この様に運命は扉を蹴破る
7月10日、少し季節外れなセミの鳴く声で目を覚ました。しばらく自分がどこに居るのか分からなかったが、自分の部屋の玄関だった。
昨日飲み会だったから酔っ払って家に着くなり倒れこみ、そのまま寝てしまったのだろうと寝転んだまま考えた。
時計を見たらまだ8時だったので布団でもう一度寝直そうと思い、立ち上がる。布団の方を見ると見知らぬ少女が寝ていた。
…何で?いやいやいや!意味わからん‼︎誰だこの子?
思わずベランダに飛び出す。太陽の光が眩しくて頭が痛くなったので台所の蛇口から直接水を飲む。
水を飲んで少し落ち着いた。
…いくら混乱していたとは言え、なぜ俺はベランダに出たんだろう?我ながら理解出来ない。
落ち着いたものの未だになぜ少女が部屋にいるのか全くわからない。空から女の子が落ちてきたにしてはしっかり部屋の布団で寝ているのはちょっとテクニカル過ぎる。
もしくは新手の美人局だろうか?子供を使うなんてとんでもない下衆野郎だ。しかも未成年は何もしていなくても家に連れ込んだ時点で捕まるからタチが悪い。
少女に見覚えがないかよく観察してみる。中学生くらいだろうか?見方によっては小学生にも見えなくもない。ボサボサの黒髪で服も黒い。肌は今が夏だと忘れてしまいそうなほど白い。むしろ青白いくらいだ。日頃よく運動しているようで、スラリと引き締まった身体をしている。
観察して見たが、全く見覚えがない。昨日の記憶を辿ってみるが、飲み会に行った後の記憶が全く無い。
俺はロリコンの気は全く無いが酔っ払いというのは何をしでかすか分からないので、一応酔った勢いで行為に至っていないか確認しなくてはならない。取り敢えず少女の服はみだれていない。思わず胸を撫で下ろす。
しかし少女から少し酒の匂いがする。もしかして俺はこの子に酒を飲ましてお持ち帰りした挙句そのまま自分が酔い潰れて寝てしまったのでは無いか?
どれだけ頑張っても昨日の事が思い出せないばかりか、二日酔いのせいで頭が痛くなってしまったので少女を起こして直接聞くことにした。
俺のこういう思い切った性格好き。
少し揺すると唸りながらも目を開けたので
「昨日の記憶が無いんだけど、何があったか教えてくれない?」
と聞くと枕に顔を擦り付けながら、
「酒…奪おうとして…良吾…家無いなら…俺の所来いって…」
と言ってまた寝てしまった。
俺が本当にそんな両さんみたいな事を言ったのだろうか?それに酒を奪おうとしたってどう言うことだろう?俺から酒を奪って飲んだなら俺の責任では無いのか?何よりこんな子供が家が無いってどう言うことだ?
色々気になることはあるが、もう一度起こしてもどうせすぐ寝てしまうだろうし、とりあえず二人分の朝食を作ることにした。
普段はトーストしか焼かないが、子供にしっかりとしたご飯を食べさせられないのは情けないので、今日は目玉焼きとレタスも付ける。
朝食が出来たので、
「おーいご飯出来たぞー!起きろー。」
と言って少女を起こす。少女は布団の中でモゾモゾ動きながら、
「食べない‼︎」と叫んだ。
「ちゃんと食べないと大きくなれないぞー。」
「うるさい!」
そう言って少女が飛びかかってきた。思わず仰け反る。手で持っていた朝食が宙を舞うのが目の端に映る。
適当に少女を流そうとしたら、少女の後ろから十数匹のヘビが飛び出してきた。全て毒のないアオダイショウだったので。ヘビが傷つかない様に優しく受け止めた。(めちゃくちゃ噛まれた)
「変態!?」
と少女が本気で引いている。
少し傷つきながら、
「変態って何だ。俺はヘビが好きなだけで変態じゃない!それよりどこにヘビを隠してたんだ?」
「隠してない。魔法で作った。」
急にファンシーなことを言い始めた。魔法だなんてとても信じられないが、俺に噛み付いて来たヘビたちは急に動かなくなったし本当に魔法なのだろうか?
