「選択者」という肩書
「本当に長かったよな? 最長記録なんじゃないか? どれくらいだった?」
「一年ですよ。社長。……覚えていますか? こちらがこの会社の社長なのですが」
「えーと、……蓋社長……でしたっすよね?」
「正解! いやー、覚えててくれて良かったよ!」
「選択者」――蓋 悠然。この会社の創案者にして創立者。
彼の保持している能力は確立視、及び未来視である。
似たような能力故に2つの能力を保持している彼は、その能力を駆使する事で様々な未来を選択する事が出来るという。
簡単な話、ある宝くじ売り場に行き、当たる確率を覗き見て、確率が高いくじを買えば当てる事が可能なのだ。……当たる金額がいくらなのかは置いておいて。
それに加えて未来視。自分が確率で選んだその延長線上の未来を見る事で、自分の思う未来なのかを覗き見れる。
気にくわなければ別の選択をすればいいだけの話。
と、このような能力を駆使し、異世界にて王の相談役として英雄と語り継がれる事になった彼は、元の世界に戻ってきてこの「DW」を立ち上げたというわけだ。
「一番確率が高かった君が戻って来なかったらどうしよう、と思っていたけど、無事に戻って来てくれてなによりだよ」
腕を組んで笑顔で頷きながらそう話す蓋に、
「そう言えば会議の話と言っていましたが、……何か急な話でも?」
渡良瀬は先ほど言いかけていた言葉の続きを催促する。
「ん? あぁ、いや、発ちゃんを呼んで来て欲しかったんだけど、彼女は今は?」
「1週間ぶりの睡眠と言っていましたよ。なので起こすのは可哀想かと」
「そうかー。……まぁ後日でいいか。そうだ、癒山君、会議でみんな……いや一人来ないけど。大多数は集まるからそこで自己紹介といこう! そうと決まれば異世界の服じゃなくてこちらの服に着替えておきなさい」
笑顔のまま勝手に会議にての自己紹介を命じて、社長は機嫌よさそうに社長室へと向かって行く。
その様子を見送って、小さくため息をついた渡良瀬は、
「洋服、あちらの部屋に保管してありますので」
と普段自分が使っている部屋とは反対の扉を指差して、癒山を着替えへと向かわせた。
*
「それじゃあ、会議を始めようと思うけどその前に、今日研修から無事に帰って来てくれたこの子の自己紹介から!」
いきなり促され若干戸惑うも、すぐにはきはきと癒山は自己紹介を始める。
「自分! 癒山 治美っす! 恥ずかしながら一年も研修に時間を費やしたっすけど、それ相応のモノは学んで来たつもりっす! 今日から皆さんのお役に立てる様に精一杯頑張るっす!」
「能力の説明を忘れていますよ」
「あっ! えと、治癒能力を持って帰って来たっす! 割とぶっ飛んだ効果っす!」
会議に集まった者たちがみなぽかんとしている中、それでは失礼するっす。と会議の場をそそくさと出て行った癒山を見送って、渡良瀬はみなに癒山の能力をまとめた資料を配るのだった。
「さて、それじゃあ本題だ。実はね、政府から、僕らの会社でニートやホームレスといった働いていない人達を軒並み異世界へ送り込んで欲しいとの要望があってね」
「無理です。私の能力はそう何度も連続で使う事が出来ません」
「それは分かってるよ。だから段階を踏んで、と説明したさ。んでこの話は渡良瀬だけに負担が行くわけでは無くてね」
「ま、どう考えても俺の負担も増えるわな」
そう言って話に入ってくるのは、だらしなく髭を伸ばしたオヤジであり、彼こそがこの会社の経理部の責任者である 幣 金武で。
経理と言っても他の会社の経理とはまるで違う業務内容の彼の仕事は、異世界の金銭を日本円へと変換するのが主な仕事である。
派遣者から送られてきた異世界のお金を、幣が片っ端から変換し、この会社の売り上げとしているため、派遣者が増えれば彼の負担が増えるのは当然の話。
派遣サービスと謳っている手前、自分らでお金を稼ぐ事は政府により禁止されている。
そもそも、幣さえ居ればどれだけでも稼ぎを出せるわけで。
「他には、そうだね。いくつか作って欲しいモノがあったんだけど、発は寝てるみたいだし。僕からは以上。いつも通りみんなの報告、始めていいよー」
とりあえず社長の発言も一旦終わり、各々がそれぞれの報告を始める。
やれどの派遣者がどれだけ稼いでいる。だの。やれ何人の派遣者が勝手に辞めてこの世界に戻っただの。
どこそこの異世界の金銭の価値が最近上がっているとか、とある世界でもの凄く美味しい食材を発見した。etc etc
ほぼほぼの報告終える頃、不意に携帯の着信音が響く。
「うぉっ!? って頼住からか。わりぃ、ちと出てくる」
そう言って会議室を後にする幣の耳には、
「やっと堕ちたわよ。はー金使ったわ」
そんな悪役チックな言葉が聞こえてくるのだった。