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悪魔と天使のシンデレラ  作者: 風帆 満
3/20

新出怜良のシンデレラ化計画

 怜良の母親が亡くなってから六年、父の浩史と美智子が結婚して三年の月日が経ち、怜良は高校生になった。中高一貫のお嬢さん学校に通っていた怜良は、美智子が義母になってから、義姉たちが普通の中高に通っているのに、差別になるからという理由で、公立の共学の学校に転校させららた。

 それまでは女子校だったので、蒼夜も天真も日中は自分たちの世界で天使と悪魔の修行に励んでいたが、日に日に怜良のかわいさが増していき、周囲の男の子が放っておかなくなったことから、変な虫が付かないように監視するため、人間の姿で同じ学校に通うようになっていた。

 神と魔王が公的な情報と関係する人間を操ったので、怜良と蒼夜と天真は同じクラスのまま中学校を終え、高校に入ってからも同じクラスになり、三人を知る同級生たちをどれだけ強い腐れ縁なんだと驚かせた。


 日中忙しくなった蒼夜と天真は、高校が始まる前の早朝と、終わった後に修行を行う。時々気配を感じる悪鬼のことが気にかかった蒼夜は、魔術の他に、いざというときに怜良を護れるよう深影から戦う術を教わることにした。

 悪魔は二十歳までは人間と同じ成長をするが、それを過ぎると外見を若いまま保つことができるばかりか、あらゆる年齢に化けられる能力を得ることができる。

 今年一六歳になる蒼夜は、六年前とは見違えるように、ぐんと背も伸びて百八十㎝を超え、すらりとした身体は、実戦用に鍛え抜かれて無駄な筋肉がなく、動きも敏捷だった。

 早朝とはいえ、既に蒼夜は戦闘モードになっていた。鬱蒼とした魔の森の中で、一本の大木の木の枝に立った蒼夜が、耳をそばだてている。


 来る! と思った瞬間に身を翻した蒼夜は、元いた場所にシュンと電光が弾けるのを視界の端に捉えた。

 しなった枝の反動を利用して、反転しながら空中に跳び、隣の枝へと足が届いたとき、その枝が光の刃で断ち切られ、バランスを崩した。バサッと黒い大きな羽を広げ、大木の影に隠れた蒼夜が周囲を窺う。

 いた! 直観を信じて、蒼夜が身に付けたばかりの電磁波を角から送り、相手を動けなくしてからその木に飛び移ると、背後に回り込んで羽交い絞めにする。

 勝った! 喜びの声をあげようとした時、大きな片手で喉を締めあげられ、深影の幻覚術で騙されたことを知り、蒼夜は息苦しさに身を捩って呻き声をあげた。


「その幹は抱き心地がいいか?」

「ううっ‥‥‥チッ!もう放せよ。兄貴!」

 言うが早いか、打ち込んだ肘鉄も空振りするが、喉に回った深影の手を掴んだままの蒼夜が、後ろ向きに電磁波を送り、兄が動けなくなったのを見計らって、深影もろとも頭から地面に向かってダイブした。

「うわっ、蒼夜、やめろ!」


 ついに深影の手が蒼夜の首から離れた。その手を掴んだまま、にやりと笑った蒼夜が、深影に向き合うように身体を反転させ、バサッと翼を開いて落下速度を落とす。そのまま空中で羽ばたいて枝に着地し、深影を枝に下ろすと、念のために近くの枝に飛び移って距離を取り、様子を窺った。

「ふぅ‥‥‥やられた!強くなったな蒼夜」

「う~ん、でも、まだ十戦中三戦しか取れないんじゃ、褒められても素直に喜べないな」


深影が鼻を鳴らし、ちぎった葉っぱを硬く変えて、蒼夜に投げつける。

「悪魔の中で一、二の力を持つ俺に、3割も勝てたら上出来だ。贅沢を言うな!」

 蒼夜がふふんと笑いながら、強風に変えた息で向かってくる葉っぱの礫を吹き飛ばすと、思いがけず下の方から、痛っと呻く女の声がした。

 誰だ?と覗き込んだ深影と蒼夜の前に、女悪魔の愛楽(あいら)が頭を擦りながら飛んでくる。

 切れ込みの深いボディコンワンピからは、大きな胸の谷間がのぞき、きゅっとくびれたウエストから盛り上がるヒップラインは極上ものだ。思わず唾を飲み込んだ蒼夜には目もくれず、深影に向かって一直線に飛んできた愛楽が、ぱぁっと顔を輝かせた。


