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ファーストコンタクト

「……子供?」

 近くに拠点もなさそうなのにウェストポーチひとつしか身に着けていない、真っ白な服の子供。

 この地底世界に来てからようやく目にした人間だ。フードを深く被っているので、ここからだと性別は分からない。

「! おいおい……まさかアレに近寄るのか?」

 間違いない。

 モウセンゴケの巨体に比べるとあまりにも頼りない華奢な身体が、一歩ずつ危険地域に近付いていく。

「待っ……」

 思わず声を掛けようとして、子供の奇妙な姿勢に躊躇った。

 両の手のひらを突き出し、前方を探るような仕草をしながら歩いている。ちょうど先ほど、闇に包まれていた時の自分と同じように。

 ということは、あの子は……もしかして、目が見えていない……!?

 それにしては足取りはしっかりしていて、一歩も立ち止まらない。巨大なモウセンゴケを目前にしてはあまりにも無防備だ。

 それとも、あのモウセンゴケが危険な食肉植物だと思うのは自分の勘違いで、単なる獲物なのか。

 いや、そんなわけがない。だったら散らばっている骨はどう説明する。たとえ刈り取りたいのだとしてもけして近寄らず、火矢でも射掛けるべきだろう。

 逡巡したほんの数秒のうちに、子供はモウセンゴケの根本まであと十メートルほどに迫っていた。

 もう数歩で捕食範囲に入ってもおかしくない。

 言葉が通じるかは分からないが、このままでは確実にあれに捕まってしまう――!

「待ったあああ!! ストップ!!」

 今までの人生で発したことがないような大声だ。

 岩の陰から飛び出して、そのまま坂道を駆け降りる。

 足場が思いのほか脆く、砂がどんどん崩れていく。ほとんど滑り落ちているようなものだ。

「!」

 自分の声が届いてか、子供が足を止め、振り返る。

 ほぼ同時に、モウセンゴケが一斉に子供の方を向いた。

 ざわざわと、先を争うように葉が覆い被さってくる。

 最悪だ。あの距離ではギリギリ届いてしまう。

 せめて一瞬でも遅らせるためにがむしゃらに砂を巻き上げ、モウセンゴケにぶつける。

 いくつかのモウセンゴケが砂塵を獲物と勘違いしてか、棘を収縮させて止まった。

 そんな中、一体だけが迷わず、子供へと棘を伸ばしていく……!

「っ!」

 タッチの差で子供のウェストポーチがモウセンゴケの棘に捕まってしまった。

 巻き込むように動く葉に、子供の身体が高く持ち上げられる。だが、直前に振り返っていたおかげで、突き出していた両手は無事だった。

「間に合え……!」

 かろうじて、持ち上げられた子供の足に手が届いた……!

 両足を掴み、全体重を掛けて引っ張る。幸い、モウセンゴケの方はそこまで力強くはなく、これ以上持ち上げられることはなさそうだ。

 とはいえ、自分と子供の体重をもってしてようやく綱引きが釣り合う時点で、植物としては驚嘆に値する。

 子供だけ、もしくは自分だけなら容易く持ち上げられてしまうだろう。

 そして、いったんそうなってしまえばもはや成すすべはない。葉の上で身動きもままならないまま、ゆっくりと消化されていくのだろう。

「! まずいな……」

 砂礫に騙されていた周囲のモウセンゴケが再びざわめきだした。

 葉に付着した大量の砂を、粘液ごとぼたぼたと地面に捨てている。

 今はかろうじて持ち上げられずにいるとはいえ、それも一体を相手にしているがゆえの均衡だ。他のモウセンゴケが迫ってきたら自分も巻き込まれてしまう。そうなったら終わりだ。

 早く、この子を引き離さないと……! 子供が棘にくっついているのはまだウェストポーチの部分だけだから、あそこさえ引き剥がせれば……!

「うわっ!?」

 唐突に、モウセンゴケの引っ張る力が消えた。

 解放された勢いと子供の体重を受け止めきれず、二人で砂地を転げてしまう。

 どうやら子供の方でウェストポーチのベルトを外してくれたようだ。

「よし……!」

 あのわずかな時間稼ぎはけして無駄ではなかった。

 もし子供が振り返らず両手を絡めとられていたら、あるいは複数のモウセンゴケが一度に貼り付いてしまっていたら、と思うとぞっとする。

 無事を確認するや否や、子供の足を引きずったまま走り出す。

 取り残されたウェストポーチを包み込みながら、びたびたとモウセンゴケ同士がぶつかり合う音が遠ざかっていく。

 足をもって引きずられている子供が小さく悲鳴を上げているが、今は仕方がない。あとで謝ろう。

「ふう……」

 モウセンゴケから十数メートル、さすがにこれだけ離れれば問題ないだろう。そう判断してようやく一息ついて、走るのを止めた。

 お互いすっかり全身砂だらけだが、ここまで引きずってきてしまった子供は一層ひどい状況だ。砂がだいぶ口に入ってしまったらしく、舌を出して吐き出している。

「……ごめん、大丈夫?」

 子供の背中をさすりながら、驚かさないように小声で声をかけた。


 それが、自分と彼女とのファーストコンタクトにして。

 長い長い付き合いの始まりだった。

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