折衷案
芳孝のユーツバーになってくれという提案にしぶしぶ賛成した玲奈だったが、敵もさるものその道のプロたちが、何の実績もない一介の高校生の企画にまるのりしてくれるようなことにはならなかったようだ。
翌日、教室に入ってくるなり、芳孝は片手を顔の前に上げて「スマン」と玲奈に謝ってきた。
「大筋では合意してくれたんだけどさ、細かいところで譲れない部分があるみたいで……昼休みに相談にのってくれない?」
「もー、めんどくさいなぁ。だから嫌だったのよねぇ……。はぁ、わかった。でも場合によっては、交渉決裂もあるからね!」
そんな玲奈の念押しに、芳孝は一瞬ひるんだ顔をしたが、ここは下手に出ることにしたようだ。
「うん、条件を聞いてくれるだけでいいよ。気に入らなかったら断っていいからさ。じゃ、昼休みに中庭のベンチで」
口早に会合場所を言い残すと、そそくさと自分の席に歩いて行った。
芳孝のすぐ前の席に座っている真紀が、「どういうこと?」と小声で問いただしているようだったが、芳孝は黙って首を振り、無表情のまま自分の席に座った。
ま、こういう契約に関する微妙な話は、誰にでも言えないよね。
昼休みに弁当箱を持って中庭に出てみると、芳孝はベンチを確保していて、ゆったりと足を組み食事を始めようとしていた。
玲奈は空いているスペースに座り、芳孝との間に自分の弁当箱を置くと、先に水筒から一口お茶を飲んだ。
「ゴクッ、お待たせ」
「ん、お先に。食べてから話すわ」
「わかった」
こういう食事の時の作法はやはりよく似ていて、気を使わなくていい。
芳孝が親戚だとわかってから、玲奈は警戒度を一つ下げていた。それもあって、芳孝と一緒にいると弟の翔や従兄妹の秀明といるような気がして肩の力が抜ける。
これが年頃の娘としていいことなのかどうかわからないが、気を遣わずに話せる友人が少ない玲奈としては、一応歓迎すべきことだろう。
芳孝の弁当箱は玲奈の手では持てそうにないぐらい大きかったが、食べ終えたのは芳孝の方が早かった。玲奈も最後に残していた卵焼きを口に入れ、箸を箸箱にしまうと、弁当をもう一度、綺麗に包み直した。
「食べるの、結構、早いんだな」
後から食べ始めた玲奈の食事がもう済んだことに、芳孝は驚いていた。
「あなたに言われたくないわ。真島くんの方が量が多かったじゃない」
「そりゃまそうだけどさ。大友さんみたいなお嬢様っぽい人はもっとこう、ちまちまと食べるもんだと思ってたから……」
あー、これは女の人慣れしてないわね。
「もしかして真島くんは女兄弟がいないんじゃない?」
「よくわかったな。うちは四人兄弟で男ばっかりだ」
「やっぱり。女性は漫画や物語に出てくるような想像上のホンワカした生き物じゃないのよ。女の人に理想を重ねて夢をみてると変な女に引っかかるわよぉー」
「ゲっ、わかったよ。それじゃ、現実的な玲奈さんには、袖の下のお菓子を進ぜよう」
どこに隠していたのか、芳孝はマドレーヌの入った袋を二つ取り出して、玲奈の方へ一つよこした。
「へー、気が利くじゃない。ありがと」
これはよく売り切れてる大森屋のマドレーヌだ。
さすが真島グループの総裁の息子、いいもの食べてんじゃん。
お菓子も食べ終えてお腹が落ち着いた二人は、やっと本題の条件に付いて話し合うことにした。
「まず、サイトに流すBGMなんだけど、あっちが用意した曲を使ってほしいらしい。なんか話を聞いてノリノリになった作曲家が、もう曲を用意しちゃったんだってさ」
「もー……でもありがちな話ね。BGMくらいならいいんじゃない? その曲が流行るかどうかは責任持てないけど」
「だよなだよな。あー良かった。第一段階、クリア~」
芳孝は胸をなでおろしながら、大げさにため息を吐いた。
「それからさぁ、これはちょっと嫌がるかもしれないんだけど……」
「なによ、サッサと言って。五時間目は体育だから着替えないといけないし、あんまり時間がないわよ」
「実は、商品がアウトドアスポーツ系だろ、だから春夏秋冬のフォトショットがいるらしいんだ。季節に一度だけ、撮影時にカメラマンを同行させてほしいんだって」
「えー、その写真を何に使うのよ!」
「ショップのサイトに貼り付けたいらしい」
「えー、えー、それは嫌。定期的な公への顔出しは勘弁してよ~、外が歩けなくなるじゃない」
玲奈のかたくなな拒絶に、芳孝も頷いていた。
「うん、やっぱなぁ。これは嫌がると思ってた」
「わかってるなら話を持って来ないでよ」
「ここで相談なんだけど、顔がわからないような撮り方をするってのは、どう? ナナミって歌手がいるじゃん」
「ああ、CDだけ出してる正体不明の人ね」
「あんな感じでさ、人物を特定できないように撮ってもらうんだよ。首から下の服やアウトドアで使用しているグッズさえハッキリと写ればいいわけだし」
「んー、それでOKが取れるの? それならまあ……いいけど。でも顔出しは嫌よ、絶対! それを求めるんなら、最初からこの話はなかったことにしてちょうだい」
「わかった。じゃあ、そのあたりで交渉してみるよ」
なんとかこのあたりが折衷案になるといいんだけど。
芳孝は思案顔になりながら、重たい腰を上げるのだった。




