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√B ルートB  作者: もんく
7/10

気狂いのお食事会

「お前…ムキムキじゃねぇか!」


夏休み後、初の登校日。太刀川が俺を見るなりそう言った。確かに毎日あれだけ運動していたのでだいぶ筋肉が付いた。自分の体は毎日見ているので分からなかったが改めて見て見るとムキムキとまではいかないだろうが前よりがっしりとはしているはずだ。


「俺とのガリガリ同盟はどうしたんだよ!」


「初めて聞いたわ、そんな同盟。」


「夏休みデビューか⁉︎」


「違えよ!」


と下らない話をしていたら篠谷もやって来た。


「木内に宅飲みの話した?」


「まだしてない。木内がムキムキになったのに気を取られて忘れてたわ。」


「げ!ホントじゃん!」


「げ!ってなんだよ。げ!って。」


「今まで痩せてたやつが急にムキムキになると何となく気持ち悪い。」


篠谷の歯に衣着せぬ発言に傷つく。人の彼女でも異性から気持ち悪いと言われるのは結構キツイ。


「所で宅飲みがなんなんだ?」


「そうそう。明日、木内の家で宅飲みしようぜって睦月と話しててさ。」


「家主のいない所で勝手に話を進めるなよ。」


「まあまあ、そんな事はどうでも良いじゃん。どうせ暇でしょ?」


と篠谷が背中を叩いてくる。なかなか痛い。



そんなわけで俺のうちで酒を飲む事になった。


「そう言えばヒナちゃんって二十歳過ぎてんの?」


太刀川が買ってきたピザとビールを出しながら聞いてきた。戸籍上では二十歳なので、俺も用意しておいたつまみとヒナが好きな日本酒を出しながら、そうだと答える。


「じゃあヒナちゃんも飲めるじゃん。飲もう!飲もう!」


と篠谷が叫んだのを合図に飲み会が始まった。



日が沈む前に飲み始めたので八時頃にはピザもつまみも殆ど無くなり、太刀川と買い出しに行った。その帰り道で太刀川に、俺はヒナの事が好きかもしれない。と告白した。


「今頃かよ。ていうか、かも知れないじゃ無くて好きだろ。」


と太刀川は呆れたように言った。


「好きだという事は前から知っていたけど、この好きが異性としての好きなのかが分からない。この感情が恋情なのか愛情なのかが分からない。」


それを聞いた太刀川は呆れた様な、バカにした様な、哀れんでいる様な、とにかく俺の事を見下しているという事だけはハッキリと分かる顔をした。


「おいおい、いっつも二言目にはまあ良いか、とか何とかなるか、って言ってる癖にそんな事で悩むなよ。」


そう言って俺の前に立ち、ニヤリと笑い「流石童貞は違うね。」と言って来た。

そう言われると確かに純粋すぎというか夢見がちなな事で悩んでいる様な気がしてきて、なんだか恥ずかしくなってきたので


「こっちは真剣に考えてるんだけど。」


と逆ギレ気味に誤魔化す。


「分かってる分かってる。この恋愛のプロフェッショナルのこの俺が相談に乗ってあげよう。」


と張り切っている。


「お前はいつから恋愛のプロフェッショナルだったんだよ?」


「お?バカにしているな?良いか?世の中に恋愛経験が豊富だと言っている奴は五万といるが、そう言う奴は大体すぐ別れているから恋愛経験が豊富なんだ。だが俺は恋愛経験が豊富な上に睦月とは長く付き合っている!そんな奴はそうそういないぞ!」


確かにそうかも知れない。知らんけど。


「まあ、俺の事はともかく、恋情だろうと愛情だろうと別にどっちでも良いんじゃ無い?」


「あれだけ啖呵を切っておいて投げやりだな。」


「投げやりなわけじゃなくてさ。ヒナちゃんと付き合いたいなら付き合えば良いじゃん。キスしたいならすれば良いしヤりたいならヤれば良いじゃん。」


「お前今凄い事言ってるぞ。」


と引いていると太刀川は少し困った顔で、


「んーっと、俺が言いたいのは自分のしたい様にすれば良いって事だよ。お前ががどう言う意味で好きなのかは知らないけど、そんなのあんまり関係ないんじゃ無いかな?お前はどうしたいんだ?」


「俺は…ヒナが幸せならそれで良いかな…」


「純粋というか重いと言うか…取り敢えず童貞っぽいな。」


「何だと⁉︎」


太刀川は最後に失礼な事を言ってきたが、確かに俺は深く考え過ぎていたかもしれない。物事は全て出来る限り単純にすべきだと言ったのはアインシュタインだったか?