「おはよう愛楽。やけに早いお出迎えだな」

「だって、目が覚めたら、隣に深影さまがいらっしゃらなくて、寂しかったんですもの」

「明け方まで寝かせてやれなかったから、起こすのはかわいそうで黙って出たんだ」

 まぁ、と言いながら赤くなった頬を両手で覆った愛楽を見て、恥ずかしいのはこっちだと蒼夜は深影に文句の一つも言いたくなった。ムスッと黙り込んだ蒼夜を気遣いながら愛楽が深影に話しかける。

「レッスンはもう終わられました?」

「ああ、愛楽。終わったよ。今日は蒼夜にやられてしまった」

「それにしては、嬉しそうですね。いつも弟君を優先してかわいがられるのですもの、妬けちゃいます」

 口を少し尖らせ、拗ねたように軽く睨んだ愛楽を抱き寄せ、深影がふっと笑った。

「蒼夜、今日はここまでだ。愛楽の機嫌を取ってくる」

 蒼夜より一回りも大きな黒い翼を広げ、そこいらを闇に飲み込むような威厳を持つ深影が、甘い笑みをこぼして愛楽と共に魔宮へと飛び去った。


「この激しいバトルの前にも愛楽と一戦、後にも一戦交えるって、俺との戦いは骨休めかよ?兄貴の体力は底なしだな」

 感心して見送る蒼夜の視界に、ふと黒い影がよぎり、蒼夜は解いた緊張を再び呼び戻して構えた。

「蒼夜君、み~っけ!」

 声を聞いた途端、弛緩した蒼夜の身体に、飛んできたサキュバスの(まど)()が腕を伸ばして絡みつこうとする。

「何だお前か……くっつくなよ。暑苦しい」

「ひどいじゃない。蒼夜君をずっと探していたんだから、ちょっとは優しくしてくれたっていいでしょ?ねぇ、深影さまも愛楽とデートにいくみたいだし、蒼夜君も私と出かけない?」

 惑香がサキュバス特有のフェロモンを出して蒼夜を誘惑するが、蒼夜はキッと惑香を睨んで別の枝へと飛び退った。

「やめてくれ!お前にかかったら死ぬまで精を搾り取られるって話だ。俺は若死にしたくない」

「あら、人間の場合は弱っちいから欲に溺れて衰弱する人もいるけれど、悪魔のエネルギーなら、私は一、二回で満足できるわよ。試してみない?」

「俺はごめんだ!他を当たってくれ」


 蒼夜が羽を広げて飛び立つと、惑香はジャコウアゲハに変身して蒼夜の羽に取り付いた。羽にチリリとした感覚を覚え、蒼夜は惑香の存在に気が付いたが、そろそろ人間が活動する時間なので急がなければならない。魔城からも人間界の屋敷へと簡単に移動できるが、飛ぶことが好きな蒼夜は、監視も兼ねて空から向かうことが多い。ぐんぐんスピードを上げ、魔戒と人間界を繋げる渦巻く雲の中に飛び込んでいった。


 当然のことながら、魔界のものが人間界へ飛び出していけないように、通路となる雲の中にも結界が張ってある。人間が悪魔の力を利用しようとして呼び出さない限り、悪魔の中でも上位のものしか人間界へは出られない。それを知っている惑香は、蒼夜と一緒にいれば何とかなると思い、必死で蒼夜の羽にしがみついていたが、途中で結界の網にかかり蒼夜と引きはがされ魔界へと落ちていった。

