら上に伸びる角が生えていた。


 反射的に見回すと、更に黒くて大きな翼を持った深影と、闇を切り取ったように白い翼を持つ天真が怜良を見つめている。

「悪魔と天使!」

 怜良の驚いた顔に、蒼夜が眉根に皺をよせ、フッと視線を逸らすと、その先に、青い顔をして震えている王子がいた。


「な、何なんだよ、これ?蒼夜も天真もコスプレしてるんじゃないよな?怜良ちゃん、一体どうなってるんだ!?」

「惑香、王子の面倒を見てやってくれ」

 蒼夜は、王子がパニックになりかけているのを察して、惑香に頼むと、惑香は待ってましたとばかりに王子の手を取って、いい夢見せてあげるねと言いながらみんなの輪から離れていった。


「天真、怜良を頼む」

「分かった。蒼夜、深影さんも気を付けて」

 天真が固まってしまった怜良についてくるように促すが、悶え苦しんでいた悪鬼が、少しの間に回復してしまい、赤い炎いを目に宿し、いきなり深影、蒼夜、天真に飛び掛かってきた。


 深影が二つの拳を揃えて身体の前に突き出し、左右へスライドさせると、真ん中の持ち手を挟んで左右に鋭い刃が伸びる長刀が現れた。深影は空中に浮かぶ長刀の中央のグリップを片手で握り、八の字に旋回させる。青白い電流をまとった鋭利な刃が、風を切ってブンブン音を立てるのを警戒し、悪鬼のボスが飛びすさって間合いを図った。


 一方蒼夜は、怜良を捕らえていた真里菜の悪鬼に狙いを定め、胸の前でクロスした腕を瞬時に伸ばす。開かれた五指から閃光が放たれ、込められた悪魔の気が青白い炎となって悪鬼に襲い掛かった。

「ギャーッ!」

 耳をつんざく様な悲鳴を上げ、悪鬼は青白い炎の中で黒い影をぬたくりながら、燃えカスになっていった


 一鬼を消滅させ、蒼夜が次の悪鬼を探すために視線を巡らせた時、せっかく引きはがした明菜の悪鬼が、再びガマに乗り移り、天真の羽を舌で捉えるのが映った。

 舌から消化液が滲み始め、ぬらぬらと光ってみえる。天真が身体を捻りながら、浄化の光を放とうとした時、深影の長刀を素早く躱した悪鬼の大ボスが、移動した勢いに任せて、天真に体当たりをした。


 ジュッと嫌な音がして白い羽の先が融け、天真が呻き声をあげる。深影が大ボスに狙いを定めるが、天真を盾に取られて手が出せない。

「蒼夜、ガマガエルごと悪鬼をやっつけろ!」

 深影が言い終わらぬうちに、天使のべトレイがガマガエルに覆いかぶさった。

「ガマたん。だめだよ。天真を放して。このままじゃガマたんが殺されちゃう」


 ガマガエルの目がべトレイを見つめ、一瞬目の赤い光が弱まったが、悪鬼の力の方が打ち勝ち、天真は尚もガマガエルの方に引き寄せられていった。

「べトレイ!天真がやられる。そこをどけ!」

 蒼夜が怒鳴った時、怜良がべトレイの羽を引っ張ってガマガエルから引き離した。

 蒼夜のクロスした腕が開き、指から閃光が走る。ガマガエルはビクリと大きな身体を震わせて青い炎に包まれた。

「ゲッ‥‥‥・」

 ガマガエルが喉を詰まらせたように鳴き、悪鬼が煙のように立ち上ったからと思うと、うねうねと苦しみの乱舞を舞い、火の粉となってガマガエルと共に闇に溶けて行った。


「許せ、ガマ」

 首を垂れた蒼夜に、べトレイが怒りの目を向けた。

「殺すことなんて無かったんだ。天真が上手く逃げれば、ガマたんはこんな目に遭わずにすんだんだ。蒼夜も天真も許さない!」


 悪鬼のボスがにやりと笑い、べトレイに手を差し伸べると、べトレイは迷わずに悪鬼側に飛んでいった。その羽は純白からみるみるうちに灰色に変わっていく。

「べトレイが堕ちた」

 天真がショックを受けたように呟く。

「この仕返しは必ずしてやる」

 悪鬼のボスが叫んで威嚇すると、べトレイを連れて、深影の張った結界から姿を消した。


 静まり返った青い闇の中に動くのは、力の弱い使役を乗っ取り、蒼夜に始末をさせた悪鬼への怒りだ。後味の悪い感情を持て余していた蒼夜は、強い視線が注がれるのを感じた。振り向くと怜良が蒼夜をじっと見ている。怜良が口を開きかけるのを首を振って制した。


「何も言うな。見ての通り、天使の小瓶を渡したのは天真で、俺はたまたま天真の昇格試験に巻き込まれた悪魔だ。存在を知られたからには、怜良を含め、俺に関わった人間から、起きたことと、俺の存在を消させてもらう」

「どういうこと?みんなの前から、蒼夜がいなくなるってこと?」

「そうだ。この先は天真が傍で見守って、怜良さえやる気を出したら、きっと本物のシンデレラになれる」

「だって、もし、今みたいに悪い奴らが出てきたら、どうすればいいの?小さなころ、悪い奴はやっつけてくれるって蒼夜は言ったよね?」

「悪い奴らになりやすいのが俺たちの仲間だ。あいつらが今回みたいに歯向かえば、俺は平気で奴らを消す。傍にいない方がいい」

「あれは天真を護るためでしょ?蒼夜はさっき、許せって言ったじゃない。平気なわけないわ!」


 蒼夜の顔が一瞬、苦痛を堪えるように歪んだが、顔を上げた時には何の感情も表すことなく、深影に合図を送った。

 空間がぐにゃりと変形して、吐き気を伴うような落下の感覚があり、怜良と王子が気が付いた時には、リビングのソファーに寝かされていた。


「怜良さん、王子くん大丈夫ですか?すみません、床を磨き過ぎたようで、二人とも玄関を入るなり、転んで気を失ってしまったんです。一応医者に診てもらってどこも怪我がないようでしたので、このままパーティーを開きますがいいですか?」


 天真がにっこり笑いながら、事の顛末を説明するのを聞いた怜良は、辺りをキョロキョロと見回した。

「お義母さんたちはどうしたのかしら?」

「用事ができたとかで、お帰りになられました」

「そう……他に、誰か……えっと、天真くんはお姉さんと、他に誰か一緒に住んで‥‥・」

「いえ、二人だけで住んでいます」

「二人……?」


 答えを聞いても納得できないというように、誰かを探して怜良の視線があちこちにさまよう。その様子を見た天真の瞳に悲しみがよぎったことを、怜良は気が付かなかった。

 パーティーが開かれる前に、王子が教えてくれたレシピは、とんでもないゲテモノ料理で、天真が震えあがる様子に大笑いする怜良を、一羽のカラスが窓の外から眺めていた。


 怜良が視線を感じて窓の側に行くと、王子もついてきて、何だただのカラスかと面白くなさそうに呟き、続きをやろうと戻っていった。はいと返事を返したものの、どうにもカラスが気になって、怜良はその場に縫い留められたように動けなくなり、カラスを見つめる。

 するとカラスが焦れたように、羽でシッシッと怜良を追い払う素振りをした。

「ただのカラスじゃないみたい。あなた面白いわ。また後でね」

 怜良の言葉が分かったようにカラスは頷き、空へと飛び立っていった。


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