自分の気持ちに整理がついたので太刀川に相談して正解だったなと思っていたら家に着いた。中で篠谷とヒナの話し声が聞こえる。


「えー!ヒナちゃんブラ着けてないの〜⁉︎」


「え!マジで⁉︎見せて‼︎」


と太刀川がドアを勢いよく開けて部屋に飛び込む。


「太刀川、テメェ!お前は自分のやりたい事を実行に移し過ぎた‼︎」


たまにはいい事を言うと思ったが、なんだか説得力が一気に無くなった。



「前の仕事の給料を振り込みたいからお前の口座番号と銀行名を教えてくれ。」


未だ残暑は残るがセミの鳴き声が聞こえなくなった頃、ローワンが電話そう聞いて来た。


「新手の詐欺か?」


「そんなに金に困っている覚えはない。そもそも口座番号だけでどうやって金を取るんだ?」


「それは魔法で何とかするんじゃ無いか?それに前の仕事の給料にしては遅すぎないか?」


「魔法でやるなら口座番号を聞く必要すらない。

それに、これだけ遅くなったのは協会の連中どもがお前に金を出すのを渋ったのを私が説得したからなのだぞ!」


ローワンが俺を騙そうとするとは思えないので口座番号を教えた。

後日通帳に今まで見た事のない様な金額が振り込まれていて驚いた。

ローワンは魔法協会の給料は良いが色々と金がかかるから自転車操業だと言っていたが、この金額がほとんど無くなるって、一体何に金がかかるのだろうか?考えるだけで恐ろしい。

しかしヒナが来てからバイトに行っておらず、今までの貯金で生活しており、そろそろ底を尽きそうなのでまたバイトを始めようかと思っていたので有難い。

ローワンが俺に給料を払う様に魔法協会を説得してくれたらしいのでお礼の電話をした。するとローワンはまた仕事を持ってきた


「金は有り難かったがこれ以上ヒナを危険に晒したく無いから今度の仕事はやらない。」


「君は自分のせいでヒナを危険に晒していると思っているかも知れないが、君と出会う前のヒナはもっと危険な目にあっていたぞ。むしろ今ヒナは人生で最も平和な日々を過ごしている。」


「だとしたら尚更、ヒナがやっと手に入れた平和な日々を奪う訳にはいかない。」


ローワンはフムと一息つきついた。


「だが、今回は頼んでいた物を取りに行くだけだから凄く安全だ。それと今回も魔法協会の者が睨みを利かせているから素直に仕事を受ける方が安全だと思うがな。」


「ローワンは俺たちの味方なのか敵なのかどっちなんだよ。」


と問いただすとローワンは困った様な声で


「魔法協会は君達の事を駒としか思っていないが、私は味方になりたいのだよ?その証拠に協会は今回の仕事も危険な事をさせようとしていたが私が幼稚園児にも出来るような仕事にしてやったんだぞ。」


「本当なら感情受信魔法を使いたいところだけど、電話越しでは使え無い、それにローワンには色々と世話になっているから今回はローワンを信じるよ。」


「アハハ!君に信じられる日が来ようとは夢にも思わなかったな!それじゃあ予定が決まり次第連絡する。」


とローワンは上機嫌で電話を切った。



後日再び連絡が来た。


「君には学校もあるから日曜日だけ仕事をしてくれ。李にはちゃんと伝えてあるから、早速今週の日曜日から宜しく頼む。」との事だった。



その週の日曜日、ローワンは俺を見るなり顔をしかめて少し唸った。


「なんだよ。」と聞くと


「君に筋肉が付くと気持ち悪いな。」


と言われた。

なんだか俺に筋肉がついたことに関してみんな揃いも揃ってひどい言いようである。


「まぁそれは置いておいて二人ともこれを着たまえ。魔法総会支給の上着だ。」


そう言って渡してきたのは緩く長い袖とフードの付いた薄手の上着だった。内側には沢山のポケットが付いている。

要するに魔術師か暗殺者が着てそうなコートだった。


「魔法使いの間では肌の露出が少なければ少ないほどきちんとした格好として扱われるからこれを着ていけ、それとこの服は戦闘時にも結構使えるから今後の仕事の時は持っていくように。今回は一応、手袋も着けて行きたまえ。」


「きちんとした格好ってどこか改まった場所に行くのか?」


「魔法総会のお偉いさんに会いに行くから一応な。」


李さんの時と同じ様に車庫の転移魔法経由の車でどこかに連れていかれた。周りに生えている植物の植生や建物の様式からして明らかに日本では無い。しばらく進むとヒナが「何あれ。」言った。ヒナの指差す先を見ると尖塔の連なった様な城が見えた。


