覗いた疑惑
金曜の夜、怜良が明日のパーティに持っていくポテトグラタンを仕込んでいると、明菜と真里菜がキッチンに入ってきた。
体格のいい明菜は夕食のおかずを沢山食べたはずなのに、まだお腹が減っているらしく、怜良の作るグラタンの匂いに誘われてきたらしい。
「何でこんな時間に、そんなおいしそうなもの作ってるの?まさか一人で食べようってわけじゃないわよね?」
「これは、明日の持ち寄りパーティー用なの。お義姉さん、食べないで下さいね」
「持ち寄りパーティーですって?じゃあ、色々な料理が食べ放題なわけ?どこでやるの?」
怜良はふぅとため息をついた。
元々明菜は食欲旺盛でふっくらしていたが、両親の離婚がきっかけで、生活を切り詰めなくてはならない理由から、食事にも制限がかかって相当ストレスを溜めていたらしい。そのせいか、食べ物に異常なほど執着を示す。
怜良の父浩史と、明菜と真里菜の母親の美智子が再婚して、生活費に困らなくなった途端、明菜はタガが外れたように食べまくり、今では洋服のサイズも3Lではあぶなくなっている。
「一般のパーティーじゃないんです。クラスの親睦会を、中学校から一緒だった蒼夜と天真が住んでいる家でやるの」
だから、関係ない人は入れないと匂わせたのに、食べ物が絡むと盲目になる明菜が、名前の方に反応した。
「蒼夜と天真?あの外人の血が混じってそうなルックスの子たちよね?よく近所で怜良と話しているを見かけるわ。近くに住んでいるのなら、家の参加もオッケーにして、親睦を深めればいいじゃない」
「友人宅を使わせてもらうのに、そんなに大勢の人が詰めかけたら迷惑になるわ。それにこっちまで来るのはトレーニングか何かだと思うけど、歩いていける距離じゃないの」
「そんな屁理屈をこねて、本当はそのグラタンを私たちに食べさせたくないんでしょう?意地の悪い義妹ね。真里菜、お母さんを呼んできて」
こうなると手が付けられない。最初から食べ物を渡すと、もっとよこせと言うのが分かっているので、怜良は内緒で余分に作っておいたグラタンを、さも仕方がないというように、分けてもいいと譲歩するふりをした。
ところが、今回は持ち寄りパーティーと言ってしまったため、明菜はグラタンだけでは満足できないらしく、連れて行けの一点張りだ。
「真里菜も行きましょうよ。この間、買ってもらった新しい服を着ていけばいいわ。あなたは怜良と二歳しか違わないし、同じ高校生なんだから、話も合うはずよ」
明菜のように食べ物に執着のない真里菜は、まだ理性があるらしく、怜良の顔を盗み見てから、首を振った。
「お姉さん、さすがにそれはちょっと……クラス会なんでしょ?同じ高校なら、姉や兄に私の知り合いがいて、ついでに潜り込むこともできるかもしれないけれど、違う高校だから無理よ」
「あら、そう?じゃあ、私は一人で美味しいものを食べに行くわ。それにあなたは分かっていないようだけど、蒼夜と天真はその辺にいる男の子とは違う存在よ。お母さんが言ってたわ。それに相当なイケメンよ」
「そうなの?怜良、写真見せて」
「そんなの持ってません。クラス写真は顔が小さいし、どうしてなのか分からないけど、いつも彼らの顔はボケてしまってはっきりしないの」
そう答えながら、次々に沸き上ってくる疑問に、怜良は引っかかりを感じていた。
どうして、義母は蒼夜と天真を知っているのだろう?明菜だって三歳も年下の男子に興味があるとは思えないのに、食べ物よりも優先させるなんて珍しくて雹が降りそうだ。
口にして初めて気が付いたが、どうして二人はたびたび怜良の前に現れるのだろう?