「魔法で作ったって言うなら、このヘビたちを消して見せてよ。」
「出来ない。」
「マジか…」
この量の蛇の死体を片付けるのかと思うと今から疲れてくる。
本当に魔法かどうかを確認するために
「じゃあもう一匹だけ出して見てよ。」と言うと、
「良いよ。」
と今度は快諾した。
少女は手のひらを胸くらいの高さで上に向けた、すると手のひらから筋繊維や血管、神経、骨格などが植物の様に生えてきて、まるで紐を組むかのように絡まりあってヘビを形作っていった。
まさか本当に魔法だったとは。一体どうやってやるのだろうか?魔法への好奇心と憧れから
「俺にも魔法教えてよ。」と頼む。
「ぐってやる。」
本当にぐってやるだけなのか、少女が教えるのが下手なのか、はたまた適当にあしらわれたのか、わからないが教わるのは無理そうだ。仕方がないからヘビのようなものと朝食を片付ける。
床を拭いていたら、少女の足にも卵の黄身が付いていて、それを床に擦り付けていたので、拭いてやる。
「さっきの…ごめん。」
拭いていたら急に少女が謝ってきた。なかなか素直で可愛らしかったので、
「良いよ良いよ、寝起きって機嫌が悪くなりやすいよな」
と許してやった。
朝ごはんをもう一度作り直す。そういえば少女の名前を聞いてなかった。
「そう言えば、なんて名前なの?」
「名前知らない、けど捕まえようとする奴らはカラスって呼ぶ、気に入ってない。」
「お前を追いかけてくる奴らが居るのか⁉︎誰に追いかけられてるんだ?」
「分かんない。」
「マジか。」
このご時世で追いかけられてる奴なんてそうそういない。なぜ追いかけられているのだろうか?魔法が使えるから追いかけられてるのだろうか?はたまた組織の秘密でも知ってしまったのだろうか?よく分からん。
それに名前が無いってどういう事だ?そんなやつ『吾輩は猫である』の吾輩しか知らない。
しかしこれからこの少女をどうすれば良いのだろうか?家も無いし、よく分からん奴らに追われてるなら、家から追い出すわけにもいかない、警察に届けても警察が少女を追っている組織に通じていた場合、少女が捕まってしまうし、そうでなくても俺が捕まりそうだ。
そもそも俺が少女にウチに来るか?と聞いたらしいので、しばらくウチに置いておこう。
そんな事を考えていたら、ご飯が出来た。
少女は暴れて腹が減ったのか、さっきまで食べないと言っていたくせに手づかみでがっついた。
「おいおい目玉焼きくらい箸で食えよ。」
「使い方知らない。」
一体どんな環境で育ったのだろうか?色々教える事が多そうだ。
そんな少女の姿を見ていたら、雛が餌をガッついている様に見えた。ちょうど呼び名もカラスらしいし、常識知らずなのも雛っぽい。
「カラスって呼ばれるのが嫌だったらヒナって言うのはどうだ?」
と冗談交じりに言って見たら、
「ヒナ…ヒナか…可愛い…!」
と嬉しそうだった。名前の由来は言わ無いことに決めた。
ヒナ視点
暖かくなってきて夜過ごしやすくなったから夜道歩いてたら、空き地で男が一人なのに楽しそうに酒飲んでた。男の隣にビール瓶が五本転がってる。
ちょうどお酒飲みたかったから、脅してお酒を奪おう。
早速、大蛇出して脅かしたのに男は逃げずに喜んだ。
「お前スゲェな!マジックか⁉︎」
ヤバイ奴捕まえちゃった、って思ったけど、
「一緒に酒飲むか?酒の肴にもっとマジック見せてくれよ‼︎」
て言われたから、お酒が飲めるならまあいっかって思って、時々魔法を披露しながらお酒飲んだ。男の飲むペース遅かったから、ほとんど私が飲んだ。
最後の一本を惜しみながら飲んでると、
「お前こんな時間まで家に帰らないで、親に怒られないのか〜?」
って今ごろ聞いてきた。
「お母さん出てった、お父さん殺した、家無い。」
「マジか〜!おっかね〜!アハハ!家が無いならうち来るかぁ?」
びっくりした。今まで見てきた大人達は私を捕まえようと追いかけて来るか、怖がって逃げるかだったから私を怖がらずにうちに来るか?って言う人が居るなんて。
嬉しかったからついて行った。もし罠でもぶっ飛ばせば良いし。
男の家に行く途中に男の名前が城崎良吾だ、って聞いた。
