自己紹介
一年一組の教室は、校舎三階の東の端っこにあった。
南側のベランダが通路も兼ねている。
ベランダからは東に運動場が見える。運動場の南には、さっき入学式が行われていた体育館がある。体育館の東隣はダンス、柔道、剣道ができる三階建ての武道場が建っていた。その建物の向こうは学生食堂らしい。つまり、運動場の南側にずらずらっと建物が並ぶ位置取りになっている。
テニスコートや球技場は、道を挟んで運動場よりもさらに向こうにあるようだ。
校舎のすぐ南には芝生の中庭があり、その向こうに職員室や実験室などの特別教室が入っている棟があった。
北側には三年生の教室がある棟があるらしく、三棟の校舎が東と西の二つの中央?廊下で繋がっていた。
「入学式に出るために、一組から四組は東の中央廊下、五組から八組は西の中央廊下に並ぶように」なんていう放送があったのよね。
言葉はおかしいけど、どっちも「中央」廊下らしい。
教室では名簿順に席が決められていて、玲奈の席はベランダ廊下側から二列目の一番前だった。
……内職がしにくい席だな。ちょっと残念。
担任の先生は、人のよさそうなおじさんだった。
英語科の教師だと言っていたので、質問に行きやすいかもしれない。
「今日はこの後、自己紹介をしてもらい、クラス委員を選出する。それからオリエンテーションだ。教室に帰って来たら、教科書と併用して使う参考書などを配布し、連絡事項を伝えて解散だ。よし、まずは私から自己紹介するぞ。名前は戸田啓治、英語科の教員をしている。今年はリーダーとグラマーを教える。このクラスはリーダーだな。年齢は55歳。既婚、子どもが三人だ。一年間、よろしく」
先生が黒板に自分の名前を書いて挨拶をした。
「よろしくお願いします」
クラス全員で挨拶を返す。その後で先生に指された一番前の席の秋岡くんから順番に自己紹介をしていった。
玲奈は七人目だった。
「大友玲奈です。麻木西中学校から来ました。好きなことは食べることです。よろしくお願いします」
玲奈が自己紹介をして座席に座ると、教室の中がざわついた。
「ねえ、あの人が西中の?」
「あいつか……」
そんなささやきが聞こえてきたが、さすがに優秀な人たちが多い高校だけあって、中学校の時のように聞こえよがしにからかってくるような幼稚な男子はいなかった。
教室はすぐに静かになり、玲奈の次の人が起立して自己紹介を続けていった。
玲奈は小学校の頃から三つの点で有名人だった。
一つ目は、大友という名前から推測して、芸能人の大友和樹に結び付けられ、父親のファンだという人から話しかけられる。
二つ目は、住所が真島グループの会長の家と同じだということがバレて、どういう関係なのかと話しかけられる。
三つ目は、玲奈の成績が良すぎて、塾はどこに行っているのかと話しかけられる。
だいたいこの三パターンが多いので、新しいクラスになったばかりの時期は、プラカードでも首にぶら下げておこうかと思っていたくらいだ。
普通だったら、芸能人の子どもだというだけで、人間関係に悩む子もいるだろう。
けれど玲奈にすれば周り中が可愛い子ども達に見えているので、適当にあしらっていたら、別にどうということはなかった。
ホリリンに言わせると「玲奈の中身は意外と男っぽくて容赦ないので、だんだんと化けの皮がはがれて皆が引いていく」ということらしい。
失礼な。
まぁ、最初の興味が薄れると、誰も玲奈に話しかけてこなくなるので、ホリリンの言うことはあながち間違ってはいないのかもしれない。
そのホリリンは、淡々と自己紹介をしていく人が多い中で、一人だけ奇抜な挨拶をぶちかました。
「この学校からは電車で二駅の麻木西中からきました、堀井真紀と申します。ここでガッツリと勉強して有名大学に合格し、将来テレビのコメンテイターになるのが夢です! 中学の時は演劇部に入っていましたが、発声練習と活舌をよくするために、この学校でも演劇を続けたいと思っています。よろしくお願いしまーす」
クスクスと声を押さえて笑っている人もいるが、大部分の人たちは、クラスのムードメーカーはこいつだなと思っているようだった。
玲奈が前に向くと、戸田先生も真紀の自己紹介に苦笑していた。ベテラン教師としてはこういう推進力のある生徒がクラスいると、ありがたいのかもしれない。
真紀が着席して、すぐ後ろの席に座っていた男子が自己紹介を始めた瞬間、玲奈は背筋がゾクリとした。
あの人だ! やっぱり、この人の声ってすごい!
音に敏感な玲奈は、すぐに振り返って本人の顔を確かめた。さっき体育館で新入生代表の挨拶をした人が、そこにいた。
同じクラスだったんだ。
「川崎からきました、真島芳孝です。好きな教科は化学で、嫌いな教科は音楽です。よろしくお願いします」
近くで見ても顔は普通だったが、壇上に立っていた時よりも背が高く見えた。華奢で線の細い男の子が多い中、この人は昔の学生さんのように背筋が伸びていて、骨太い骨格をしていた。周りはまだ中学生のヒヨコの殻が取れていないような同級生が多いが、彼は一人だけ大人っぽい雰囲気をまとっている。
玲奈が見ていると、その真島君と一瞬、目が合った。
あれ? 誰かに似てるかも?
これが芳孝との最初の出会いだった。