「あの城が我々の目的地だ。及ばずの姫君と呼ばれる魔法使いが住んでいる。」


「及ばずの姫君って、どんな魔法使いなんだ?」


「魔法協会の六条開発官で多くの魔法や魔法道具を開発している。」


「六条開発官って.確かローワンは六条実行官だったよな?」


たしか癒し手と戦った時にそう言っていた。


「ああ、魔法協会にはいくつかの班に分かれていて、彼女は開発班、私は実行班だ。一応同等の地位なのだが開発班は権力が強いから彼女の方が実質上官だ。」


魔法協会も色々とめんどくさそうだ。


「因みに及ばずの姫君って言うのは彼女の体には一切の損傷を与えられないからそう呼ばれている。」


「それは彼女の開発した魔法なのか?」


「いや、それは憑かせ屋と言う魔人の魔法によるものだ。

憑かせ屋はその時最も強い念のみ存在、死霊となり半永久的に影響を与え続ける固有魔法を持っているタコみたいな魔人だ。

例えば、ある人を苦しませたいと強く願っている時にこの魔法を使うとその人に苦しみを与える魔法をかけ続ける死霊になる。

多くは呪いの様にこの魔法を使うことが多いが、何かを守護する為に使われる事もある。

他者を死霊にも出来るがその場合、死霊になった者の最も強い念が適用される。

ハイリスクな上に扱いが難しい代わりに非常に強力な魔法で、国を呪った者の死霊のせいで国が一つ滅んだ事もあるとか。

及ばずの姫君の母親は姫君を溺愛する余りに憑かせ屋に自分を死霊にさせ、今なお守り続けている。」


「子離れ出来てない親レベルMAXって感じだな。」


ヒナはそんな話に興味が無いらしく腹が減ったと愚図っている。


「姫君の前でそんな無礼な事言うなよ。お前の百万倍は強いからな。」


「なんだその小学生みたいな表現。てかそんなに強いのか?」


「ああ、憑かせ屋の魔法だけでも厄介なのに自分で開発しためんどくさい魔法を沢山使えるからな。それと、李のもとで修行していたからといって、あまり無茶をするなよ。『私の国では強いサソリよりネズミの方が長生き』と言うことわざがある。」


ローワンはいつもの様にこちらをちらりとも見ずに答えた。


「日本にも『生兵法は大怪我の元」』と言う言葉があるだろう?危険な時は逃げるのが一番だ。中国には『三十六計逃げるに如かず』と言う言葉もある訳なのだから。」


ことわざのオンパレードである。普通に言うよりは説得力はあるけど。


「そうするよ。一応、分をわきまえてるつもりだし。所でローワンの国って何処だ?」


「それは秘密だ。」


李さんと言いローワンと言い魔法関係者は自分の情報をと殆ど教えようとしない。今時のアイドルの方がまだ少し個人情報を出している。



城のについたので車を降りると白髪のオールバックに燕尾服さらには片眼鏡まで付けた初老の男が迎えに来た。こんなに執事っぽい人が実在する事に驚きながら、その男に案内されるまま城の中に入る。

城の中の体育館ほど天井の部屋に連れられた。その中央には置いてあるよく絵画で見るような長くてゴージャスなテーブルがありそれぞれ執事に指定された席に座った。

所謂お誕生日席を開けてその左側に俺とヒナ右側にローワンと言った形で座った。

俺たちが入って来たのとはまた別の扉から食事が運ばれて来た。

ヒナはご飯が運ばれていると分かるとそちらの方をじっと見て目を離さない。

食事を運んで来たのはこれまたメイドらしい服装のメイドであった。それもメイド喫茶のようなミニスカにカチューシャみたいなメイドでは無くて中世の絵画に描かれていそうな本物のメイドである。俺は別にメイドが好きなわけでは無いがここまでそれらしい人が登場すると少しテンションが上がる。

ただメイドが中年のおばさんだったのは少しガッカリしたが、それは実際のところ召使いの殆どがおばさんだったろうから仕方がない。

出された料理は何だか小洒落たサラダだった。大きな皿にチョコンと野菜が盛ってあってよく分からんソースが波模様にかかっている。

味は美味しかったが食べた気にならない。ヒナはあからさまに機嫌が悪い。


「お久しぶりです。及ばずの姫君。


ローワンがそう言ったのであたりを見回すとお誕生日席の所に50代ほどの白人女性が座っていた。いつの間に現れたのか全く気が付かなかった。一体どんな魔法なのだろうか?

