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0歳児は動き始める

おすわりができるようになった玲奈(れいな)は、ゴロゴロと寝返りをうって移動しては、クッションなどを利用して重たい頭を支えて起き上がり、なんとか座り込むと、指先の運動をするようになった。

勉強しようにも手が上手く動かないと、鉛筆を持つこともできないしね。

何事も練習、練習。


器用に動かせない指を何とか使って、ティッシュケースから一枚ずつティッシュを取り出していると、キッチンにいた母親の亜紀(あき)が飛んできた。


「キャアーー、玲奈、これはダメよ!」


えー、せっかく指を動かす練習をしてたのに。


「どうした? 大丈夫か?」


向こうでテレビを観ていた父さんもやってきて、ティッシュまみれの私と焦っている母さんを見下ろした。


「あちゃ~ やっちまったか。静かに遊んでると思ってたんだけど」

「和樹ぃ、やっぱりお母さまが言ってたみたいに、実家に一緒に住んだほうがいいのかしら? ベビーサークルに入れると泣き喚くから外へ出したら、こうやってどこまでも転がって行っちゃうし」

「今朝は洗面所のカゴから洗濯物を全部取り出してたもんな~」

「昨日はゴミ箱よ。それに私の口紅の中に指を突っ込んでくれたしね。新しく出る試作化粧品の感想を頼まれてたのに」


ごめんよ、母さん。あれはくるくると回すのが上手くできなくて、手が滑っちゃったのよ。


「うーん、あっちの家にお世話になるのは婿養子になるみたいな気がして、うちの親の手前、ちょっと抵抗があったんだけど……背に腹は代えられないか」

「離れに防音室を作ってもらいましょうよ。なんならレコーディングもできるようにしてもらえばいいし」


おー、母さんのセリフは、いかにもお嬢様みたいだなぁ。




両親と真島(まじま)の祖父母が話し合った結果、父さんが全国コンサートツアーに出かける前に、麻木(あさぎ)市にある祖父母の家に引っ越すことになった。


おっきい……

赤ちゃんの視界なので、この家の全体像が把握できないが、これはもはや家というよりも屋敷と言ったほうがいいのではなかろうか?

玄関を入ってから長い廊下があって、その廊下の両側にはたくさんの部屋があった。

屋敷内の雰囲気は明治時代の洋館と高級旅館が混ざったような感じだ。もともとあった古い屋敷に、庭が見えるガラス張りの回廊で、新しい屋敷を付け足して繋いだような造りになっている。


私は奥の方にある家族の居間だという部屋に寝転がされたのだが、ふわっふわの絨毯の上をどこまで転がっていっても壁に触れなかった。いったい何畳あるんだろう?

続きの部屋は一段高い座敷になっているようで、遠くの壁に掛け軸がかかっているのが見える。


掃き出し窓の向こうにはとても広そうな庭があった。今はバラやガザニアなどの初夏の花が真っ盛りだ。

紫のテッセンが風に揺れていたが、あれは咲かせるのが難しい花なんだよねー

庭のそのまた向こうには林があって、林の奥には地続きで自分ちの山があるようだ。とても首都圏とは思えない。十分ほど歩くと海もあるそうだ。

別荘か?!


「何度来ても、広い家ですねぇ」


父さんもそう思う? 私もこんな家が日本にあるとは思ってもみなかったよ。

凡子が暮らせるような家じゃないね、ここは。


庭の一角にある離れは、防音室やレコーディング室を併設するために改装中らしく、私たち家族はしばらく母屋の方に厄介になることになった。



父さんがツアーに出かけると、母さんは食事を作ることや洗濯などの家事を、全部、お手伝いさんに任せて、私と一日中、一緒に遊んでくれるようになった。

そうか、母さんはこういう生活をしてたから、料理が下手なんだな。それでも父さんの前では頑張って奥さんをしてるんだ。可愛いな、なんか微笑ましくなってくる。


父さんは役者だけあって、絵本を読んでくれるのが上手かったし、童謡やテレビの子ども番組の歌なんかは、ギターの演奏付きで歌ってくれていた。

やっぱりプロのギターは違う。観客にうったえるものがあるよね。


この真島の家に来て、母さんがピアノを弾けることがわかった。私もピアノを習っていたので、その上手さがよくわかる。


母さんの膝に座って、私も連弾でピアノを弾かせてもらう。

ちゃんとリズムをとり、まるで曲がわかっているかのように鍵盤を押さえて、弾き終わったら恍惚(こうこつ)の表情をするのが面白いと言われ、おじいちゃんとおばあちゃんもよく私を見に来るようになった。


真島の祖父母は自分たちのことを「おじいちゃま、おばあちゃま」と呼んでほしいようだが、なんせ0歳児は舌や口の周りの筋肉が発達していない。そのため「おじいちゃん、おばあちゃん」で我慢してもらっている。

ただ、大人には「じーたっ、ばーたっ」と聞こえているようだ。

それでも「うちの孫は天才だ! こんなに早く喋れるようになるなんて!」と感激してくれている。

そうだよね、普通は一歳半を過ぎて二歳ぐらいにならないと人にわかるような言葉は喋れない。 


私としてもきちんとした言葉を話したいのはやまやまだが、喋りやすいので「ワンワン、にゃーにゃ、まんま、ぶーぶ、パンマンマン」などの幼児語を使わせてもらっている。



七月の半ばを過ぎると、ハイハイすることができるようになり、私の行動範囲は一気に広がった。

さぁ、これからドンドン行くわよーー!

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