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悪魔と天使のシンデレラ  作者: 風帆 満
2/20

忍び寄る影

 蒼夜と天真が出会ってから一か月が経った。

 その間、怜良を見守るために、蒼夜も天真もそれぞの住処から日中は地上へと通っていたが、深影とアンジェが相談して二人が住む家を用意してくれたらしい。

 天上の使役たちと、地底の使役たちを総動員して建てた屋敷は、怜良の住居からゆっくり飛んで十分、超飛行では五、六分の場所にあるということだ。


 今日はその屋敷の場所を確認するために、怜良の家の屋根で天真と待ち合わせ、鷹の深影の後をカラスの蒼夜とシラサギの天真がついて行くことになった。もし人間が気が付けば、カラスとシラサギに追われる鷹の姿は、弱肉強食の相関図を覆す驚くべき光景だったろう。

 だが、もともと丘陵地を開拓してできた街は、少し飛べば森林が広がっていて、隠れ蓑にはもってこいの場所だ。カラスとシラサギが急降下したり、急上昇したりと入り乱れて飛ぶさまを、深影がしょうがない奴らだとあきれ顔で見守っている。その横にどこから飛んできたのかオオハクチョウも加わって、お目当ての屋敷へとたどり着いた。


 開拓地から、さらに奥まった森の中に建つ屋敷の前の道を通るのは、犬の散で遠出し過ぎて迷った者か、夜間にちょっと車を止める場所を探すカップルぐらいで、辺鄙な場所が急に開け、立派な門に囲まれた広い庭付きの屋敷が出現したところで、以前からあった建物かどうか彼らが知る由もない。左右対称のウィングを持つ洋風の館を、お金持ちの別荘だろうかと眺めはするが、すぐに元の道を探すことに気を取られるので、また来ようなどと思う者もいなかった。


 その場所に、深影を先頭とする三羽が飛来して、空から鬱蒼と茂る森を見渡し、誰もいないことを確認すると、門の内に降り立った。

「ほら、ここがお前たちの家だ」

 変身を解き黒い装束に身を包んだ深影が、変身中の蒼夜たちに声をかける。まだ羽が半分出ている腕で日光を遮りながら、蒼夜が二階建ての館を見上げた。

「すっげー!大きな家だな。ここに俺と天真の二人だけで住むのか?」

「蒼夜君、お化けがでそうで、僕怖いです」

「何言ってるんだ?天真。悪魔の俺様と暮らすんだろ?、お化けなんて飛んで逃げてくから大丈夫だよ」

「ほんとですか?蒼夜君は頼もしいですね。だったら、二人でも大丈夫です」

 そんな二人の話を聞いて噴き出したアンジェが、まさか、子供だけで住まわしたりはしないと言いながら、館の中に入るように促す。


 曲線豊かな真鍮の門から屋敷へと続くアプローチには、天然石の敷石が施され、その両側には奇妙な生き物を模ったオブジェが等間隔に置かれているが、これらは来訪者の動きを見張り、怪しい者が忍び込めば、唸り声や動作によって脅かして追い払う役目も担っている。

 三メートルほどの高さのアンテーク調の扉を開けると、アラベスク模様が刻印された黒みがかったシームレスストーンと、アイボリー色のライムストーンが交互に置かれて市松模様をなしている広い玄関ホールがあった。


「ゲーム盤みたいだな。天真の使役と俺の使役を使ってボードゲームができそうだ」

「ホールの先にある階段の上から指示すれば、できそうですね。でも、どうして白と黒の二つの階段があるのでしょう?」

 それはだな……と深影が説明を始めた。

「屋敷の外から見れば分かるが、この屋敷には西ウィングと東ウィングがある。一階部分は蒼夜と天真の共用スペースで自由に行き来ができるが、二階部分は完全に分かれているのだ」


 よく見ると、ホールの左右から中央に寄るようにゆるやかなかーぶを描いて上へと続く白黒の階段の到着部部には、深影が言ったように真ん中に壁があり二階のフロアを完全に遮断している。白の階段は東ウィングだけに繋がり、黒の階段は西ウィングだけに繋がっていた。どうしてだろうと首を傾げる蒼夜と天真に応えて、深影が先を続ける。

