派遣者面接中
「じ、自分何すればいいっすか!?」
「とりあえず落ち着いてください。まだ面接の相手すら来ていませんので」
「座ってゆっくりコーヒーでも飲んでいるといいよ。……飲めるよね?」
落ち着きなくウロウロとしている癒山に対し声を掛ける渡良瀬と蓋。
どうやら面接をこれから行うようで、どっしりと落ち着いた雰囲気を彼らは見せている。
「いただきますっす。……ズズズ、ふぅ。……落ち着いたっす」
「ツッコミを入れたら負けのような気がしますのでツッコミませんよ?」
「いいなぁ。コーヒー飲めるのか」
「そういえば社長はコーヒーは苦手でしたね」
「あんな苦い墨汁みたいなのを飲む気が知れないよ」
「今まさしく飲んでる自分の前で言うのはひどいっす!?」
そんなやり取りを3人がしている時である。不意に部屋の扉がノックされる。
一瞬で雑談をしていた雰囲気は掻き消え、張り詰めた空気に変わるのが分かる。
「どうぞ」
渡良瀬が入室を促して、失礼します。と入って来たのは――スーツ姿の小太りの男性。
「この面接では他の会社とは違う質問をいくつかしていきますので正直にお答えください。まずですが、異世界というものについてどの程度ご存知ですか? 具体的に読んだ小説や漫画の数などあれば教えてください」
淡々と、慣れている様子でそう投げかけた渡良瀬は、目の前にいる異世界への派遣希望者の情報に目を通す。
年齢やこれまでの職歴、有している資格の項目は全て無視し、希望する世界観という項目にのみ視点を落とす。
・魔法のある世界
・近代文明より発達した世界
・今よりも発達していない魔法の無い世界
・その他
と項目があり、彼は一番上の魔法のある世界を希望するらしい。
異世界への派遣を希望してくる人々のおよそ8割はそうなのだが、どうやらファンタジー世界というのはそれほどまでに魅力的らしい。
「し、小説や、ま、ま、漫画はかなり読み込んでます! あ、あ、後は、アニメになっているのも、全部!」
緊張してるのかあまり落ち着きなく、また、少し早口でそう答えた彼の目は憧れの異世界へ行ける、と輝いていた。
「予備知識としては十分、と解釈します。魔法のある世界を希望するとの事ですが、それ以外に希望はございますか? 中世ヨーロッパくらいの生活基準、や、なんでしたらゲームのタイトルを言っていただき、その世界観に近い異世界への案内というのも可能です」
「ほ、本当ですか!? じゃ、じゃあ――」
彼が口にした作品のタイトルは、他の派遣者と比べるとかなり異質、とも言えるような内容のモノだった。
「本当にそれに近い世界観でよろしいのですね?」
「は、はい。……恥ずかしながら、自分はニートで、毎日妄想に耽るようなオタクです。他の方と同じような世界に行っても他の方と同じように出来る自信がありません。なので、この世界観を望みます」
半ば自虐ともとれる自己分析は渡良瀬よりは、隣で聞いていた蓋を感心させるものだった。
どんなに時間をかけようと、自分の事を正しく客観的に評価する、というのは難しい事だ。
それが悪い評価であるならば尚更で、身の程を知る、というのはいついかなる時でも重要な事である。
彼を異世界に送り出した時に、この会社へ貢献する確率を66%と知った蓋は、微妙過ぎる確率に採用するかどうか迷っていたのだが、この彼の言葉を聞いて採用する事に決めた。
その事を渡良瀬にハンドサインで伝え、次の質問へと移らせる。
「わかりました。では希望に近い世界観へ派遣させていただきます。続いて希望する能力になりますが……空白なのはなぜですか?」
指示され、次の質問へ移る渡良瀬は指摘した項目の部分を確認し一瞬驚いた。
少なくとも自分の希望する能力を空欄で出した者など記憶にない。
それこそが彼らの望むものであるはずだし、こここそが異世界に行くうえで最も大事といっても差し支えないものだからだ。
「思いつかなかったんです。……自分が何か能力を活用している様が想像できなくて。希望が無ければ無作為に与えられるとあったので」
「なるほど。こちらで与えた能力で構わないという事ですね。分かりました」
元々ニートや事情があって働けない人たちが来るのがここだ。他の会社の様なまともな質問は用意していない。
何処に行きたいか、どんな能力を持って行きたいか。
これだけ分かれば後はこちらの仕事。……もちろん採用されればであるが。
「本日の質問は以上になります。続いて異世界へ派遣されるにあたっての注意事項や持ち込み可能品、不可品についての説明に入らせていただきます」
言い出したのは蓋で、渡良瀬以外の癒山と面接を受けている男には、それが採用が決まった事を表すという事に気付いていない。
渡良瀬に資料を渡させながら、蓋は確率が89%まで跳ね上がった彼を見て、ほんの僅かに頬を緩めるのだった