「蒼夜君のばか~~~」

「あっ?俺は忙しいんだ。お前の遊び相手をする時間なんてないんだよ」

 惑香は確かにセクシーで男にとってはたまらない魅力があるが、蒼夜の目にはまだ開花する前の硬い蕾の怜良の方に気がいっている。というより、気がかりだ。

 結界の先に眩しく広がる地上の入り口が見えてきた。空間が歪むような圧力を受けた瞬間、蒼夜は悪魔の姿からトンビに変身して怜良の家に急いだ。


 森を抜けたところで日常に馴染むカラスに姿を変え、桜が満開の通りを見下ろしながら辿っていき、怜良の部屋の軒先に止まると、間を置かずにシラサギが隣に着地した。

「おはよう。天真。いい天気だな」

「おはよう。蒼夜。今朝も早くから深影さんと特訓をしてきたのですか?」

「ああ、苦戦したけれど、今日は勝ったぜ」

「それはすごいです。おめでとう!悪鬼がますます手を出せなくなりますね」

「うん。あっちこっちで、小さな悪さをしているみたいだけれど、奴らの性分からすれば普通なんだよな。六年前に見たあの性根の悪そうな悪鬼がどこに隠れているのか心配になる」

「悪鬼は人間の悪の感情を栄養分にして育つのでしょ?怜良さんの義母は結婚して幸せに感じていて、悪鬼は弱まったのかもしれません」

「性善説か……天真はやっぱり天使だな」


 ククッと喉で笑う蒼夜に、天真が白い羽でパシッと叩いて文句を言う。

「悪ぶっても僕には通じませんよ。蒼夜はあの悪鬼とは根本から違います。蒼夜は人間の心を理解して、寄り添うことができる悪魔です」

 何言ってんだ、と今度は蒼夜が黒い羽で天真にボディーブローを返したが、照れくささを隠すために力の加減ができず、まともに食らったシラサギが屋根から落ちて行った。

「ギャッ!」

 と鳴いた天真を追って、カラスが飛び降り、シラサギの尾羽をくちばしではさんで、何とか持ち上げ地面すれすれで激突を免れる。二人ともあまりにも動揺し過ぎて変身が解けてしまい、悪魔と天使の姿のまま低木の影に仰臥した。


 天真が文句を言おうとしたとき、玄関の扉が開き、真里菜が早くお弁当と叫ぶのが聞こえたので、二人は急いで角と尻尾、天使の輪と羽を引っ込めて成り行きを窺う。

「遅刻しちゃうわ。怜良ったら本当に愚図なんだから!早くお弁当を持ってきて」

「うるさいわね!自分のお弁当くらい自分で作りなさいよ!」

 怜良の怒りの声に蒼夜が頭を抱え、これだから惑香の相手をしていられないんだと呻いた。

「私はあなたと違って遠くの高校に行くんだから、お弁当くらい協力したっていいでしょ!冷たいわね」

「テレビとゲームに熱中して、勉強しないから遠くの高校しか受からなかったんでしょ。悪いのは真里菜で、私のせいじゃないわ。まだ一時間くらい寝られるのに、早朝から起こされてお弁当を作らされる身になってよ。怒りたいのは私の方よ」

「生意気ね。お母さんに言いつけるわよ!」

「言ってみなさいよ。二度と作ってあげないから。ほら、さっさと行かないと遅刻するわよ」


 キ~ッと歯噛みして、地団駄を踏む真里菜の前で怜良がバタンとドアを思いっきり閉めた。ドスドスと地面を踏み鳴らしながら真里菜が駅へ向かうのを見て、今度は天真が深いため息をつく。

「プリンセスのイメージからどんどん離れてしまってますね」

「うん。あの母娘に対抗するために強くなるのは仕方ないけれど、あれじゃあ、プリンスに会った時に選ばれる可能性は限りなく0に近いな」

「……ですね。何とかしないと。中学校時代はまだ女子校の名残があって、お嬢様って感じだったのに」

「ああ、俺たちが同じクラスに転入していった時に、怜良が目をウルウルさせて、母が亡くなった時はお世話になりましたって頭を下げただろ。あん時は、ほんとうに何て良い子なんだって思ったけど、今じゃ……」


