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副作用

 全身の産毛が逆立ち、言いようのない不快感が毛穴から入り込んでくる。

口から漏れているであろう自分の声は、恐らく周りにいる人たちを驚かせているのだろうが、申し訳ないがそんな事を気にする余裕はない。


 自然と足の力が抜け、地面に膝をつくが、身体を襲う副作用はまるで軽くならない。

全身の骨が(きし)む。折れない程度に曲げられているかのような痛みが身体を襲うが、それだけに留まらない。


 足と手の爪が裏返る様な痛み、脂汗が(にじ)む疲労感。

止まる事の無い震えをもたらす悪寒。そして、ひたすらに黒く染められ、ズタズタに精神を引き裂かれるこの喪失感。


 これら全てが、一度に、そして長く長く襲ってくるのが私の副作用。

だから、だから。これだから能力は……使いたく無いっす。


 痛すぎて、気持ち悪くて、意識を手放せないのが辛く、そして何より。


「癒山さん! 大丈夫ですか!?」


 自分の心配をしてくれて、肩を持った渡良瀬さんが、


「――っ!?」


 私に触れた瞬間に反射的にであろうが手を払うのが本当に辛い。

例え、それが普通の反応だとしても。だ。


 触れた相手を超速で回復させる能力の副作用は。

あらゆる負の事柄を自身に与え続けるというもので、あまつさえ触れた相手も触れている間だけ感染させてしまう。


 どれくらい時間が経っただろうか。

救急車が辿り着いたらしく、事故に遭った被害者を搬送している隊員の人がこちらを見てくる。


 無理だ。どうせ自分に関してはどうしようもない。叫び、ある程度の時間を置いて。

これまたある程度の時間をかけて、迷惑が掛からない所へ移動し、副作用が納まるのを待つしかない。


 自分を搬送しようとするが先ほどの渡良瀬さん同様、少しでも体に触れただけで、思い切り手を弾く。

信じられない物を見る様に、まじまじと先程一瞬だけ自分に触れたその手を見て。


 私と交互に何度か見てから、再度試みようとする。


「無理……すよ? 気のせいじゃ……無いっす。――自分に触ると……激痛が襲うっす」


 聞こえて、くれただろうか? 精一杯の声だったのだが、伝わっただろうか。

伸ばしかけた手を引っ込めている辺り何とか聞こえていたらしい。


 慣れた、とは言わないが自分の副作用。

何度かは経験しているだけにまだ、最初に比べたら対応もマシだ。

最初など、逃げる様に、忘れる様に。

手当たり次第に物に当たったものだ。

椅子を蹴飛ばし、テーブルを叩き、皿を床に投げつけて。


 少しでも和らげと、涙を流して叫びながら半狂乱にそんな事をしていた。

結局最初の副作用は二日ほど続いたのだったな。

今回のこの副作用はいつまで続くか。

とりあえず、道の真ん中から動かないと。


*


 道路の真ん中でへたり込んで。救急隊員が僅かに触れて。

それから腫物を触るように恐る恐る触ろうとした時に癒山が呟いた言葉は、隊員たちの動きを止めるのに十分だった。


 自分も体験した例えようのない不快感。

苦痛と思える全てを混ぜたカクテルのようなそれを。癒山に触れた部分から流し込まれる感覚。

それらを、あの元気を余らせたような存在の彼女が、一人で受け続けている。


 触れたら巻き込むからと、誰にも触れ無いように。触られないように。

しかし、渡良瀬の取った行動は癒山の予想外なもので。


「帰りますよ。――その人をお願いします」


 と救急隊員に事故の被害者を任せ。警察官から聴取されているトラックの運転手を尻目に、

渡良瀬は癒山の肩に手を置いて、会社の人事課。いつもの場所へと転移した。


*


 ソファの上へと転移させられた癒山は、別段何をするわけでもなくそのままソファに落っこちて。

その上からさらに無数のビーズクッションと布団。それからふっかふかの枕も落ちてくる。


「何の、真似っすか?」


 どうせどこかに居るのだろうと、視界に映らない渡良瀬に声を投げかけるが、帰ってくるのは静寂。

副作用に顔をしかめ、副作用を受けているが故に考えるのすら面倒だ、と癒山が布団を被ったと同時にどこからか渡良瀬が戻ってきて。


「さて、何か飲みますか?」


 と普段通りの声色で癒山へと問う。


「どこ行ってったっす? というかしばらく放っておいて欲しいっす」


 副作用によりどうあがいても不機嫌な自分の事だ。何を口走るか分からない。と渡良瀬を遠ざけようとする癒山に対し、次に口を開いたのは渡良瀬でも、癒山でも無かった。


「副作用くらいで何そんななっちゃってんの? カリカリした時は甘いものが一番よ? 練乳オレでも作る?」


 扉を開け、その扉に寄りかかるようにして立っていたのは……この会社の甘党筆頭にして頭領。

頼住(よりずみ)志信(しのぶ)であった。

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