「東ウィングには天界へ、西ウィングには地界へと続く部屋がある。我々や使役たちが混じらぬように……おい、こら、蒼夜!話をを最後まで聞け!」

 深影の話の途中で、天界に遊びに行けると思った蒼夜が、天真の手を引っ張って白い階段をめがけて走り出した。


 ところが、白い階段の手すりに手をかけようとした瞬間に、蒼夜の身体は弾き飛ばされ、後ろに続いていた天真にぶつかり、二人とも悲鳴をあげながら後ろに転がった。

「だから待てと言ったのに‥‥・」

 深影が首を振りながら、言葉を続けた。

「我々、悪魔や天使、そしてその使役たちがお互いの世界に入れぬように、結界が張ってある。天真は白い階段を上れても、蒼夜は今のようになる。逆も然り。天真は黒い階段を上ることはできない」

「でも、兄ちゃん。俺たちは羽があるから階段は必要ないぞ。直接2階のホールまでひとっ飛びできる」

「やってみるか?ただし、この建物は高さがあるから、落ちるときの受け身は取れよ」

「……うっ……ん」

 少し怖気づきながらも、深影の脅しに屈したと思われたくない蒼夜が羽を伸ばそうとしたとき、横から手を伸ばしてきた天真にガシリと腕を捕まれた。。

「蒼夜君、やめましょう。どうやってもお互いのスペースには入れないようになっているんですよ。でなければ、天界と地界が繋がる出入口を一つの建物に作るわけがありません」


 相当な高さにある二階のフロアを見上げた蒼夜は、先ほどのように強い力で、あの高さから一階の石の床に叩きつけられた瞬間を想像して身震いしそうになった。天真が止めてくれたのを、これぞまさしく天の助けだ……と心の中でとんちんかんなことを呟きながら、渋々という態度で頷く。

「う、うん。そうれもそうだな」

 蒼夜の諦めた様子に、ホッとした天真が笑顔になった。

 そんな天真の頭をよしよしと撫でながら、アンジェが二人の今後について話し始める。

「怜良はまだ小学生だし、エスカレーター式のお嬢さん学校に通っているのだから、日中あなたたちの監視は必要ないはずです。彼女が学校に通っている間は、あなたたちもそれぞれの世界で精進できるように勉強をしなさい」


「ええ~っ!」

 不満気な声を出した蒼夜を目で諫めて、アンジェが続きを話す。

「食事や身の回りの世話は、そちらの執事のスケルトンさんや、こちらのシェフなどがする予定です。保護者がいないことが人間たちにばれると厄介なので、天真には私が神谷アンジェとして姉の役をします。そちらはお二人とも兄弟のまま、苗字はコーグレを小暮と呼ばせる……ので良かったですね?」

 間違いはないかとアンジェが深影に視線で問いかかけ、深影が頷いたとき、天真が納得しかねる様子で質問をした。

「待って!アンジェと僕は明るい髪と目の色だし、蒼夜は黒髪だけど彫が深いから、どうやっても純日本人には見えません。それに一緒に住むなら、どういう間柄にするのですか?」

「良い質問ね。私と天真、深影と蒼夜の母は外国人で姉妹にすれば、私たちはハーフで、従兄の関係になるわね。両親は海外に住んで、会社を共同経営していて定期的に帰国。親に代わって、成人している商社マンのの兄と、OLの姉が、自分たちの弟を面倒を見ている。一緒に住んでいるのは面倒みるのに都合がいいから。っていうのはどうかしら?」


 従兄?と蒼夜と天真はお互いに顔を見合わせたが、途端にブハッと噴き出した。

「悪魔と天使が従兄同士だってよ。似てないよな」

「蒼夜君はいかにもガキ大将で、僕は見るからに優等生で堅物って感じですしね」

「俺がガキ大将って、酷くないか?それに自分で優等生なんて言うなよ。俺に対しての当てこすりみたいじゃないか」

「えっ?僕、そんなつもりで言ったんじゃありません。蒼夜君は行動的でリーダーシップがあって、真面目すぎる僕よりずっと面白くて、かっこいいです」

 天真が真剣に言うのを聞いて、心なしか顔を赤らめた蒼夜が、天真の背中をバシバシと叩きながら冗談だよと言った。

「お前は本当に擦れてないんだな。俺もお前のそういうところ嫌いじゃない。俺から見たら、真面目が似合うのは頭が良い証拠だし、そっちの方がカッコいいと思う」


 照れ合う二人を間に挟み、深影とアンジェが目を合わせて笑った。

「私とアンジェは任された仕事をしに、地界と天界に戻るが、蒼夜と天真はどうする?」

「俺は天真と、この辺を少し散策したい」

「僕も家の位置をしっかりと把握したいから、蒼夜といます」

「分かった。ではこれを……」

 深影がストレートに伸びた黒髪を一本抜き取って輪にすると、息を吹きかけて細いブレスレットに変えて蒼夜に渡す。それに倣うように、アンジェも自分の金髪を同じように指で丸めて息を吹きかけ、ブレスレットにして天真に渡した。

