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色彩のない世界

 しばらくの間、呆然と天井を見上げていた。


 空はどこまでも灰色の岩に覆われている。高さは相当なものだ。

 真っ暗だったのも当然だ。夜ですらなかった。

「天井……? てことは地下……洞窟なのか?」

 地下なのは間違いない。しかし、いったい地球のどこにこれほど深く広い空間が存在するのか。

 地球空洞説を信じている人もいるから「絶対にない」とは言い切れないが、やはり別の世界と言われた方がまだしっくりくる。

 辺りを見回してみても、色彩がほとんどないせいで遠近感がうまく捉えられない上、妙に霞がかっているせいで見通しが悪い。

 ただ、見える範囲に人工物はないようだ。動植物も見当たらない。

 あれほど浮いていた青い光さえ、明るくなったせいか今は目に付かなくなっていた。


 ああ、ここがもし死後の世界だというなら、心底に納得だ。

 この上なく美しいけれど、人が生きていくには厳しい、静寂の世界。


 ――自分が立ち尽くしていたのは、そんな場所だった。


「……街でも探すしかないか。あればいいけどな」

 どれくらいぼうっとしていただろう。ふと我に返る。

 地球での遭難なら安全を確保して動かずいるべきだろうが、こんな場所にいて状況が好転するとも思えない。せめて人工物でもあれば、希望が持てるのだが……。

 だいたい、太陽もないのに明るくなった理由も不明だし、次の瞬間にまた真っ暗にならないとも限らない。死にたくないなら、動けるうちに動くべきべきだろう。せめて水場は確保しなければいけない。

 これがもしとっくに死んでいたというならしょうがないが、まだ生きているのにあえて死を選ぶほどの度胸はさすがになかった。

 慎重に周囲を伺いながら、砂地を歩き始める。思いの他アップダウンが激しい上、足を取られて歩きにくい。靴の中に砂が入ってしまうのも不快だ。

 いくつ砂丘を越えても変わり映えがしない光景が続く。

 風は弱く、自分の足跡もなかなか消えそうにないので堂々巡りの心配はないが、それはつまり、最近は人っ子ひとり通っていないということだ。

 幸い、気温や湿度は歩いていてちょうどいい。これがもし極端な環境だったらとっくに死を覚悟していただろう。

 何度目かの登り坂に差し掛かった時、丘の向こうで影が揺らいだように見えた。

「……!」

 思わず駆け出しそうになり、自制する。

 風で木が揺れただけかもしれないが、危険な野獣でないとも限らない。だいたい、この位置から丘を超えて見える時点でそれなりの大きさをしているはずだ。

 極力身を低くして、ゆっくりと砂丘を登る。

「……さて」

 丘の上にはうまい具合に大きめの岩があったので、身を隠しつつそっと顔を出した。


 ざわり、と背にすさまじい怖気が走る。


 それは一度見たら忘れられない、特徴的なフォルムをしていた。

 異様な形の植物だった。

 蔓の先に突き出た葉から、使い古したブラシのようにいくつもの突起が飛び出している。

 色こそ真っ白だが、食虫植物のモウセンゴケに似ている。

 だが、サイズがあまりにも規格外すぎる。

 葉のひとつが乗用車よりも大きい。突起にしたって一本一本が野球のバットくらいはある。

 そんなモノが無数に、砂丘の谷底で獲物を待ち構えていた。いったいどこまで続いているのか、ここからでは見通せない。涎のような粘液を突起にまとい、甘酸っぱい匂いを周囲に漂わせながら、所狭しと谷底を埋め尽くしている。

 衝撃はそれだけではない。

「あれは……どう見ても骨だよな……」

 葉の下に転がる、いくつもの白骨。

 大きさが犬猫くらいしかないのが救いだが……。距離もあるので細かいところまでは分からない。

 葉のところどころが黒ずんでいるのは体液の跡だろうか。よく見ればあちこちに干からびた毛皮のようなものも絡みついている。先ほど揺らいだように見えた影はこれかもしれない。電線に引っかかったビニール袋のように揺れている毛皮。

 状況証拠からして、あのモウセンゴケは動物を捕食するに違いない。

 触れたら最後、自分もきっと捕らわれてしまう。

「ヤバいな……」

 ごくり、と唾を飲み込みながら一歩下がる。はずみで、足元の石ころが谷底へ転げ落ちた。

 その瞬間、てんでばらばらの方向を向いていた葉が――


 一斉に、こちらを()()()()


「――!!」

 反応が速すぎる。ただ獲物が貼り付くのを待つだけでなく、これほど機敏に動くのか。

 たいして風もないのに、獲物を求めてざわざわと蠢き続けるモウセンゴケ。

 茎も先ほどよりずっと伸びているように見える。うなだれていた茎が起き上がっただけかもしれないが、どちらにせよ想像以上に捕食可能範囲が広そうだ。

 つくづく、ここが谷の上でよかった。

 普通に歩いていてあれのテリトリーに踏み込んでしまったら、と考えると恐ろしすぎる。身体の一部でも触れた瞬間、哀れな昆虫のように全身を持っていかれるだろう。その先に待つ運命は想像したくもない。

「これ以上近寄りたくはないな……」

 ため息をついて、背を向けようとした。

 あんな場所には近付くべきではない。一刻も早く立ち去るべきだ。

 だというのに。

 目の端を横切った小さな影に、気付いてしまった。

 思わず足を止めて見下ろす。

「あれは……」

 モウセンゴケの群生に少しずつ近寄っていく、小さな姿があった。

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