及ばずの姫君の髪はすっかり銀に染まっているが、美しい輝きがあった。白人特有の青い目がとても目立つ。背筋はピンと伸びて若々しく、育ちの良さが伺える上品な物腰である。

正直に言うと姫君と言うのだから若い女性だと思って居たので思っていたより年寄りで驚いた。


「久しぶり、ローワン。会えて嬉しいわ。」


と姫君は気品があるが何処と無く重く、威圧感のある声で話し始めた。


「ところでそちらのお嬢さんがカラスかしら?そしてその隣の子がカラスを手懐けた木内良吾かしら?」


と俺たちの方を向いた。


「こいつの事はヒナってよんでやってください。それに手懐けたって言い方もやめて下さい。」


そう姫君に言うと後ろでボトボト、と弾力のある物質の落ちる音が聞こえたので振り返るとヘビの死体が転がっていた。

どうやらヒナが姫君を攻撃しようとしたが俺の発言でやめたらしい。知らぬ間に修羅場を回避していた。


「ンフ、気を悪くしないで欲しいわ。悪気は無かったのよ。私はヒナさんにとっても興味があるから仲良くしたいのよ。」


それを聞いてヒナは俺の腕を掴みながら、「なんで?」と姫君に聞いた。


「あなたの様にマナの量が多い人はなかなか居ないから、もしあなたの体の謎が解明されたらきっと多くの人が喜ぶわよ。」


と言って姫君は微笑んだ。


「ヒナに手ェ出さないで下さいよ。」


一応釘を刺して置く。


「あら怖いわね。あなたとヒナ嬢は恋人なのかしら?」


と聞いて来た。

俺がヒナの事を恋愛対象としてみているかは分からないが少なくとも付き合ってないので


「違いますよ。」


と答える。するとヒナが


「え⁉︎違うの?」


とこちらを見てきた。思わず


「え⁉︎付き合ってたの?」


と答えてしまった。


「付き合うって好きな男の子と女の子が一緒にいる事でしょ?」


とヒナが聞いて来た。

そうなのだろうか?本当にその定義で合っているのだろうか?その好きが恋愛感情の好きだったら合っているような気もするが、少なくともヒナと俺は付き合っていないだろう。


「良吾は私の好きじゃない?」


「そんなわけ無い。」


「付き合ってる?」


「それは違うと思う。」


「じゃあ付き合う?」


「…」


これは告白されたのだろうか?なんて答えたら良いのだろうか?ローワンはニヤニヤしてるし姫君も微笑みを浮かべている。


もしヒナと付き合う事になったらどうなるだろうか?

この告白を断ったら、この後ヒナと少し気まずくなるだろう。そうならなかったとしても俺がやっぱりヒナの事が好きだった場合、一度断ったのに俺からまたよりを戻すのも何と無く気まずい。何より振るとヒナが傷つく。

もしオッケーしたとしたら俺に好きな人が出来てもその人と付き合えない。だが、正直ヒナと付き合ってなくても同い年の女と同棲してる時点で多分相手は引くだろう。そもそも俺はヒナに手一杯で他の女にまで手が回ら無いだろうし、正直そんな事仮定してもしょうがない。

それよりも、そもそもヒナが本当に俺の事が好きだとは限らない。大抵の娘はお父さんと結婚したいって言うらしいし、その類かもしれない。

どうするのが一番ヒナが幸せだろうか?どうしたら一番俺が傷付かずに済むだろうか?

くよくよとそんな事を考えていたらローワンが痺れを切らした。


「もう付き合っている様なものじゃ無いか!何なら同棲しているのだから事実婚みたいなものだろう!セックスレスの夫婦よりは君たちイチャイチャしているじゃ無いか!」


「俺たちがいつイチャイチャした⁉︎」


「常にしてるじゃないか。ここに来る途中も意味も無く頭を撫でたり、抱きしめたり、もたれかかったり…」


確かにそういう事をしていたが、それは何というかイチャイチャしていたのでは無く子供を可愛がる感じのつもりだった。しかし改めて口に出して言われるとなんだか物凄く恥ずかしい。

顔が火照るのが冷めるまで黙っていたらスープが運ばれてきた。


「ところで私が貴方達を呼んだのはこんな話をしたかったからでは無いのだけれど。」


とスープを運んだメイドが下がった頃に姫君がそう言った。


「あぁ、申し訳ありません。私とした事がつい与太話に興じてしまいました。今回はどの様な素材を御所望ですか?」


「まず初経を迎えたばかりの純粋な処女の髪を十センチ三つまみ、マンドレイクのドライフラワーを三十個、ペリカンの胸の血、これらを持ってきて下さるかしら?」


「畏まりました。」


それで会話が終了した。

姫君が話題を変えたお陰で俺はヒナの告白らしきものの返事をせずに済んだが、これだけの話ならわざわざ会話を切らなくても良かったのではないだろうか?何なら依頼をメールかなんかで送った方が効率的だと思うが何か理由があるのだろうか?

その後、豚でも牛でも鳥でもないよく分からん肉料理、妙に凝った盛り付けの魚料理料理、小さなアイス、そして食後のコーヒーが出てきた。

この時は、これがフルコースというやつかな?と思ったが後で調べてみると順番などが違ったのでただ姫君が好きな料理を順番に出しただけかもしれない。

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