 ああ、と大げさに芝生に身を伏せようとした蒼夜の目に入ったのは、蒼夜たちの通う高校指定の靴だった。

 見上げると、長い髪を無造作に頭上でくくった怜良が、両手を腰に置いて、しかめっ面で見下ろしている。

「蒼夜、他人ん家の庭で、こんな朝早くから何やってるの?不法侵入者がいると思って通報するところだったわよ。天真も従弟なんだから、蒼夜が無茶しないように見てあげなくっちゃ」

 蒼夜と天真が顔を見合わせ、選ばれる確率は0%だなと囁き合う。

「何?なんか文句ある?」

「いや、ない」

「僕もありません」

「じゃあ、私、お弁当の後片付けと、朝食の支度があるから」

 怜良が立ち去ろうとするのを蒼夜が止めた。


「おい、ちょっと待てよ。お前、あのガリガリ真里菜の弁当の他に、家族の朝食まで造ってるのか?」

「そうよ。簡単なものだけどね」

「あのお色気おばさんは作らないのか?前はお前の父親を餌付けするために、せっせと朝食を運んでたろ?」

「結婚したら、ころっと変わって……って?どうして、お義母さんが朝食を運んでいたのを知っているの?」

「えっと、そのだな‥‥・あの、えっと、ほらあれだ。なぁ、天真」

「えっ!? 僕?その、あの、えっと、そうなんです。今日みたいに朝の散歩をしていて……」

「そうだ、散歩だ。腹が減ってるところに、良い匂いがしたと思ったら、餌が」

「じゃなくて、見えたんです。あの三人が」

 ああ、そういうこと。と怜良が頷いたのにほっとした蒼夜と天真は、これ以上墓穴を掘らないうちに退散することを決め、後で学校で会おうと手を振ると、そそくさと新出家の庭を出た。


 まだ早朝で辺りに人がいないことを確かめて入り組んだ路地に入り、垣根と垣根の間でカラスとシラサギに変身して、空に舞い上がる。

「ああ、びっくりした。どうなることかと思ったぜ」

「それは僕のセリフです。急に振らないでください」

「ごめん。機転のきく天真がいてくれて助かった。それにしても、怜良はだんだん上品だとか、女らしさが無くなって、下女って感じになっているのが心配だな」


 青い空を飛びながらシラサギがこくこくと頷いた。

「ええ、普通なら料理を作るのは女子力が上がっていいのでしょうけれど、プリンセスには家事能力は必要ないですからね」

「誰かに!貢がせるぐらいの手管をあのおばさんから教わればいいのに」

「う~ん。怜良さんはかわいいですから、そんな技を磨いたら変な男が群がりそうです」

「だな。じゃあさ、色気じゃなくて、今は怜良のために、代わりに料理をしてやろうって男が現れれば、女の子として尽くされる気分を知って、少しは自分磨きに精を出すんじゃないか?」

「それいいですね。クラスで料理男子がいないか探ってみましょう」

 天真の同意に気分を良くした蒼夜が、それなら、さっそく作戦を立てようと飛ぶスピードを上げる。その後をシラサギがあたふたと追っていき、あっという間に館に到着した。


 館の西側の風除けの影に降り立ち、変身を解く。一方はカラスから黒い髪に切れ長の目をしたワイルドな容姿の蒼夜に、もう一方はシラサギから陽に透けて金茶に輝く髪と色素の薄い目に合う甘めの顔立ちをした天真に戻り、揃って屋敷の中に入っていく。

 成長するにつれ、二人の背丈は同じくらいに伸びたが、外見の違いが明らかになっていった。全く正反対の二人が、学校で従兄同士と名乗るのも無理があるのではないかと深影やアンジェが心配したが、それは杞憂に終わった。