「お前たちに危険が迫れば、そのブレスレットが教えてくれる」

「でも、無茶をしないでね」

 蒼夜と天真が分かったと返事をするのを聞くと、深影とアンジェは背を向けて、玄関ホールの端と端にある黒と白の階段へと歩き出す。階段を上るほどに二人の距離は近づき肩を並べるが、決して交わることの無い二階の空間へと消えて行った。


 静まり返ったホールに取り残された蒼夜と天真は、お互いの種族の間に、見えている壁以上の隔たりを感じたせいで言葉もなく二階を見上げていたが、沈黙に耐えかねた蒼夜が、ふぅ~と息を吐きだし、天真の顔を覗き込んだ。

「なぁ、いつかあの壁を壊して、俺たちがずっと一緒にいられるようになればいいな」

 無邪気な言葉につられて天真が笑いながら、そうですねと頷く。

「昇進試験が終わっても、僕は蒼夜君とずっと一緒にいたいから、神様に頼んでみるつもりです。蒼夜君もお父上の魔王様に頼んでみてください」

「うん、分かった。兄ちゃんを味方につければ大丈夫だと思うから、俺、兄ちゃんのご機嫌を取るようにする。そうだ、人間はそろそろ起きて活動する時間だろ?怜良を見に行かないか?」

「今日は休日だから、まだ眠っているかもしれませんよ。でも、ここから、あの家までの空路も完全に覚えたいし、行きましょう」

「よし、競争だ!超飛行で怜良の家に行くぞ」


 ボンとカラスに変身した蒼夜に続き、天真が慌ててシラサギに変身する。羽ばたこうとして、いつもの城と違って開いている窓が無いことに二人が気が付き、あたふたとしていると、階段下の両開きの扉が開き、執事のスケルトンがカクカク関節を鳴らしながら走ってきた。

「ぼっちゃま。玄関ホールの西側に扉があります。風よけがついていて、外からは見えないので、これからはその扉を出てから変身なさってください」

 そう説明しながら、西側の扉を開けて蒼夜と天真を外へ出してくれた。

「カァ~『ありがとう。行ってくる』」

 スケルトンに挨拶をすると、蒼夜は力強く羽ばたいて一気に上昇する。森に遮られていた風が木を越すと途端に強く吹き付ける。まだ、三月の気候は肌寒く上昇するほど、空気は冷たくなるが、川に差し掛かると、土手に咲いている花が春の色を散らしていた。


 ほどなく天真が追いついてきたので、蒼夜も負けじと羽を動かす。普通はシラサギの方がカラスより身体が大きいが、天真はまだ変身の術を身に着けたばかりで、子供の体格に見合った小ぶりのシラサギだ。同じ子供でも、蒼夜は、城から出て外を見たいばかりに、早くから変身の術を身に着けたので、大型のカラスに変身することができ、二人の大きさはほぼ同じだった。

 天界と地界の間に壁はあっても、地上の空間には二人を隔てるものはない。飛びながら顔を見合わせ、自由の声を思いっきり上げる。そうこうするうちに、あっという間に怜良の家の屋根が見えてきた。


 ところが、怜良の家と道を挟んで建つ二階建てのアパートの一室の窓から、良からぬ気配が立ち込めているのを二人は感じ取り、何が起っているかを確かめるために、「高木」という表札がかかった部屋の屋根に着地した。

 二階の真ん中辺りにある窓は閉められているが、壁の薄い造りなので、住人の声は駄々洩れだ。複数の女性の声の中に怜良という名前を聞き取って、蒼夜と天真がベランダにそっと降り、レースのカーテン越しに中を覗いた。