仮に、コルボーとエグレットが本物の悪魔と天使の使いだったとしても、彼らが地上に住むために、飼い主に選んだ蒼夜と天真までが、怜良を気に掛けるのはおかしい。確か天真は、二羽が悪魔と天使だというのは内緒にしなければいけないと言っていた。それって、彼らの言葉が分かるということだ。
コルボーとエグレットが力を使って伝えたとしても、どうしてクラス写真の彼らの顔ははっきりしないのだろう?
考えるほどに、異様なことが起こり過ぎている。果たして、怜良の母が亡くなったときに、彼らが居合わせたのは、本当に偶然だったのだろうか?
一度疑い出すと、おかしいことだらけだ。明菜が食べ物に目が無いように、真里菜はイケメンという言葉に異常に反応する。まるで何かに操られているのではないかと思うほど、理性を無くす。今、目の前の真里菜は、怜良にそっけない返事を聞かされて、みるにるうちに表情を変え、憎々し気に言った。
「嘘でしょ?私たちに良い思いをさせないように、隠しているんだわ。だってあなたはいつでも反抗的なんだもの」
怜良はまた一つ、深いため息をついた。正直この生活から抜け出したい。
父はこの状況に気が付くどころか、怜良が新しい家族に反抗的で馴染もうとしないという義母の嘘を信じて、こちらを責めるような目で見るときがある。中学を出たら働いて、家を出ようと思い詰めたこともあるが、就職の斡旋を頼んだ担任の先生から家に連絡が入り、自分たちへの嫌がらせだと泣く義母のせいで、進学せざるを得なくなった。
今すぐに家を出る方法の一つは、結婚することだが、家事に追われて恋愛なんて甘い気分にはなれず、誘われても放課後に遊びに行く時間もなかったために、恋人もいない。
それに、小さなころの無知な自分が望んだこととはいえ、王子と結婚しなければ、もっと不幸になるという呪いのような運命が付いて回る。自棄になったら最後、義母や義姉が、この家でやりたい放題するのを許すばかりか、不幸になった怜良を嘲笑う姿が目に浮かぶようで、絶対に避けたかった。
どうせ逃げるためにする結婚なら、嫌な相手だろうと王子を捕まえた方がいい。
最近投げやりになっていた自分自身や自分の運命の在り方を、蒼夜と天真に諭されて、努力してみようと思い直した。
蒼夜が言った他人にかしずかれるようになるという感覚が、どんなものかは分からないけれど、他人にこきつかわれている身としては、相手の気持ちを考えないで命令する鼻もちならない女だけにはならないつもりだ。
「蒼夜と天真に、お義姉さんたちが行ってもいいか聞いてみます」
自分が何を言っても義姉たちは気に入らないだろうと思った怜良が、緊急連絡網に載っている番号を探してスマホでかけた。
「はい。小暮です」
低くて張りのある声が怜良の耳に流れ込んできて、怜良は思わず肩を竦めた。
今まで意識しなかったのに、学校で蒼夜に泣いたところを見られて、幸せを見守っていると言われたのをきっかけにして、蒼夜の存在が心の中に住み着いてしまったようだ。
ドキドキしながら、事の次第を話すと、あっさりと連れてこればいいと言われた。
「怜良も大変だな。できれば真里菜が料理に目覚めて、自分で弁当を作るようになれば、少しでも楽になるのにな。何か力になれることがあれば、いつでも電話してこいよ」
お礼を言うのが精いっぱいで電話を切ったが、余韻に浸る間もなく、明菜と真里菜が結果を聞いて来る。許可を得たことを伝えると、舞い上がった二人が明日のことでギャーギャー騒ぎ始めた。最後には義母までが出てきて、関係ない二人がお邪魔しては…と言うので、怜良は止めてくれると思ってホッと息をついた。
「あちらのご家族だけに負担をかけてはいけないから、私も手伝いに伺うわ」
唖然と立ち尽くす怜良を置いて、義母たちは何かをひそひそと囁きながら、キッチンを出て行く。何かが始まりそうな嫌な予感に、怜良は身を震わせた。