 ついこの間入学した高校で、目立つ蒼夜と天真が従兄同士だということが、同じ中学校出身の同級生から漏れた時、聞いた生徒たちは最初こそびっくりするものの、ハーフは日本人とは異なるのだろうという意見に落ち着いたのだ。

 それに加え、蒼夜と天真の両親が海外にいて、蒼夜は兄と、天真は姉と一緒に、四人が一つ屋根の下で暮らしていることも伝わったようで、同級生の目には、親から独立している蒼夜と天真が自由で強い存在に映ったようだ。ほとんどのクラスメイトが蒼夜たちの住んでいる家に来たがったことを思い出した蒼夜は、ふとある案を思いついた。


 入り口で急に立ち止まった蒼夜にぶつかりそうになった天真が、どうした?と尋ねた時、玄関ホールにしわがれた声が響きわたった。

「ぼっちゃま、天真さまも、お帰りなさいませ」

 羽音を聞いたスケルトンが、カクカクと骨を鳴らしながら、西側の出入り口まで迎えに来た。ぼっちゃまはもうやめろと言っても、まだまだやんちゃな性格の蒼夜は、スケルトンにとっては小さな坊やに見えるらしい。仕方がないのでそのままの呼び方を許している。


「ただいま。スケルトン。腹減った」

「ただいまスケルトンさん。朝早くからお出迎えをありがとうございます」

「いえいえ、これが私の仕事でございますから。それにしても天真さまは、天使だけあって、さすがに言葉遣いも上品でございますね。蒼夜ぼっちゃまも……」

 話を続けるスケルトンの脇を、蒼夜が朝食は何かな~と言いながら、黒と白の二つの階段の真ん中にある両開きのドアを開けて大広間に入っていく。

「ぼっちゃま、話の途中で逃げないでください」

 追ってくるスケルトンをうろんげに見ながら、蒼夜が鼻を鳴らした。

「悪魔が丁寧語使ってどうするよ?悪だくみをする人間が呪術の円陣を描いて、悪魔を召喚したときに、お呼びでしょうか?私が悪魔でございますっていうのかよ?」

 揉めている二人を止めようとした天真が、蒼夜の言葉を聞いた途端に噴き出した。

「そ、それは見ものですね。迫力不足で人間の方が頼み事をするのを渋るかもしれません」

 言いながら、ヒーヒー笑っている天真に軽く肘鉄を食らわせ、蒼夜が大広間を抜けて隣のダイニングに入っていく。


「あれ?アンジェ来てたの?朝早くから何かあった?」

「おはよう蒼夜。別に何も用事は無いけれど、困ったことがないか顔を見がてら寄ってみたの。でも、天真のあの様子では問題は無いみたいね」

「ああ。大丈夫‥‥‥・っと、そうだ!この家にクラスメイトを呼んでも大丈夫かな?」

「それは、まぁ、二階に行かなければというか、実際行けないけれど、一階だけならいいんじゃないかしら。でも今までそんなことを言い出したことがないのに、どうしたの?」

「うん、実はさ、怜良が未来の王女にふさわしくなるように手を貸そうかと思うんだ。今はわがままな義母や義姉に食事を作らされたり、用事を言いつけられて、まるで女中みたいにこきつかわれているだろ。だから手始めに、手料理を持ち寄るパーティーを開いて、怜良のために尽くす料理男子でも探そうと思うんだ」


 笑っていた天真と、文句を言っていたスケルトンまでがピタリと静かになり、アンジェと一緒に賛成の声をあげた。

「良いアイディアですね!」

「だろ?怜良の境遇をかわいそうだと思わせれば、朝五時だろうが夜だろうが、せっせと得意な料理で怜良を助けるんじゃないか?」

「で、でも蒼夜‥‥‥」

 ノリノリの蒼夜が突っ走らないように、天真が口を挟むのはいつものことで、蒼夜が横眼で睨んでから、顎をくいっと上げて続きを要求する。

「もし、その男の子に怜良さんが本気になったらどうしますか?プリンスと結ばれないと、怜良さんは幸せになれないんですよ」


 むきになって反論するかと思いきや、蒼夜が天真の肩に両手を置いてがくっとうなだれた。

「お前さ~。一六歳で結婚はしないぞ。女はできるかもしれないけれど男は一八歳じゃないとできない。まだ二年あるんだから怜良だって男のあしらい方を覚えた方が、いざというときの訓練にもなるだろ?お前の言う通り、怜良が王子じゃない奴に本気になったら、俺たちが邪魔をして仲をぶっ壊せばいい」