「お母さん、うちは貧乏なのに、どうして怜良と浩史おじさんの朝食を毎朝作ってもっていくわけ?」

 中学生くらいのふっくらとした女の子が口を尖らせて、朝食をパッキングしている女性に文句を言っている。

「怜良ちゃんのお母さんは私の従姉だったのよ。お母さんを亡くしたばっかりの怜良ちゃんを、明菜は可哀そうだと思わないの?」

「何を聖人ぶっているの?お母さんはいつもあのおばさんと自分を比べて、私の方がきれいだとか、上品ぶって何もできない女と、甘やかされた世間知らずの娘って悪く言っていたじゃない。今更ころっと態度を変えたって気色悪いだけよ」

「お姉ちゃんの言う通りよ。毎朝早くから起きて手伝わされる私たちにはいい迷惑だわ。私は朝が弱いんだから、休日ぐらいもう少し寝かせてよ」

 ふっくらした姉とは対照的にガリガリに痩せた妹が、神経質そうな顔を更に不機嫌に歪ませながら、姉の援護射撃を開始する。すると母親の美智子が末娘をギロリと睨み、本性を現したように口調を一変させた。


「真里菜。あんたはすぐに顔に出るから作戦がバレないように言わないつもりだったけど、仕方がないから教えるわ。男の人を落とすには、胃袋を掴めって言うことわざがあるの。意味分かるわね?」

明菜と真里菜が顔を見合わせ、意地の悪い笑みを浮かべた。

「つまり、これは餌付けなのね?」

「そうよ明菜。こんな狭いアパートに住んで、あんたたちを育てるために安い賃金でパート勤めをするなんてうんざり。あなたたちも、自分だけの部屋が欲しいでしょ?」

 楽し気な様子で頷く二人に、分かったのなら……と、美智子がしっしっと野良猫を追い立てるように手を振りながら娘たちを急かす。

「文句ばかり言ってないで、協力しなさい。真里菜も早く着替えて!揃って朝食をもっていくわよ」

「分かったわ。そういうことなら、早く起きるように努力する」


 真里菜が自分たちの部屋へパタパタと音を立てながら走っていく姿を見て、蒼夜と天真は怜良の家の屋根に移動した。

「蒼夜君。どうしましょう。あの人たちの周りに、悪だくみとは別の禍々しい気配が漂っています」

「天真にも感じられるんだな。あれは低級の悪鬼が集まっているんだ。アジア地区に住んでいる魔族で、悪い人間の気配に敏感で、人間をそそのかして大事を起こすことがあるらしい。俺たちは人間からの依頼で動く悪魔だけど、あいつらは自分本位で人を貶めるのを楽しんでいるんだ。俺たちの悪魔社会に入ろうともしない厄介者だって兄ちゃんが言っていた」

「じゃあ、僕が聞いている悪魔の悪い噂の中には、悪鬼の悪行も入っているかもしれませんね。あっ、高木母娘(おやこ)が出てきました。こっちに来るけど追い払いますか?」

「う~ん、朝食の配達は毎日続けているみたいだからな……怜良の親父がその気にならなければ何ともないんじゃないか?あんな性悪女に簡単に引っかかったりしないだろう?」

「そうれもそうですね。あの姉妹も怜良ちゃんと二、三歳しか違わないのに、相当擦れてますからね。父親がいないから苦労して大人になったんじゃなくて、あれは元から性根が悪そうです」

「アハハ……天真も言うな。まっ、俺たち子供にも分かるくらいだから、大人の男が騙されることはないだろう」

 しばらく様子を見るということで、二人の意見は一致した。


 ピンポーン 

 インターホンを高木母娘が押すと、ハイと男性のくぐもった声がする。

 蒼夜と天真は、怜良の母親が亡くなった時に、駆けつけて怜良の名前を呼んだ男性の声と同じであることから、その男性が父親の浩史だと分かり、冷たくあしらう様を予想して、ワクワクしながら屋根の上から見守った。

 ガチャっとドアが開き、休日の朝なのにさっぱりとした恰好の男性が現れる。美智子がおはようございますと言いながら、お盆に載せた朝食を愛想よく差し出すと、浩史が相好を崩しながら受け取った。

「いや~っ、いつもすみません」

 えっ?何で?目を点にした蒼夜と天真の真下で、空耳かと思うような言葉が続く。

「いえいえ、私も従姉を亡くして悲しい気持ちは同じですから、怜良ちゃんを少しでも元気づけられたらうれしく思います」

「助かります。私は家事など手伝ったこともなくて、卵焼きも焦がしてしまうので、怜良がクッキングサイトを見ながら食事を作ってくれるんです。母親を亡くした悲しみに浸れる間もないくらいに家事をやらせてしまうから、不憫で……」


