序章
「ふう、やっと着いたわね」
ホノルル国際空港に到着した、ニューハーフショーパブ『マスカレード』のママ、メルは安堵のため息をついた。
「ハワイは本当に好きなんだけど、飛行機に乗ってる時間が長すぎるのが難点よね~」
ゴールデンウィーク恒例の、メルのハワイ旅行に同行したタマエとリエは、口々に「まったく!」「ねぇ!」と、同調した。
「でも、ハワイの空気と日差しは、やっぱり日本と違うのよねぇ」
メルがうっとりした顔で言うと、タマエが「今年も来たのねぇ」と、感慨深く言った。
※※※
「着いたよ。ココが美衣姉のいるお店」
エリカは、先輩であるボクっ子ニューハーフのマーサに連れられて、新宿のショーパブにやってきた。
ダンスの師匠でもあるマーサが、日ごろから「美衣姉のほうがボクより100倍ダンスが上手い」と言っているのを聞いて、マスカレードが連休となるゴールデンウィークに、ぜひ美衣のダンスを見てみたいとエリカが頼みこんだのだった。
「あら! マーサちゃん? 久しぶりねぇ」
エリカたちが店に入ると、ほどなくして美衣がマーサに声をかけた。
「うん。今日はエリカがどうしても美衣姉のダンスを見たいって言うからさ」
マーサがそう言って紹介したので、エリカは「はじめまして。去年の4月からマスカレードでマーサお姉さんにお世話になってます、エリカです」とあいさつした。
「あらまあ、マーサちゃんが先輩? 偉くなったもんねぇ」
美衣が笑いながら言うと、マーサは頬をふくらませて「なんだよ、これでもマスカレードじゃ、トップダンサーなんだから!」と言い返した。
※※※
「次の停車駅は、本庄、本庄です」
ぼんやりと車窓からの景色を眺めていたナナは、車内アナウンスを聞いて我に返った。
慌ててバッグを手に席を立つ。
「この辺りは、変わらないわねぇ」
本庄駅前のロータリーに立ち、ナナは左手で陽の光を遮りながらつぶやいた。
電車からバスに乗り換えて、利根川を渡る。新緑の季節なのに、なぜだか景色は色あせて見えた。
「昔からそうよね…… なんとなく埃っぽくて、疲れた感じがして……」
ナナの胸に、懐かしさとほろ苦い思い出が去来した。