「恋仲を裂くなんてことしたら、僕は堕天使になりそうです」

「大丈夫だって!人間は移り気だからな。いざとなったら俺だけで二人の仲を裂いてやるから安心しろ」

 ぐっと黙ったものの、疑いの目で蒼夜を見ている天真の様子に、アンジェがやれやれと肩を竦める。

「行き当たりばったりで突っ走る蒼夜と、心配性で石橋を叩いて渡る天真の役割はいつまでたっても変わらないのね。ところで、クラスメイトを誘うなら私も何かお手伝いをしましょうか?当日は姉として出迎えたり、飲み物や皿を運んだりするとして、深影はどうするのかしら?」

「兄貴かぁ……。アンジェはちびっこ天使たちを面倒見ているから、こういうの任せても大丈夫そうだけれど、兄貴はやんないと思うぞ。普段執事のスケルトンや、眷属(けんぞく)にかしずかれているからな」

「まぁ、いかにもって感じね」


 アンジェの言葉に頷きながら、天真が相槌をうつ。

「俺様で亭主関白みたいなのは、今の世の中嫌われるのに」

「誰が嫌われるって?」

 背中を直撃したバリトンに天真が身を竦め、恐る恐る振り向くと、頭からは黒い角、背中には大きな黒い翼を生やした堂々たる体躯の美丈夫が、天真を見下ろしてにんまり笑っている。

「み・深影さん、お・おはようございます」

「ああ、おはよう天真。おはよう諸君。陰謀の匂いに惹かれてやってきたが、お前たち朝から、何の悪だくみをしている?」

「兄貴、早いな。愛楽のご機嫌を取るんじゃなかったのか?」

「昨夜たっぷり相手をしたんだ。今朝はほんの少し時間を割いてやるだけで満足して帰ったよ」

「ふぅん。ひょっとして亭主関白じゃなくて、かかあ天下になるかもな」

「何の話だ?私はまだ一人に絞るつもりはないぞ。それに女に優しくしてやるのは古今東西、天地人界に限らず当然のことだろ?」

「そんなもんか?まぁ、そういうことにしとこう。ところでさ、ちょっと手伝って欲しいんだけど」

「内容にもよるがどんなことだ?」


 そこで蒼夜は、今の怜良の現状と、打開策を深影に話して聞かせた。

「自慢料理の持ち寄りパーティーを開くときに、家の者が不在だとまずいだろ?兄貴は料理しなくていいから、保護者やってよ」

「うぅむ……人間に化けた姿を大勢の前に晒すだけでなく、ガキどもに愛想を振りまかなければならないんだな?」

 渋っている深影にアンジェが鼻を鳴らして言った。

「居たってふんぞり返っているつもりなら邪魔なだけよ。私が当日の接待もしてあげるし、二人に簡単なレシピも教えてあげるわ」

 天真がアンジェに満面の笑みを浮かべてお礼を言うのに対し、蒼夜は俺も作るのと微妙な反応を見せる。天使側の優勢を見た途端、深影ががぜんやる気を出して、蒼夜には自分が料理を教えると言い始めた。

 まんまと二人の大人を作戦に巻き込むことに成功した蒼夜と天真は、二人に気づかれないようにこっそり目配せをしてガッツポーズを決める。

当日は仲の良い家族を演じることを条件にして、それぞれの先生にレシピを伝授してもらうことが決まり、蒼夜と天真が学校へ行くまでに、四人は大まかな計画を練った。



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