「新人」という肩書
「か、……か……」
一瞬辺りを見渡した彼女は
「帰ってこれたっすー!! やったっす! 長かったっす! もう本当に疲れたっす~!」
天に向かってこぶしを突き上げ、膝から崩れ落ちながら、そう大声で叫ぶ。
「ただいまっす地球!! 私の生まれ故郷! もう! もう! 二度と地球から離れないっすー!」
そう一人で盛り上がり、何やら感動している彼女へ渡良瀬は声を掛ける。
「おかえりなさい。新人研修お疲れ様でした」
「――ひゃうっ!?」
渡良瀬の方へ背を向けたまま盛り上がっていた彼女は、声を掛けられた瞬間に比喩でも何でもなく体を飛び上がらせて慌てて渡良瀬の方へ向き直る。
「あ……、お……、え……?」
何やら文字にすらなっていないような音を口を開閉しながら出した彼女は、ハッと表情を変え、渡良瀬に向かってこう叫んだ。
「こ、この鬼畜! マジでマジで! 貴方のせいで! 何度も死ぬ思いを体験してきたっす!!」
目尻に涙をたっぷり貯めて、叫ぶたびに数滴を辺りに巻きながら、である。
*
渡良瀬に缶コーヒーを与えられ、先程よりは落ち着いて今はソファに座っている彼女。
「新人」――癒山 治美。新人であり、研修として異世界に放り込まれ、今まさに戻って来れたばかり。やや小さい身長に、それを気にさせない元気がトレードマークの彼女ではあるが、今はただただ疲弊していた。
「一応報告はそれくらいっす。自分、この体験談で物語書けそうな勢いっすよ」
「守秘義務内なので許可出来ません。しかし、よく1年もまぁ頑張りましたね」
口頭にて今までの経緯を説明し終えた癒山は軽口を叩くが渡良瀬にあっさり却下される。
「そういや、自分が最後っすか? 研修終えたのは」
ふと、彼女が口にした疑問。彼女の記憶が正しければ自分の動機は他に2人居た筈である。
一年という期間もの間研修を続けていた彼女は恐らく自分が最後であろう、とたかをくくっていたのだが。
返ってきたのは意外過ぎる言葉。
「……そう、ですね。貴方が最初で最後ですよ。他の新人は3か月目あたりで諦め、退職していきました」
「えっ?」
「まぁその話は置いておいて。無事に戻って来て何よりですよ。――さて。それでは〈能力〉を教えて頂いてもいいですか?」
「え? あ、は、はい! 自分! 触れた者の治癒能力っす! めっちゃ治すっす!」
「どの位の怪我をどの程度の時間で、など出来れば詳しくお願いします」
「えぇと、……骨折なら触って1秒くらいっす。右半身吹き飛んだ戦士も4秒くらいで治した事があるっす!」
何やらメモを取っていた渡良瀬は、その言葉を聞いて思わずペンを落とす。
治癒能力というのはまぁ分かる。ありふれた能力だ。
しかし、何と言った? 半身吹き飛んでも数秒で治せる? だと。
異世界へ行くときに能力は渡した。無ければそもそも生き残る事すら難しいような世界へ飛ばしたから。
その能力が他の派遣者に比べてずっと”強い”能力というのも知っている。
それでも、そこまでぶっ飛んだ能力は……
黙りこくって考える渡良瀬の顔を心配そうに覗き込んでいる「新人」を彼は確認して、ふと
「癒山さん……であっていましたよね? 何分一年ぶりなもので名前に自信が……」
そう聞いた。
「あってるっす。というか誰のせいっすか!? こんな時間掛かったの! なんでよりによって魔王城の城下町に自分飛ばされたんすか!?」
「研修ですので少し難易度を上げて――」
「難易度上がり過ぎっす! 「簡単」からすっ飛ばして「発狂」くらいにまで跳ね上がってたっす! 異世界でまずすることがその世界の文字を覚える事で、モンスターも普通に会話してたんでそれぞれ覚えなくちゃで大変だったっす!!」
「それは、大変でしたね」
半分スルーしながら適当に相槌をうつ渡良瀬であるが、彼は内心で自分の研修の時のことを思い出していた。
多言語を覚えるのは大変だった。や、いざ戦闘になると全く身体が動かなかったな。など。
そんな彼の思い出を邪魔するのは癒山の抗議であった。
「まるで他人事っすよね! 飛ばしたの……ええと、……渡良瀬……さん。っすよね!」
「確かに飛ばしたのは私ですが、事前にある程度の説明はしてましたよね? それに道具持ち込みも可能でしたしそこまでは……」
「そ・こ・ま・で・は!? 幾度と無く魔王軍が襲撃してきて! 食べ物も少なくて細々と暮らして! ようやく勇者が来たと思ったらあっさり魔王にやられて! 自分の家にかくまってレベル一緒にあげて! やっと魔王を倒して戻って来れたんすよ!? それがそこまでっす!?」
声を荒げる癒山。そこへ
「渡良瀬、今日の会議の事なんだが……」
人事部の扉を開けて入って来たのは、この会社の社長で、
「ん? ……おう。ようやく帰ってきたか! 長かったなー!」
癒山を一目見て理解して、そう嬉しそうに声を上げた。