家に着くなり良吾は床にぶっ倒れた。ゴッと鈍い音がしたけど、スースーと寝息をたてながら寝ていたから大丈夫だと思う。私は布団があったからそこで眠た。
「おーいご飯出来たぞー!起きろー。」
って言う声で目が覚めた。眠かったから
「食べない‼︎」
って答えて二度寝しようとしたら、
「ちゃんと食べないと大きくなれないぞー。」
って言ってきた。寝るの邪魔されて腹立ったから、小さなヘビを出して噛みつかせたら、良吾はそれを避けないで受け止めた。めちゃくちゃ噛まれてるのに少し嬉しそうな顔してる。気持ち悪かったから
「変態!?」って言ったら、
「変態って何だ。俺はヘビが好きなだけで変態じゃない!それよりどこにヘビを隠してたんだ?」
って聞いてきたから、
「隠してない、魔法で作った。」
って答えた。
信じなかったからもう一回、目の前でやったら、教えてくれって言ってきたけど、ほぼ感覚でやっていたからうまく教えられなかった。ばあちゃんはどうやって教えてくれたっけ?そもそもばあちゃんは人に魔法知られちゃダメって言っていたけど、今までいろんな人の前で魔法を使っていたし良っかな?
良吾が魔法を習うの諦めて私が散らかした部屋の掃除を始めたの見て、さっき良吾を襲ったせいで良吾に嫌われたらどうしようって思った。もし良吾に嫌われたら私を受け入れてくれる人もういないかも…不安になったから、良吾に謝る事にした。
謝る機会を伺いながら足についた卵の黄身を床で拭いてたら、良吾が私の足を拭いてくれたから謝ったら良吾は笑って許してくれた。
そのあと朝食を食べている時に、良吾がヒナって、名前を付けてくれた。
この時初めて名前がついた。
もしかしたら生まれた時には名前あったかもしれないけど、名前で呼ばれた記憶は無いから私にとって生まれて初めて付けられた名前。便宜上の呼び方じゃ無くて、お前でも無くて、私のために付けられた私の名前。
城崎良吾 視点
昨晩風呂に入って無かったので、ご飯を食べた後風呂に入った。ヒナは嫌がったが、酒だけでなく汗の臭いもキツかったので無理やり入らせた。
ヒナは入る時に嫌がった割に入れば長風呂だった。
あまりに長かったので心配になって声をかけたら元気そうだった。
風呂から上がって、ヒナもサッパリした。ボサボサの髪も少しはマシになったが膝くらいまであって少し長すぎる。美容室にでも連れて行かなくては、
それにヒナは一着しか服を持っていないので服も買おう。
その旨を伝え、一応
「一つだけ約束な、外で魔法を使うなよ。面倒な事になるから。」
と釘を刺しておく。
ヒナは
「分かった。」
と頷いた。やはり割と素直なやつだ。
外に出た頃にはもう随分暑くなっていた。じわじわとした暑さを避けるために影に沿って歩いていく。ヒナは暑さに弱いようで日陰から出る時は俺の影に隠れながら歩いていた。
俺の住んでいる町は条例により一定以上の大きさの建物の屋上には木が植えられてある。それがまるで森のようになっているので、屋上林と呼ばれていてる。自治体はラピュタに似ていると言って、観光客を呼ぼうとしているらしいが、だいぶ無理がある。
屋上林のお陰で他の町よりは随分と涼しいし日陰も多いが、それでも歩いているだけで汗ばんでくる。そんな中、安村洋服店という安さを売りにしている服屋があるのでそこに向かう。
ちなみに安村洋服店は名前が似ているので、しまむらをライバル視しているが、身の程知らずもいいところだ。
安村洋服店に着いたので、
「 好きな服を選んで来い」
と言ったら店内に走って行った。恐らく服を選ぶのが楽しみだからじゃなくて店内にクーラーが付いているからだろう。
その後を追うように店の中に入る。自分は特に欲しい服も無いのでぼんやりしていたが、何もせずに店の中に居るのが申し訳ないような気がして来た。
どうせ誰も気にしていないだろうが居心地が悪いので、何となく外に目をやったら前のベンチに美人な黒人のお姉さんが座っていた。この町ではほとんど外国人が居ないのでよく目立つ。
店に来た時も座っていたら気付いていた筈だが、俺が店に入ってからの数秒の間に座ったのだろうか?