 なで肩のカラスの肩を、更にガクリと落としながら、蒼夜が雄って悲しいなと呟いた。

隣のシラサギもため息をつきながら同感ですと答える。

 二人を更にがっかりさせたのは、守ってやるはずの怜良だった。

「あっ、美智子おばさん。おはようございます。いつも美味しい朝食をありがとうございます。明菜ちゃんも、真里菜ちゃんも上がって一緒に食べませんか?」

「いいの?嬉しいな。お母さん私たちの朝食ももってくるわね」

 ふっくらとした身体を、いつもと違って機敏にUターンさせた明菜に向かい、美智子が迷惑になるからダメよと止めた。だが、浩史はそれが上辺だけの制止とは気づかない。

「せっかく作っていただいたのですから、宜しければどうぞご一緒に。食事は大勢の方が楽しいですから、高木さんも娘さんたちといらしてください」

 まぁ、そんな‥‥・と身をくねらす美智子の背後で悪鬼の気配が濃厚になり、少しずつはっきりした形になりつつあった。


 眉をひそめながら、ヤバいなと蒼夜が漏らす。

「あいつら、あのおばさんと娘たちに取り憑こうとしている」

「黒い人型になりましたね。つり上がった赤い目が光っていて不気味です」

 天真の言葉が聞こえたように、光る目が蒼夜たちを探して屋根に向く。どきりとした二人を射す赤い光が笑ったように細められ、蒼夜と天真の総毛が逆立った

「すごい妖気だ。あのおばさんたちの性格の悪さを栄養分にして育ってるんだな」

「深影さんとアンジェに知らせますか?」

「うん。今は仕事をしていると思うから、邪魔はしたくない。今まで俺たちのことで散々迷惑をかけているしな。とりあえず、高木母娘が怜良から離れるまで、今日は張り付いていようぜ」


 アパートに戻って行ったと思った高木母娘は、すでに用意してあったのか自分たちのお盆を持って、すぐに怜良の家に引き返してきた。

 リビングに続くダイニングの大きなテーブルを囲って、五人が仲良く食事を始めるのが窓越しに見られ、蒼夜と天真はヤキモキした。

 食事が終わると、示し合わせたように明菜と真里菜が怜良を誘って怜良の部屋へと姿を消し、浩史と美智子を二人っきりしてしまう。でも、蒼夜と天真ではどうすることもできず、二階の怜良の部屋を覗き込める軒先へと移動した。


 明菜と真里菜は部屋の中を見回しながら、最初こそは遠慮がちに気になるものを見せてと頼んでいたが、そのうちに勝手に手に取って品定めを始めたようだ。

「うわぁ~。この服可愛い。ねぇ、私に似合うかしら?」

「お姉ちゃんにはサイズが小さすぎるわ。ただでさえ横幅が違うんだから。私の方が似合うと思う」

「何よ!真里菜が着たら、服に棒が突き刺さっているみたいに見えるわよ」

 二人は怜良の服を破れそうな勢いで引っ張っている。かと思うと、鏡台の上に置いてあるアンティーク調の美しい手鏡を手に取り、きれい!と騒ぎ出す。

「ねっ。これちょうだい!」

「お姉ちゃんずるい。それは私が先に見つけたのよ」

「うるさいわね。二人で使えばいいじゃない。怜良ちゃん、いいでしょ?」

「あの……ごめんなさい。それはママが私にくれたもので……」

 形見だからと続けようとした怜良を明菜がキッと睨みつける。

「確かにお母さんが亡くなって間も無いから寂しいかもしれないけれど、私たちにだってお父さんがいないから境遇は同じよ。なのにあなたばかりが大事にされてずるいわ」

「そんな……」


 まだ十歳の怜良には三歳年上の明菜に逆らえるはずも、上手く言い逃れる方法もなく困り切っていると、軒先からカラスが顔を覗かせ、文句を言うようにギャーギャー騒ぎ始めた。

 明菜が窓を開け、手にした鏡を振り回して、うるさいと言いながらカラスを追い払おうとすると、真里菜がお姉ちゃんこれ見て!きれいと感嘆の声をあげるのが聞こえる。真里菜が鏡台の引き出しから取り出したのは瀟洒な小瓶。天真が与えた願いを叶える小瓶だった。


