目隠れ前髪の少女
声に反応し、子供が顔を上げる。
瞬間、目を奪われた。
可愛い。掛け値なしにそう思う。
遠目には性別が分からなかったが、近付けば間違いようのない、奇麗な女の子だった。
伸ばしっぱなしの前髪が鼻先まで隠してしまっているが、もし目が見えないのなら髪に頓着しないのも当然なのかもしれない。おかげで、人の視線が苦手な自分としても気が楽だ。
「君は……」
華奢で小柄。立ち上がってみれば背は自分の胸元くらいで、不安になるほど細い。
ただ、身体の割に手足は大きく見える。耳も少し尖ってるし、明らかに自分とは人種が違う。
もしかしたらファンタジー作品に出てくるドワーフやハーフリングなどの小柄な種族なのかもしれない。
やはり、ここは地球ではない。推測が確信に変わった。
年齢は十代前半くらい。真っ白な肌と透明なボブカットの髪は、宙を舞う光に照らされてどこか青みがかって見える。
それで気付いたが、いつの間にかまた周囲に儚い光が浮遊するようになっていた。明るさにすっかり目が慣れたせいのだろうか。
服装はけっこうな重装備だ。頭と両手くらいしか肌が出ていない。
身体にぴったりフィットした布地は柔道着のように分厚く、ナイフくらいは防げそうだ。フードや靴も同様に頑丈そうだし、これはおそらく砂塵を避けるための装備なのだろう。
だが、全体的に真っ白でおよそ飾り気というものがない。それに……上手くは言えないが「フィットしすぎている」ような感じがある。
分厚い生地なのにも関わらず、少女らしいささやかな身体の起伏がはっきりと分かった。
水着ならいざ知らず、この厚さでこれほど体型が出るのは妙な気がする。
「……? ×○……○○?」
そんなことをぼんやり考えていると、彼女が口を開いた。耳慣れないイントネーションの言葉が、可愛らしく澄んだ声色で聞こえてくる。
「あー、まいったな、言葉通じないか……そりゃそうだけどな」
距離を取ったとはいえ、まだ騒がしいモウセンゴケの群生を視界に入れたままでは落ち着かないので、とりあえず谷の外まで場所を移動したい。そう身振りで促すと、少女も頷いて大人しくついてくる。
どうやら「こちらへ来い」という手ぶり、そして「頷く」というジェスチャーは日本と共通のようだ。
砂丘を登りながら、ふと違和感を覚えた。
「あれ……?」
ジェスチャーに反応したということは、この子、目が見えていないわけではない……?
振り返ると自分の後ろを迷いなくついてくる。となると先ほどの手探りは何だったのだろう。
疑問に思いながらも大回りで移動して、谷の上で改めて少女と向かい合う。
落ち着いて観察すると、一層違和感が強まった。少女の着ている服が、シンプルすぎておかしい。
縫い目どころか、ボタンすらない。毛皮などから作っているのならもっと雑な部分が必ずあるはずなのだが……。
だいたい、よく見たら靴までもが一体化している。これではもはや着ぐるみだ。チャックもなしにどうやって脱着するのだろうか。
「ええと、そうだ、君……あー」
何にせよ、言葉が通じないのはいかんともしがたい。
ジェスチャーで何とか意思の疎通ができないか、試してみようと思った矢先。
少女がうんうんと頷き、柔らかな笑みを浮かべた。
「○△……××△」
立ち上がり、ポケットから青白く輝く小さな宝石を取り出す。
宝石を口にくわえ、両の手のひらをこちらに向けて差し出してくる。つまり「手を握れ」ということだろうか。
何の気なしに指を絡める。想像していた以上に柔らかく、そして温かい手だ。
「っ!?」
慌てて少女が手を振り払った。顔を真っ赤にして両手を後ろに隠している。
どうやら指を絡めたのはまずかったらしい。やらかしてしまった……!
「……〇×〇っ」
「あっごめん! ち、違った……?」
すぐに頭を下げると、少女にも謝意が伝わったようだ。うんうんと頷き、ふうと深呼吸をする。
まだ頬を染めたまま、少女は自分の両手を指先だけちょんちょんと触れ合わせて見せてから、またこちらに両手を向けてきた。
つまり指先だけくっつけろ、ということか。勝手に触れないよう、数センチの距離を隔てて少女と指先を向かい合わせた。
すると、にこりと微笑んで少女の方から指先をくっつけてくる。
「△×……」
微かに発光をして、少女のくわえた宝石が粉みじんになった。ふわりと、髪が軽く舞い上がる。残念ながら、素顔までは見えない。
「……これで、届きます? わたしの言葉」
「えっ……あれっ?」
突然、少女が流暢に日本語を話し始めた。
いや、そうではない。彼女が口にしているのは相変わらず、不思議な響きの言葉だ。
だというのに、それが耳元でリアルタイムに翻訳されている。
「……どうでしょうか?」
緊張したような、不安な表情でこちらを伺ってくる少女。
「あ! お、おう、通じてる……!」
「よかった……!」
少女の顔が、ぱっと笑顔になった。満面の笑みに思わずドキリとする。
こんなにも屈託のない表情を向けられたのは、いったいいつ以来だろう。
こんなにも他人と近付いたのは、いったいいつ以来だろう。
我知らず、胸が熱くなる。
他人の目が怖いせいで、ずいぶん長いこと最低限の人付き合いだけで生きてきた。
友人と呼べる相手はいても、親友はいない。これまでの人生、どうしても対人関係で超えられない壁があった。
だが、今出会ったばかりの少女には、まったく壁を感じない。
そんな相手は生まれて初めてだ。家族にすら壁を感じたというのに。
彼女との出会いは、自分にとってはこの世界に来てしまったこと以上の奇跡だった。