外国人の歳はよく分からないが恐らく二十代くらい、スタイルも良くダークスーツをカッコよく着こなしている。
手招きして来たので、何か困って居るのかと思い外に出ると、
「君はあの黒い服の少女とどういう関係なんのだね?」
と流暢だが変な言い回しの日本語で聞いて来た。
流石に今朝何故か部屋にいた他人ですよ〜とは言えないので、
「兄妹です。」と答えた。
「嘘はいけないよ、少年。」
あまりにも自然に返してきたので、あ、すいませんと答えそうになった。
「君とカラスとはどの様な関係だ。」
この女、ヒナの事をカラスと呼んでいると言うことはヒナを追いかけて居る奴だろうか?だとしたら下手な事を言うといけない。とりあえず黙っておく事にした。
「ローワン!良吾に何やってる‼︎」
振り返るとヒナが大量の服の値札をちぎりながら店から出て来た。
「お前こそ何やってんの⁉︎値札を千切ったらそれを全部俺が買わなきゃいけないだろ‼︎」
「買うって何?」
「お前思っていた以上に常識が無いな…とりあえず千切るのをやめろ。」
ヒナは不服そうながら千切るのをやめた。
「驚いたな、あのカラスが人の言う事を聞くだなんて。」
「カラスじゃない!ヒナ‼︎」
「雛?」
「良吾が付けた私の名前!」
「ふぅん、ヒナか…少年。良い名前を付けたな。何というか、彼女に対する愛情を感じる。」
冗談交じりに言った名前なのになかなかどこでも高評価である。この時、名前の理由は墓まで持って行こうと決意した。
「そんな事より何故ヒナを捕まえようとしているんだ‼︎」
罪悪感から話題を変える。もちろん実際に気になっていた事ではあるが、
「捕まえる?ヒナからどのように聞いてあるかは知らないが、私は魔法使い専門の児相みたいなものだぞ。」
魔法だの何だのと出て来たのをので俺は闇の教団みたいなおどろおどろしい組織だと勝手に想像していたが、児相だなんてえらく現実的だ。
チラリとヒナのほうを見るとポカンとしている。おそらく児相の意味が分かっていないのだろう。
「じゃあ何でヒナはこんなに逃げているんだ?」
「それは昔、私の部下がヒナの事を子供だと思って力ずくで捉えようとしたからだ。その時の事を何度も弁解しようとしたが警戒してしまって話もロクに出来ていない。」
話の筋は一応通ってはいるが、信用出来ないのは変わりない。相手の出方を伺っていたら、ローワンはしばらく黙った後、
「少年は魔法を習いたくはいないかい?」
と聞いて来た。
「ハァ?」
「私が魔法を教えてあげよう。本当は一般人に魔法を教えてはいけないのだが、君はもう魔法の存在を知ってしまっているし、一般人とは言い難いからな。うちの施設に来たら魔法を練習する用意も整っている。」
「何言ってんだ、俺はあんたの事をこれっぽっちも信用していない。そんな奴の所に誰がノコノコ行くか。」
「私達の所に来るのが嫌だったら君のうちにで教えようか?もちろんヒナも同席して良い。」
「え⁉︎」
その後、結局ローワンに魔法を教えてもらう事になった。
ヒナは
「こんなヤツ良吾の家に連れて行くなんて危ない、ゼッッッッタイ!ダメ‼︎」と言っていたので、
「こいつは俺たちが昨晩会ったということも知っているようだし、恐らく俺のうちも知っている。つまり来ようとすればいつでも俺の家に来れるって事だ。それにヒナを無理矢理連れ去るつもりなら、今やらないのはおかしい。何より俺も魔法が使えた方がヒナも安全だろ。」
と説得したが、実際は魔法を習いたいと言う気持ちが大きかった。
「良吾が狙われたらどうするの。」
とヒナが呟いて、少し恐ろしくなったが、
「俺なんて狙ってどうするんだよ。」
とヒナの頭を撫でながら自分を落ち着かせた。
ローワンはヒナが値札を千切った服の代金を店に払った後、俺に携帯番号を渡して帰っていった。俺の住所を聞か無かったのでやはり俺の家を知っているのだろう。




