ハワイの日差しはナメちゃダメ
「あ、リエちゃん、そっと。そ~っと、ね」
ホテルのベッドの上で、タマエが腹ばいになって寝そべり、リエに化粧水を塗ってもらっていた。
「タマエ姉さん、大丈夫? 肩、真っ赤よ」
心配してリエが言うと、メルがあきれながら「いいトシして、調子に乗って焼くから」と言った。
「ハワイの日差しをナメちゃだめよ。毎年来てるんだから、いいかげん学習なさいな」
タマエは苦痛に耐えながら、「ハワイに来て焼かねぇ豚は、タダの豚だ」とメルに反論した。
「大丈夫。今のお姉さんは、かなり紅っぽいブタよ」
リエが慰めると、メルは「どっちかっていうと焼き豚ねぇ」と言った。
※※※
「美衣ちゃん、ちょっと!」
エリカとマーサのテーブルで、昔話に花を咲かせていた美衣のところへ、先輩らしいニューハーフのホステスがやってきて、何やら耳打ちした。
「えー!? ホントに?」
美衣は「ごめん、ちょっと待っててね」と言い置いて、CASTの控室に行ってしまった。
「美衣姉、どうしたんだろう」
マーサは心配そうに控室のほうを振り返り、エリカもただならぬ雰囲気に不安になった。
「マーサちゃん、待たせてごめんね。実は……」
数分後、エリカたちのところへ戻ってきた美衣は、深刻な顔で事情を説明した。
ショータイムのダンスパートで踊るはずのCASTが足をねんざしてしまい、急遽プログラムを変更しなくてはならなくなったという。
「それで、ママとも相談したんだけど、マーサちゃん、ショーに出てもらえないかな?」
唐突な申し出にマーサが驚いていると、「メルママは、ウチのママとも知り合いだし、私からも後でちゃんと事情を説明するから、ね、助けると思って。この通り!」と、美衣が頭の上で両手を合わせて拝むようにした。
「じゃあ……」
しばらく考え込んでいたマーサは、覚悟を決めた様子で言った。
「ダンスのテーマ曲は、マドンナのヴォーグで。美衣姉と一緒に踊れるなら、ボクが出るよ」
マーサの申し出を聞いて、こんどは美衣が驚いた顔になった。
「ヴォーグって…… もう、ショータイムまで時間がないのよ。いきなりで合わせられる? それに、マスカレードで踊っていた時には、リエちゃんと三人のフォーメーションだったでしょ?」
暗にもっと難易度の低い曲を選ぶよう勧める美衣だったが、マーサは譲らなかった。
「フォーメーションなら心配いらないよ。今は、ボクがセンター。美衣姉の位置で踊ってるから」
美衣は「そう」と言って、「じゃあ、マーサちゃんのパートは?」と聞いた。
「もちろん」
マーサはそう言ってエリカのほうを見た。
「エリカが踊る」
※※※
「勇ちゃんは、本当にかわいい服が好きねぇ」
「うん」
保育園に通っている頃、祖母がお迎えに来てくれた時には、ショッピングモールで買い物をして帰るのが常だった。
両親は、私が女の子っぽい服を着ると嫌そうな顔をするので、本当に着たい服を買ってもらうのは子供心に遠慮していた。
私がピンクのパーカーを着ても、ニコニコしながら「かわいい」と言ってくれた、大好きなおばあちゃん……
「次は、小円寺前、小円寺前です」
いつの間にかウトウトしていたナナは、バスのアナウンスで目を覚まし、「次、とまります」のボタンを押した。
「……あら?」
バスが停車し、座席から立ち上がるとき、涙が頬を伝っていたことに気付いた。