「あっ、それはダメです!返して!」

 怜良が真里菜に向かって駆け寄った時、姉の明菜がこっちこっちと手を振ったので、真里菜が明菜に向かって小瓶を投げる。大きな身体の明菜は運動が苦手なので、掴もうとして伸ばした手は小瓶に届かず、太陽の光を浴びてきらめきながら小瓶は放物線を描いて窓の外に飛んでいった。慌てた明菜は鏡までも外に放り出してしまうが、その鏡を潜り抜け、黒い影が地面に向かって墜落するかのような勢いで飛んでいくのが見えた。


「ああっ‼天使の小瓶とママの鏡が……」

 口を押えて目を見張る怜良に、明菜と真里菜が素直に渡さないあんたが悪いと開き直って文句を言い始める。怜良は二人をかき分けて自分の部屋を飛び出し、階下に降りて庭に走り出た。

 怜良が目にしたのは、芝生の上に散らばる鏡の破片とフレームだった。

「ママ‥‥‥」

 跪いてフレームを手にした怜良は、震える指で鏡の破片を拾い、フレームの上に置いていく。怜良の後を追ってきた明菜と真里菜がその様子を見て、あてつけがましいと文句を言うのが聞こえた。


 目の前が滲んでぽとりと涙が落ちた先に、涙とは違う光るものが視界に入り、怜良が目を向けると、なんとそこには、クリスタルの小瓶を咥えた一羽のカラスがいた。

 びっくりして固まった怜良に、カラスがぴょんと跳んで近づき、まるで小瓶を差し出すように伸びをしながら首をあげる。

「割れてない。あなたがキャッチしてくれたの?」

 怜良が涙のついたまつ毛を瞬かせながらカラスに聞けば、カラスが胸を張ってウンと頷く。怜良の泣き顔がパッと笑顔に変わり、かわいらしい声でありがとうとお礼を言うと、カラスが照れたように軽く羽ばたきをした。


 カラスの動作に微笑んでいる怜良の腕を、ツンツンと突っつく者がいる。今度は何だろうと怜良が振り向けば、信じられないことに、シラサギがくちばしに鏡の破片を咥えて差し出してくる。あまりのことにびっくりして目を見張った怜良が、おずおずと両手を出すと、片方の手に小瓶が、もう片方の手に鏡の欠片が載せられた。

「あ、ありがとう。鳥さんたち」

 はとこの姉妹からとんでもない仕打ちを受けた後の鳥たちのやさしさが胸に沁みて、両方の掌を交互に見つめた怜良の瞳から、大粒の涙が滴った。


 途端にびくりと震えた鳥たちが、ギャーギャーと騒ぎ始めた。

「カァ~ッ。カァ~『おい、おい、俺たちは手伝ってやったんだ。何で泣くんだ?』」

 慌てて怜良の周りを飛び跳ねだしたカラスに同調するように、シラサギも羽をばたつかせ、カラスと一緒に回りだす。

 その様子に、あっけにとられた怜良の涙は引っ込んだが、泣いたことで鳥たちを慌てさせたのだということに気が付き、先頭を跳ねるカラスを宥めようとして抱きついた。

「ギャッ!」

 不意打ちでカラスが硬直すると、カラスに回した怜良の袖をシラサギがぐいぐいっと引っ張ってくる。その姿は、まるでカラスを離すようにと言っているようだ。

「ごめんね、驚かせて。2羽さんともありがとう。最近辛いことばかりだったから、嬉しくて泣いちゃったの」

 言葉が分かったように2羽が頷くのを見て、怜良は心が温かくなった。


 その時、離れて様子を覗いていた明菜と真里菜が、すぐそばまでやってきてはやしたてた。

「鳥相手におしゃべりするなんて気持ち悪い子。しかもカラスなんかを抱かえるなんて信じられない!」

新出(シンデ)(レイ)()の名前にぴったりじゃない。おとぎ話の中でもネズミが友達だったんでしょ?」

 二人が大笑いするのを見て、カラスが威嚇するように鋭い声をあげる。怜良が止めるのも聞かずに、バタバタともがいて怜良の腕を掻い潜り、空に舞い上がった。シラサギも後を追って舞い上がるが、直後カラスのとった行動に地上の三人が目を見張った。


 明菜めがけて急降下したカラスが、突っつくかと思いきや、その頭上で糞をしたのだ!

