0歳児は驚く
四月も後半になると晴れた日の日中は汗ばむくらいの気温になる。
今日は玲奈のお宮参りの日だ。
出かける前にオシッコを漏らして、服をすべて着替えていたため、玲奈たちが神社に着いたのは予定時刻を大幅に過ぎていた。
そこでは眩しい春の日が降りそそぐ中、四人の祖父母が首を長くして玲奈たちの到着を待っていた。
背がひょろりと高いおじいさんとぽっちゃり太っている背の低いおばあさんは、父方の祖父母らしい。
おばあさんの方が、すぐに父親の和樹に話しかけてきた。
「遅かったんじゃなぁ。何かあったんかと思ぉたがぁ」
「玲奈が出かける寸前に漏らしたんよ。抱っこしてた亜紀の服まで濡れて、大騒動じゃったわぁ」
あれ? 父さん、訛ってる? 普段と話し方が違う。
母さんの向こうにいた上品な老紳士が、そんな玲奈の疑問に答えてくれた。
「それは大変だったね。お母さんたちは大賀から出て来られたのに、ここには一番乗りだったんだよ」
おおぅ大賀県か、父さんは地方の田舎出身だったんだな。
「新幹線が予定より一本早いのに乗れたんですよ。和樹の家が一番近いハズなのに、おかしいなと言ってたのよね」
おばあちゃん、ごめんねー
「でも事故とかじゃなくて本当によかった。食事の時間もあるから、さっそく拝んでもらおうか」
「そうですね。お義父さん、ちょっと玲奈を抱いといてもらえますか? 受付にお願いしてきますから」
「あ、ああいいよ」
私は抱っこしてもらっていた父親から、たぶん母方のおじいちゃんらしき人物に預けられた。
この人はコロンをつけているようで、品のいい匂いがした。
「おー、重たくなったなぁ。前に顔を見に行った時にはぐっすり寝てたから、初めて玲奈ちゃんの大きなお目めを見られたよ」
あら、そうだったんですか、それは失礼しました。
サービスしてニッコリと笑ったら、口元からよだれがツーッと垂れて、おじいちゃんの上等なスーツを汚してしまった。
「お……っと」
「あらー お父さま、このハンカチを使って。私が玲奈を抱っこするから」
母さんが持っていた大きなマザーバッグを、自分の母親に渡して、私を引き取ってくれた。
おじいちゃん、ごめん。まだ口の周りの筋肉が上手く動かなくて、どうも締まりがないのよね。
でも母さんは、自分の父親のことをお父さまって呼んでるんだ。
私に話しかける時はいつも、自分のことを「おかあちゃま」と言ってたんだよね。冗談の一種だと思ってスルーしてたけど、あれは私にそう呼んでもらいたいということだったんだろうか?
いゃあ、これは凡子の私にはハードルが高い呼び方だな。
おかあちゃま……やっぱり、むずがゆい。すみません、母さんでお願いします。
この後、神社でももか参りの祈禱を受け、何枚もの記念撮影をした後で、皆で車に乗り合わせて食事をする場所に行った。
大賀のおじいちゃんとおばあちゃんは、うちのミニバンに一緒に乗って行ったのだが、母方の祖父母はものすごく大きな外車に乗っていた。
どうやら母さんの実家はお金持ちらしい。
大人たちが料理屋の和室で会食をしている時に、私はおしゃぶりをなめながら、座敷の座布団の上でゴロゴロしていた。
何とはなしに皆の話を聞いていたのだが、途中で私は仰け反るほど驚いてしまった。
母さんの実家は金持ちどころではなかった、大金持ちだったのだ。母さんは真島グループという、大財閥のお嬢様だったらしい。
そしてアイドルグループを卒業した、元アイドルだったんだってさっ?!
「亜紀ちゃん、産休明けに芸能界に復帰するんだったら、うちに一緒に住んだらどう? 部屋はたくさんあるんだし、離れもあるわよ。和樹さんが夏にツアーに出たら、あなたと玲奈もマンションに二人だけになるし、もしまたストーカーが忍び込んだりしたら心配だわ」
母方の祖母が言った言葉に、ひっかかりを覚えた。
ツアー?
「本当にねぇ。まさか和樹が歌手になってコンサートをするようになるなんて思ぉてもみませんでしたよ」
おばあちゃん、それホント?!
「今は役者をしとるんじゃろ? 矢内のばあちゃんが、今度の映画のブロマイドをもらってきてぇ言よーたわ」
「オヤジ、最近はブロマイドなんてどこでも売りょうらんわ。渋谷にでも行けば置いとる店もあるかもしれんけど。明日、撮影に行った時にでも、ポスターを融通してもらうわ。何日か観光してから帰るんじゃろ?」
「おー、頼まぁ。四月いっぱいは、こっちにおるけぇ」
なんと、私が勧めなくても役者までしてたのね……父さん、なんともマルチなご活躍。
この後も母方の祖父母が、ヨーロッパやアメリカの企業を回って仕事をしていたために、なかなか玲奈の顔を見に行けなかった、とかいうようなグローバルなお話も出てきた。
大賀のおじいちゃんは農業をしているらしく、今年の作付面積のことやら、道の駅に卸している野菜の話をしていた。そして農業だけではなく、以前は市議会議員をしていたこともあるそうだ。
その上、父さんは歌手で儲けたお金を資本金にして、田舎でキャンプ用品店を経営しているらしい。その仕事の都合でよく大賀に帰省するので、実家の近くの山に別荘を持っているそうだ。
……うちの家族って、バラエティ豊かだわぁ。
それに今生の私の周りの人たちって、なんか有名人ばかりじゃないの。
凡子は、我が身の置き場がないような気がしていた。
これって、本気で頑張らないとこの人たちの中でやっていけそうもない。
母さんに「うつ伏せにしたら、顔を上げられるようになったんですよ~」なんてほめられて、いい気になっている場合ではなかったのだ。
早期教育!
すぐにポヤポヤと眠くなる頭に喝を入れて、私はよだれにまみれたこぶしをギュッと握ったのだった。