しがらみ
以前、ちょっとした代役でバイトしたことが、玲奈の周りにおかしな影響を及ぼし始めた。
「ごめん、ホント悪かった。私もこんなことになるとは思わなかったのよー」
珍しく家族揃って夕食を食べていたのだが、ずっと何かを悩んでいる様子だった母親に、どうかしたのかと尋ねたのが悪かった。
「ご飯の後で、玲奈に頼むつもりだったんだけど……」というセリフで始まった母親の亜紀の話は、玲奈にとっては荒唐無稽としか表現しようのないものだった。
「翔と秀くんが今度、『O₂』っていうグループ名でデビューするのは知ってるでしょ。そこの音楽事務所とレーベルの社長がこの間の日曜日にゴルフに行ったらしいの。ゴルフ場で食事をしてる時に、うちの大貴おじさまとシーナ・アミを出版している雑誌社の社長に、偶然会ったんだって」
大貴おじさまというのは、今の真島グループ総帥だ。玲奈が小さい頃は祖父が会長をしていたが、今は世代が代わって玲奈がよく知らない遠縁のおじさんがトップを継いでいる。
?? 音楽業界の人たちと経済界のドン、それに母さんが関わっている雑誌の会社の社長さん?
大物ばかりではあるけれど、その四人のおじさんたちがどうしたんだろう?
「大貴おじさまが、翔たちが世話になるお礼を言ってくれてた時に、玲奈の話になったらしいの。ちょうど雑誌掲載の時のことをよく知ってる社長がいたもんだから、なんか話が盛り上がっちゃったらしくてね。『それじゃ、弟くんたちと同時にお姉さんもアイドルデビューをしたらどうだろう』真島グループが今度展開するアウトドア用品のキャンペーンガールなら、芸能界が苦手なお姉さんでもできるだろうし、カントリー調の曲を書ける人材も丁度うちにいるんですよ~、ってことになって四社でコラボを組む話になったんだって」
…………………………………………
「なったんだって」って言われても。
そこに私の意志は一つも入ってないよね。
苦虫を嚙み潰したような顔をしている玲奈に、父親の和樹が声をかけた。
「これは大人のしがらみってやつだな。玲奈も子どもの頃とは違って、少しはそのへんのこともわかるだろ? 社会のことを知るいい機会だからやってみたらどうだ」
そんなことを軽く言う父にムッとした玲奈は、前世の知識も総動員して言い返した。
「大きなお金が動くんだから、そんなちょっとした子どもの遊び感覚で受ける話じゃないでしょ! 本気で芸能界に入りたいと願っている人や、曲を出してデビューしたいと思ってる人がやればいいのよ。私は全然まったく興味ありません。お断りしてくださいな」
取り付く島もない玲奈に、母親の亜紀はがっくりと肩を落としていた。
「ふーん、怖がりだな玲奈は」
父は落ち込んでいる母をチラリと見ると、へらりとした口調で玲奈をからかってきた。
「こ、怖がってなんかないもん。父さんや母さんとは違って、私にはキラキラした世界は合わないの。勉強して大学にいって、図書館司書になる、これが私の夢なんだから」
「うん、玲奈の夢は俺もわかってる。昔から言ってたもんな。図書館司書、立派な職業だしお前の勉強好きな性格にも合ってると思う。ただ、そこに至る道のりは真っすぐな一本道だけとは限らない。若いんだから、あっちこっち寄り道していろんな経験を重ねることも必要だ。父さんが傍から見てると、お前はかたくなすぎるようにも思えるんだ。あれこれ言い訳をして挑戦したり失敗したりすることを怖がっているようにもみえる。違うか?」
…………………………………………
行き当たりばったりで、計画性がないことばかりしていると思っていた父親が、意外に分かった風なことを言い出したので、玲奈は驚いていた。
私が、かたくな? 怖がっている?
この生を得た時、今度は前の生ではできなかったことを頑張ろうと思っていた。
それなのにかえって前世の考え方に縛られ過ぎていたというのだろうか。
玲奈が考え込んだのを見て、母も追いすがってきた。
「シーナ・アミのあの記事が出た時ね、あの四ページほどのわずかなコーナーへの反響がすごかったのよ。ファッションやデートスポットなんかの提案が記事の主目的なのに、翔や秀くん、玲奈や真紀ちゃんに関する問い合わせが多くてね、編集部でも困惑してたわ。特に玲奈、あなたへの問い合わせが一番多かったの」
「えーー、一番イケてたのは俺でしょ! なんで姉貴なんだよ。あれ、嫌々やってたじゃん。秀くんだって、だいぶ姉貴のフォローしてたよねぇ」
「う、うん。まあ……でも、玲奈は写真写りがいいからなぁ。あん時、坂本さんもそう言ってたし」
うぐっ、そういえば秀くんがそんなことを言ってたな。
母さんに似て写真写りがいい、か。
前世の凡子と今世の私は「違う」人間か。
いやいやいや、周りの意見に引きずられるな。
いくら大物ミュージシャン大友和樹と元アイドル亜紀の娘だろうが、中身が「同じ」凡子なんだって!
凡子の私にアイドルができるわけないじゃん!