南の島の日は暮れて
「明日はもう日本に帰るのねぇ……」
ホテルのバーで、メルがポツリと言った。
「楽しい時間は、あっという間に過ぎるっていうけど……」
タマエとリエも、バーカウンターに肘をついてカクテルグラスをしみじみと見つめる。
「ウチのお店も、いろいろあったわよねぇ。最初はタマちゃんとアタシしかいない小さなお店でさ」
メルが言うと、タマエが「あの頃は若かったわ」と言うので、リエは「二人がいくつの時に始めたんですか?」と質問した。
『20歳』
メルとタマエは、同時に答えた。
「はいはい、お二人がハタチの頃から始めたお店が、今では立派なショーパブになりましたね」
リエが苦笑いして言う。
「あ~、リエちゃん、信じてないでしょ~」
酔いがまわっているのか、メルが薄ら笑いを浮かべながらリエの腕をつねって言った。
「でもさ、アンタたちには、本当に感謝してるんだから」
メルがグラスを掲げながら言い、三人は静かにグラスを合わせた。
※※※
「いやー、正直、驚いたわ。マーサちゃん、腕を上げたわねぇ」
マーサとエリカ、そして美衣の即席ユニットで臨んだショータイムは、観客からの拍手喝采で幕を閉じた。
三人は、控室で汗を拭きながらミネラルウォーターを飲み、反省会を行っていた。美衣はマーサの成長ぶりを嬉しそうにほめる。
「美衣姉の指導は厳しかったからね。そりゃあ、あれぐらい踊れるようにはなるよ」
マーサは「当たり前だ」というように言ったが、いつになくウキウキした表情だった。
「うん。もちろんダンスが上手いのもそうなんだけど、私がマスカレードにいた頃って、マーサちゃん、余裕がないっていうか、自分のダンスを見てほしくて、『ボクがボクが』って感じだったじゃない?」
美衣が言うと、マーサは「そうだったっけ?」と、顔を赤らめた。
「うん。そうだったんだけど、今日はちゃんとエリカちゃんが踊りやすいように、リードしてあげてたわよね。ココのステージはマスカレードより広いから、大きく動けるようにしてあげたりとか」
美衣の指摘を受けて、エリカは「どうりで初めてのステージなのにうまく踊れると思った」と合点がいった。
「今日は、とても勉強になりました! ありがとうございました」
エリカが礼を言って頭を下げると、マーサは「今日も2回ステップ間違ったろ。帰ったら特訓な」と言い、美衣が笑いながら「また遊びに来てね」と言った。
※※※
「ふう、こんなもんかしらね」
墓掃除を終えたナナが額の汗を拭きながら言った。
つるつるの墓石に、まぶしく日光が反射し、新たに供えた花が風に揺れている。
「おばあちゃん……」
小さな声で呼びかけた。
「また来るからね」
額をそっと墓石に寄せる。
「温かい」
祖母の心に触れたように感じ、ナナは微笑みを浮かべた。