「きゃ~っ!汚い!何するのよ、このアホガラス」

「アホ~ッ。アホ~ッ」

 カラスが笑うように鳴いてから、シラサギに向かって命令するように、首をくいっと振った。

「えっ?僕も?」

 シラサギが空中で羽ばたきを忘れて、一瞬高度が落ちたが、カラスに追い立てられて真里菜の上に飛び、仕方なくビシャッとお見舞いを食らわせる。

「何よ!あんたたち!何で怜良の見方するのよ!焼き鳥にしてやるから!」

 き~っと甲高い声で喚く二人を信じられない思いで見ていた怜良が、突然身を震わして笑い始めた。そんな怜良を、明菜と真里菜がキッと睨んだが、再び頭上に来た鳥たちに怯え、額にまで垂れてきたお見舞いをギャーギャー言いながらぬぐうと、自分たちのアパートへ逃げて行った。

「ああ、可笑しい!すっきりした~っ!鳥さんたちありがとう。私もいつまでも泣かないようにする。弱みに付け込むような人たちには、やり返せるくらい強くなるからね~」

 飛び去っていくカラスとシラサギに向かって手を振りながら、怜良は大声で叫んだ。 


 遠目に見てもぱっちりとした目が愛らしい怜良がぐんぐん下方へ小さくなっていくのを、いつまでも惜しむように見つめる蒼夜に、天真が幅寄せして注意を促す。

「前を見て飛ばないと危ないですよ」

「見てるよ。それに天真がいるから。俺はよそ見しても大丈夫なんだよ」

「やっぱり、よそ見してるじゃないですか。怜良ちゃんがいくら可愛くても、悪魔の魅力で落としちゃ駄目ですよ」

「分かってるよ。怜良はプリンセスにならなくちゃいけないんだろ?願いごとが叶わなかったら願ったことの反対の境遇になっちまう。お前だって女の子が好きそうなキラキラ感満載なんだから、横からかっさらうなよ」

「さらいませんよ。守護者がそんなことしたら、羽をもがれます」

「だな。安心した。王子以外の男からは、俺が絶対に守ってやるんだから」

 真剣に話す蒼夜に優しい眼差しを注いでいた天真が、心強い守護者ですねと褒めながら、でも……と水を差した。

「忘れないでください。蒼夜君は最後まで手伝っちゃだめですよ。悪魔でいられなくなってしまいますから」

「ダメ、ダメってうるさいな。ダメ出しはあの高木母娘に言ってやってくれ」

「口でダメ出ししなかったけど、行動に移したじゃないですか。僕あんなことしたの初めてです。でも、あれで怜良ちゃんに構わなくなるといいのですが……」

 ほんとにな、と相槌をうった蒼夜と天真の願いもむなしく、アパートに逃げ帰った明菜と真里菜から事の顛末を聞いた美智子は、二人に大目玉を食らわると、泣いている二人を連れて新出家に連れていき、浩史と怜良の前で謝らせた。


 浩史がもういいと言っても美智子は許さず、母親だけで育てたのがいけなかったと自分もウソ泣きをして、同情を買う作戦に出た。

 明菜と真里菜の仕打ちで、二人がどういう性格か知ってしまった怜良は、美智子を始めとする三人のわざとらしい仕草に眉をひそめたが、妻を亡くしたばかりの浩史はすっかり同情してしまったらしい。

 母親がいない怜良の方に目を向けるべきところを、男手がなく経済的にも不自由な高木母娘を不憫に思い、浩史は怜良と過ごす休日に高木母娘も誘って外出するようになった。

 悪鬼がそそのかしているのではないかと心配になった蒼夜と天真が、深影とアンジェに相談して一緒に見張ってみたが、力の大きな助っ人を恐れた悪鬼は、表面上は姿をみせないでいる。


 多忙な深影とアンジェは自分たちの世界に戻っていった。

 強力な力を持つ二人を再び呼び寄せることがないよいうに、悪鬼は蒼夜と天真にも見つからないようにして、ひっそりと高木母娘の中に根付いていき、美智子の悪だくみに手を貸していた。

 その結果、美智子のあれやこれやの女の手管に絡めとられた浩史は、怜良の反対を押し切って三年後には美智子と結婚することになるが、今の時点では誰も知る由もなかった。



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